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あの大喧嘩から半年後。
私と雅の元に、小さな命がやってきた。現在、妊娠六ヶ月。
安定期に入って性別も男の子だと分かり、仕事も周囲の理解を得て無理のない範囲で続けられている。
正直、子供を授かるタイミングについては悩んでいた。雅が私のキャリアを尊重してくれていたこともあり、いつか縁があればくらいに思っていた。
だけど、いざ妊娠が発覚して雅に伝えると、あいつは意外にも喜んでくれた。
報告を受けた私の両親も「孫に会える!」と電話の向こうで大騒ぎ。雅の母様が落ち着いた様子で「おめでとう」と言ってくれたのに対し、うちの両親は相変わらず落ち着きがない。
その賑やかすぎる通話を聞きながら、雅が「本当、お前の両親も、ブレないよな、いろいろ」と苦笑していたのを思い出す。あいつが言うブレないが具体的に何を指しているのかは、怖くて聞けなかったけれど。
妊娠生活はホルモンバランスの乱れもあって、時には涙もろくなったり、些細なことでイライラしたりもしたけれど、今日まで穏やかに過ごせてこれたのは、間違いなく雅のお陰だと思う。
妊娠を報告した日を境に、雅は劇的に変わった。
家事の負担を自ら引き受けるのはもちろん、あれほど好きだったお酒をピタリと止めてしまった。何かあった時にいつでも動けるようにという理由で、最近は車通勤をしている。
前までそんな部分はなかったのに、今や過保護へと変化していた。
何より一番驚いたのは、雅が育休を取る準備を進めてくれていたこと。それに合わせ、玲くんも新しくバイトを雇うなどして、雅が店を空けても大丈夫な万全の体制を整えてくれていた。
ふと思い立ち、ソファの隣でくつろいでいる雅に声を掛けてみた。
「そう言えば育休は何で取ろうと思ったの?」
「あ? 何急に」
「急なのはあんたじゃない。仕事休むまでしてくれるなんて思ってなかった」
煙草を断つのには苦労するかと思っていたが、雅はあっさりとそれをやめ、今は代わりに飴玉を口に放り込んでいる。飴玉が世界一似合わない男がこんな所に存在していた。
レモン味の黄色の飴玉を口の中に放り込む瞬間は何度見ても少し面白い。
「別に、また夏帆の事だからしんどいとか言わずイライラされて当たられるのがだるかっただけ」
「それは……、否定できないけど……」
「後は単純に俺も親なのに子供の事何も知りませんって言う恥ずかしい親にはなりたくなかっただけ。別に家庭の為に一生懸命働いている父親たちを否定する気も無いけど、俺がガキだった時は、仕事よりも傍にいてほしかったって思ってたから」
私は、雅の複雑な家庭環境を思い出した。
彼の父親は会社一筋の人間で、その結果、義母との間に深い溝ができ、雅が中学生になる頃に離婚している。
彼がそんな風に自分の幼少期を振り返るのを見るのは初めてだった。傍にいてほしかったという、子供らしい切実な願いを彼が抱えていたことも、今の今まで知らなかった。
「……会いたいと思う? お義父さんに」
「別に。俺からしたらもう顔も覚えてない人だから。どうでもいい、とまでは言わないけどもう会わなくても良いかな。向こうも来られても困るだろうし」
「そっか」
あんたのお父さんの方は会いたいと思っていると思うよ、なんてそんなの口が裂けても言えない。
もし会いに行って、万が一にも喜ばれなかったとき、また傷つくのは雅だから。
円満な家庭で育ってきた私には、雅の気持ちを本当の意味で理解することはできないのかもしれない。
「じゃあ、|咲人《さきと》の事は飛び切り可愛がってあげなきゃね」
咲人は私達が大切に付けた名前。
これから生まれてくる子への一番初めの贈り物。
この子には寂しい思いをさせずに、素直で優しい子に育ってほしい。
ふと妊娠したことを再会したあの当時の私達に言ったらなんと言うのかなんて、そんなことが気になった。『本気で言ってるの!? 交際!? 結婚!? 親!? 信じられない!』と全力で否定していたのではないかと思う。
だけど同時に思った。咲人がお腹にいるって言った時の雅の顔も、今の優しい表情も全部見せてあげたい。
きっと本人はどんな表情でいるのか、自覚なんてないけれど。
「過去の雅なら何て言うかな。今の状況」
「え? 長かったなとかじゃね?」
「は?」
思わぬ回答に素っ頓狂な声が出た。
何を言っているんだこの男。
私が顔を顰めていると、雅は心底呆れたような表情を浮かべた。
「いやそうだろ。大学卒業したら結婚する気だったのに遠回りしすぎなんだよ。本来俺は二十四で結婚してる予定だったわけ。それが三十? どう遠回りしたらそうなるわけ」
「そもそも私は結婚する気無かった」
「何言ってんだよ。大学時代はその気だったくせに」
「騙されてたのよ、あんたの外面に!」
「なら騙される方が悪いって」
本当、このクソ野郎。
コメント
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読み終えました……もう、胸がぎゅっとなりました。 喧嘩別れから半年後、まさかこんな形で二人が新しい命を迎えているとは。雅が煙草も酒もやめて育休準備までしてるの、あの「クズ元彼」タグのイメージからは想像できない変わりようで……でも、自分が子供の頃に欲しかったものを咲人くんに与えたいんだなって思うと切なくも優しい気持ちになりました。 最後の「遠回りしすぎ」「騙される方が悪い」って喧嘩しながらも、ちゃんと夫婦になってる空気感が本当に好きです。次も絶対読みますね🌷
まなこ〜友
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#ますしき
T
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