薬草採取の授業が終わった後、ミアがサイラスに試験問題のヒントを尋ねると、思ったとおりあっさりと教えてくれた。
「定期試験では教科書をきちんと読んで覚えていたら解ける問題を出す予定ですよ」
「わ〜、よかった! さすがサイラス先生!」
ミアが得意のヨイショをし始めると、サイラスが柔らかな微笑みを浮かべながら「でも」と続けた。
「……でも?」
「薬草学は本の知識だけでなく、実際に薬草を見分けたり、薬を作ったりする能力も大切ですからね。今後の授業では実技の試験も多く取り入れていくつもりです」
「じ、実技……」
「はい、皆さんの頑張りを期待していますよ」
そう言い残して、サイラスは薬草学の準備室へと戻っていってしまった。
「実技テストがたくさんあるって、ある意味コリンズ先生のときよりキツくない?」
ミアが渋い顔で振り返ると、そこには妙に目を輝かせたルシンダの姿があった。
「え、ルシンダったら何だか楽しそうな顔してるけど……」
「うん、すっごく楽しみ!」
ルシンダが満面の笑顔でうなずく。
「なんで? 面倒だし、うっかり失敗したら減点されちゃうのよ?」
「でも、コリンズ先生の時は難しい本の勉強ばかりでなかなか頭に入らなかったし退屈だったけど、サイラス先生の授業では実技をたくさん学べるってことでしょ? それってすごく楽しそう!」
「まあ、たしかに授業中眠くなることは少なくなりそうだけど……」
「それに、実技のレベルが上がったら、旅でも役立つでしょう?」
「結局そこに行きつくんだから……。でも、あなたは光属性が使えるんだから、薬草なんてなくたって大抵のことは何とかなるでしょ?」
ミアの言うとおり、ルシンダは光属性に目覚めたので、このまま順調に力を発揮できるようになれば、怪我の治療や解毒も魔術でできるため、薬草に疎くても大して問題はない。
けれどもルシンダはふるふると首を横に振り、両手を腰に当てて言う。
「もう、ミアは分かってないんだから。旅といったら薬草なの。魔力が足りなくなったときに、薬草のおかげでなんとか踏ん張れたりするんだからね」
いつものように、つい前世のゲームを引き合いに出して熱弁してしまう。
「それに、薬草を煎じたり、煮込んだり、調合の組み合わせを考えたりするのって、すごく格好良くない? 私も出来るようになりたいな。エリクサーとか自分で作れたら、惜しまずどんどん使えるし……!」
RPGの錬金やら調合はルシンダが大好きな要素だった。
本編のストーリーを進めずにひたすら調合を繰り返すこともあったほどだ。
「はぁ、あなたの好みって本当にRPGに偏ってるのね……。でもまあ、実技テストが多くなるのは確定みたいだから、覚悟を決めて頑張るしかないわね」
「うん、ミアも一緒に頑張ろう!」
胸の高さで両手を握りしめ、わくわくしたように頬を紅潮させるルシンダ。その横から、エリアスが顔を出した。
「僕、薬草の見分けも調合も得意だから、手伝ってあげるよ」
「そういえば、さっきも間違えて毒草を採取しそうだったのを教えてくれましたよね。エリアス殿下にいろいろコツを教えてもらえたら心強いです!」
薬草採取のフィールドワークですっかり心を開き始めたルシンダは、エリアスの申し出に喜んで飛びつくのだった。
◇◇◇
サイラスのおかげで、ルシンダと接触する口実ができて助かった、とエリアスは思った。
性急に動くと多方面から邪魔が入ることが分かったので、しばらくは地道に距離を近付ける作戦に切り替えることにしたところだったから、丁度よかった。
それに、今回の薬草採取で多少は彼女の信頼を得られたようだ。
それにしても、彼女は「旅」とか言っていなかっただろうか?
聖女なのに旅? どういうことだ?
聖女としてさまざまな町や村を巡って、祈りでも捧げるのだろうか。
全く意図が掴めないが、とりあえず旅に出られるのは困る。
彼女には自分の未来の伴侶としてマレ王国へ来てもらわなければならないのだから。
そういえば、彼女は聖女であるのに薬師の仕事に憧れているような話をしていた。……若干、意味の分からないことも言っていたが。
でも、薬草に興味があるなら好都合だ。
薬草学は自分の得意分野。勉強の手伝いやアドバイスにかこつけて彼女に近づける。
担任のレイという教師の授業では、ルシンダへの接触を警戒されているようで、積極的に近づくのは難しそうだった。
あの担任の前では振る舞いに気をつけるべきだろう。
一方の副担任のサイラスは、自分がルシンダとの距離を詰めようとしても見咎めることはない。
つまり、学園でルシンダに近づくにはサイラスを隠れ蓑にするのが一番安全だということだ。
「うまく利用させてもらうよ……サイラス先生」
エリアスは生徒たちに指導中のサイラスを眺めながら、密かに微笑んだ。
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