第八話 罰を告げる口
明の声が通路に落ちるたび、空気がきりきりと締まっていく。
まるで地下全体が晴明の逃げ場をゆっくり消していくようだった。
「お兄さん……こんな場所、開けちゃダメってわかるよね?」
明は階段を降り切り、足音を響かせながらゆっくり近づいてくる。
白衣の袖には、仕事帰りなのか薄く薬品の匂いが染み込んでいた。
それがさらに恐怖を煽る。
晴明は壁際まで追い詰められ、震える手を胸に寄せた。
「……明くん、違うの……出口を探したんじゃなくて……ただ…音がして……」
声が震えて、うまく言葉にならない。
明はそんな晴明を「かわいい」とでも言いたげに、優しく目を細めた。
「言い訳しなくていいよ。
お兄さんがどんな気持ちでここに入ったか……僕が一番よく知ってるから。」
低い声で囁きながら、明は晴明の頬を撫でた。
指は温かいのに、その温度が逆に恐ろしくなる。
「……逃げたかったんだよね? お兄さん。」
晴明の喉がひゅっと鳴った。
否定したい。
でも、否定すれば嘘になる。
明は嘘を嫌う。
晴明は苦しげに唇を震わせた。
「……ごめ……なさい。
ほんの、少し……外の空気が……吸いたくて……明くんのことが嫌とかじゃなくて……」
「うん、知ってるよ?」
明は微笑んだ。
優しい声なのに、背筋が凍る。
「嫌いになってないのも、逃げた理由も……全部、わかってる。
だってお兄さんは僕のものだから。」
明は晴明の手首をそっと掴んだ。
力は強くないのに、絶対に逃れられない拘束。
「だからね、お兄さん。
今日は“お仕置き”しようね?」
晴明の身体がびくっと震えた。
(また叩かれる? それとも手首を縛られる?
どんな痛みが来る?)
しかし――
明はゆっくり首を振った。
「今回も……優しいお仕置きだよ。」
優しい――その言葉ほど恐ろしいものはない。
明は晴明の手を引き、地下室へと戻った。
扉が閉まり、鍵がかかる冷たい音が響く。
晴明はうずくまり、明を見上げた。
「……なに、するの……?」
明は白衣のポケットから小さなメモを取り出す。
そこには整った字で書かれていた。
“今日のご飯なし
明日も言うことを聞かなかったら二日間
手は使わせない
返事は全部『はい、明くん』”
晴明は目を見開く。
「……ご飯、なし……?」
「うん。お兄さん、最近ちょっと甘えてきたから。
ちゃんと反省できるように……少しだけ、ね?」
明は晴明の頬を指でなぞり、涙の筋の位置を確かめるように触れた。
「お腹すくの、つらいよね。
でも……逃げようとしたほうが、もっとつらいことだよ?」
晴明は唇を噛んだ。
空腹の記憶が鮮明に蘇る。
胃がきゅっと縮み、喉が乾くあの感覚。
頭がぼんやりして、立てなくなるあの弱さ。
「……いや、だよ……」
小さく零れたその声を、明は嬉しそうに受け止めた。
「いや、なんだ。
ちゃんと言えるじゃない♡。かわいい。」
明はゆっくりと晴明の肩を抱き寄せ、耳元で囁く。
「でもね……お兄さん。
“いやだ”って言われても、僕はやめないよ?」
吐息が触れた瞬間、晴明はぞくりと震えた。
「だってこれは、お兄さんのためのお仕置きなんだもん。」
明は離れ、柔らかく微笑んだ。
「今日は水だけ。
ちゃんと飲ませてあげるから、こっち来て?」
晴明は抵抗しようとしたが、空腹で足が思うように動かない。
明はそんな弱さを優しく受け取り、抱えるようにして椅子へ座らせた。
コップを口元に当てられ、明が囁く。
「……ほら、“はい、明くん”は?」
晴明は震えた声で答えた。
「……はい……明くん……」
その瞬間、明の顔が心底嬉しそうに歪んだ。
「いい子。
お兄さん、やっぱり僕のものだね。」
静かで冷たい優しさだけが部屋を埋めていく。
夜まで続く“空腹の罰”が、晴明の心をじわじわ擦り減らしていくのを、
明は微笑みながら見つめていた。
コメント
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ご飯抜き晴明君は味わってるその辛さをまた受けることになるとは…もうほぼ明くんに堕ちてしまっている晴明君 明くんはこの後なにをするのか楽しみです♪ 続き楽しみにしてます!