「一つ、頼みがある」
ルイの表情は真剣で、どこか寂しそうにも思えた。 話の内容を聴こうと身体の向きをルイに合わせようとした時、授業開始のチャイムが校舎全体に響き渡った。
続きはまた明日話すよ。そう言ってルイは手をヒラヒラ振った。
僕は少し遅れて教室に入ったが、運良く先生はまだ来ていなかった。 授業が始まり、周りの生徒はノートにペンを走らせている。 しかし僕は、先程ルイが放った言葉で脳内を埋め尽くされ、目の前にあるノートは白紙のままだった。
学校が終わり放課後になった。 頭の中にはまだ昼の出来事が残り続けている。どうしても続きが気になり、屋上へと通じる薄暗い階段を見上げる。
もし屋上に行ったとしても、休み時間ではない今はきっと彼に会えないだろう。 どうして他の時間には会えないのだろうか。改めて疑問に思うと、なんだか不気味とさえ感じる。
結局階段は上がらず自宅へと帰ることにした。
次の日、やっと休み時間になり、すぐ横にはずっと会いたかったルイが居る。こんなにも誰かに会いたいと思ったのは久方ぶりだ。
続きは気になるが、僕から投げ掛けられずソワソワしているとルイが僕を見て笑った。
「今日の旬はやけに落ち着きがないね」
僕を見透かしているかのような笑みを浮かべ顔を覗き込むルイ。 何を考えているのか未だに掴めない。
「そういえば、昨日の話の続きだけど…」
「う、うん…!」
待ちに待った話題が飛び出し、思いの外声を張り上げてしまった。
「アハハッ 旬は分かりやすいなー」
見事に誘導されてしまった。そう思い顔を赤らめていると、笑っていたルイは次第に真剣な表情になり本題を話し始めた。
「昨日の頼みっていうのは、ある人に渡して欲しい物があって…」
「渡して欲しい物…?」
ルイはズボンのポケットから薄い何かを取り出した。
「栞…?」
ルイが取り出したのは一つの栞だった。
その栞は季節外れとも思える一本のひまわりの押し花が印象的。
「なんでひまわり?今は冬だけど…」
「うん、渡そうと思って用意したのは夏なんだ。けど、俺が馬鹿でさ。すぐ渡せばよかったのに… 」
「渡せなかったの…?」
「…うん。ミスっちゃった」
話をすればする程ルイの表情はどんどん暗くなっていった。
何か渡せない理由があったと確信したが、その理由を聞く勇気は僕には無かった。
「そんな訳でこれを直樹… えっと、俺の友達に渡して欲しいんだ」
直樹という名前は初めて聞いた。
ここの学校の生徒だろうか?少なくとも僕の学年、二学年には居なかったと思う。
「分かった。ここの生徒?」
「それが、もう卒業しててさ」
先輩だったのだろうか?
だとしたらどこに行ったら出会えるのだろう。 というか、どうしてルイ本人が渡しに行かないのだろう…。なにか理由が?
「岸田直樹《きしだなおき》っていうんだけど、今は大学生。 まだここの本屋でバイトしてると思うから、行けば会えると思う」
ルイが話しながら書き出していたメモを渡された。相手 の名前と本屋の住所、それから容姿の特徴がいくつか箇条書きで書かれていた。 特徴がとても細かく書かれており、本当に親しかったのだと納得する。
「本屋でバイト…岸田さんは本が好きなの?」
「うん。だから栞って、安直すぎだよね」
ルイはそう言い、呆れたように笑った。
本人は安直などと評したが、きっと心のどこかで自分の時間を大切にして欲しいといった相手への気遣いの表れだと僕は密かに思った。
本が好きな人からすれば、栞は読書を豊かにする物。贈り物のセンスは十分に思える。
「わざわざ行かないとだから結構面倒だと思う。渡すのはいつだっていいから、気が向いた時にでも」
「別にやることないから、今日の放課後にでも渡しに行ってくるよ」
「ありがとう。旬は優しいなぁ」
普段言われ慣れていないせいか何だか凄く気恥しかった。 急にこんなことを口にするのだから油断ができない。
「きっと旬なら大丈夫だよ」
その言葉で少し気が楽になった気がした。
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