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「___『安藤えんま』って⋯⋯⋯⋯。」
「⋯?キラちゃん、知ってるの?」
いや、なんて失礼な質問をしたんだろう。相手はアイドルだ。「日本最光の高校生」の如月キラちゃんなのに。世間の流行は一般人よりも熟知しているだろうに。
「__あ、ううん。この曲は全然知らなかったなって⋯。」
⋯思いがけない答えに、私は空いた口が塞がらなかった。いや、でもキラちゃんは誰よりも努力してる。谺には悪いが⋯生まれた時から谺が頂点とするならば、キラちゃんはそこから這い上がってきた実力者だ。きっとストレッチやら、食事管理やら、日々忙しいはずだと、私は変に答えを探し当てようとした。
「最近⋯高校の補修で忙しかったから、あんまりSNS見れてないの。この曲すごく人気なんだね。」
「でも、残念ながらコラボは断られたわよ。」
背を向けたまま、遠くに座っている谺が皮肉そうに言った。
「⋯次また頑張ればいいよ。世界で一番可愛いのは谺だから⋯たまたまだよ、今回は。」
キラちゃんは落ち着いた口調で谺を諭すように言った。
「⋯」
だが、谺はそっぽを向いたまま返事をしなかった。⋯可愛く生まれてきたら、可愛いと言われることさえ息をするのと変わらないのかも知れない。故意ではなかったと言えど、キラちゃんはさっき谺にスマホを投げつけられたばかりなのに⋯キラちゃんの心の広さが伺える。さすがの幼馴染兼マネージャーの私でも、時々谺の相手にうんざりすることは多々ある。
「それに、コラボ断られたの⋯私のせいかもしれない⋯⋯⋯⋯。」
「え?」
感心していたところで、キラちゃんは長い睫毛の影を落として、沈んだ顔で呟いた。距離的に谺には聞こえていないだろうが、それが独り言なのか、私だけに伝えた言葉なのか分からなかった。体裁を守れなくなった私は、その声量を良いことに⋯キラちゃんから視線を逸らしてしまった。
「如月!」
大きな声に肩を震わせて、私は現実の世界に引き戻される。
「授業中に寝るんじゃない。この前補修したばっかりだろう。」
___そうだ、今、数学の時間だった⋯。私は重い体を起こして黒板に向き直る。⋯が、黒板に並べられる方程式を一通り睨んだら体の力が抜けてしまった。なんとか頬杖を付いて顔を支えるものの、教師の話は一切耳に入ってこない。いや、言うなれば右耳から入って左耳から抜けてくような感じだ。
まだ眠い目を擦りながら、先日の谺のメールを思い出す。『安藤えんま』からの「遠慮します」の一言。⋯私も一応日本で名を馳せるアイドルであれど、谺が私よりもどれだけ上に立つ存在で、どれだけの大物なのかくらいは理解できる。なのにメールをくれたことへの感謝すら述べず、堂々と断る相手の姿はもはや尊敬ものだ。____でも、そんなのも〝変わらないな〟と思う。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。今日最後の数学の授業を何とか現実世界で生き延びた私は、足早に教室を出た。早歩きで通る廊下の向こう側から、部活へ向かうクラスの女子が歩いてきた。
「⋯キラちゃん!バイバイ!」
「あ!、あ、うん!またね」
突然声を掛けられたから咄嗟に手を振ったが、顔は引き攣っていたかも知れない。というか、「バイバイ」と言われたのに何で私は「またね」と返してるんだ⋯?ああ⋯。___私を通り過ぎた彼女たちの笑い声が背後から聞こえる。
きっと、この弱っちい私を嘲笑っているに違いない。