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#命
ruruha
69
#普通
ねぎ
50
「生徒会」と聞いて、皆さんはどんな人たちを思い浮かべますか?
・生徒会長と副会長、書記、会計だけの少人数で運営している。
・いつも生徒会室にこもって黙々と仕事をしている。
・成績優秀で、仕事もできるエリート集団。
……そんなところだろうか。
もしそう思ったのなら――
残念。
それは少し理想を見すぎだ。
実際の生徒会は、そんなに格好いいものじゃない。
確かに天才もいる。
もっとも。
その天才は大抵どこか壊れている。
……もちろん、それだけじゃない。
アホの子なんて腐るほどいる。
常人では、
三日ともたない。
体育祭。
文化祭。
クラスマッチ。
委員会。
部活動。
予算管理。
生徒会は四人や五人では回らない。
最低でも二十人はいないと仕事にならない。
生徒会とは、異才と異端児の集まり。
常識人なんて、ほんのひと握り。
皆さんは、生徒会の本当の姿を知らない。
ようこそ。
これから皆さんをお連れするのは――
普通の高校生には理解できない、異才と異端児が集う生徒会だ。
ここから始まるのは、
笑えて、
忙しくて、
ときどき泣ける。
そんな、少しおかしな生徒会の物語。
皆さんは、これから知ることになる。
学校の日常の裏側を。
”当たり前”を守るために、
生徒会がどれだけ非日常を生きているのかを。
散りかけた桜が、期待と緊張で上がった肩をそっと撫でる。
足元では、散った花びらが新品のローファーに彩りを添えていた。
僕、雪代千景は、
今日から城峰高校の一年生だ。
このときの僕は、あの日の出会いが高校生活そのものを変えるなんて、思ってもいなかった。
「ここが城峰高校か……」
「大きいわねぇ。それに綺麗……」
「さすが私立ってとこか……」
父と母が校舎に気を取られている間に、僕は受付を済ませた。
そこで渡されたのは、想像以上の量の資料だった。
入学式の案内、校内マップ、年間行事予定表――。
両腕いっぱいに抱えたところで、一番上の封筒がずるりと滑る。
「あっ」
それにつられるように、資料が次々と腕からこぼれ落ちた。
「うぅわ、最悪やん……。かぁーさん! リュック持ってきて!」
「あんた何しとるんよ。はい、リュック! はよ拾いんさい!」
「わかってるよ!」
散らばった資料を拾おうと、慌ててその場にしゃがみ込む。
そのときだった。
まるで僕をあざ笑うかのように、つむじ風が吹き抜けた。
「……嘘やろ」
拾いかけた資料が、再びふわりと宙を舞う。
「待って、最悪なんやけど!」
慌てて辺りに散らばった資料を集めていると、そのうちの一枚が風に乗って道路の方へ飛んでいくのが目に入った。
「あっ、ちょ、待って!」
追いかける。
けれど、間に合わない。
資料が車道へ飛び出す――その寸前。
横から、すっと一本の足が伸びた。
バシッ。
黒いローファーの底が、資料を地面に押さえつける。
「……ぇあ?足?」
「あっぶねぇ〜! これ君の?」
顔を上げる。
そこに立っていたのは、僕より頭ひとつ分は背の高い男子生徒だった。
制服を少し着崩してはいるものの、不思議とだらしなさは感じない。
むしろ、春の日差しの中で笑うその姿は、妙に様になっていた。
「ナイスキャッチ、俺! ……いや、キャッチじゃなくてステップオンか? ははは!」
……前言撤回。
ちょっと変な人かもしれない。
「ありがとうございます! ステップオン? は分かりませんが、助かりました!」
「いやいや、いいんだよ! てか踏んづけてごめんな……」
その人は足をどけると、資料を拾い上げて僕に差し出した。
「いえいえ! 車に踏みつけられるより全然マシです!」
靴の跡こそついてしまったものの、資料は破れることなく、なんとか綺麗な形を保っている。
それを受け取り、もう一度頭を下げる。
「本当にありがとうございました」
「いいって、いいって。困ったときはお互い様――」
そう言いかけたところで、その人がふと時計を見る。
次の瞬間。
「あっ、やべ。こんな時間じゃん!」
さっきまでの余裕はどこへやら、突然慌て始めた。
「俺、行かないと! またな、一年生!」
「あ、はい!」
片手を上げ、その人は校舎の方へ走っていく。
その背中を見送りながら、僕は小さく首を傾げた。
「またなって……また会えるのかな?」
まあ、いいや。
僕も行こう。
そう思ってその場を離れようとしたとき、足元で何かが光った。
「……なんやろ?」
拾い上げる。
透明なケースに入った名札だった。
「あっ。これ、さっきの人の……」
名前を確認しようと、名札を裏返しかけた――そのとき。
「千景ー! あんたもうすぐ始まるから、はよアリーナ入るよ!!」
少し離れたところから、母の大声が飛んでくる。
「今行くー!」
名札に目を戻す。
どうしよう。
……まあ、あとで届ければいいか。
僕はひとまず名札をブレザーのポケットにしまい、父と母の待つアリーナへと急いだ。
アリーナ内は、保護者たちの話し声や、新入生が緊張で身じろぎするたびに鳴る椅子の音が混ざり合い、とても賑やかだった。
僕は自分のクラスの列へ移動し、空いている席の座面を下ろして腰をかける。
アリーナに入るのが遅くなってしまったせいで、席は結構後ろの方になってしまった。
父さんと母さん、どこに座ったんだろう。
少し気になって、後ろを振り返ろうとした――そのとき。
ガタンッ。
突然、隣から椅子の座面が下りる音が響き、小さな振動が僕の席にまで伝わってきた。
驚いて、思いっきり右を振り向く。
そこには、僕と同じ制服を着た男子生徒が座ろうとしていた。
すっと通った鼻筋に、涼しげな目元。
派手さはないのに、不思議と目を引く整った顔立ちをしている。
いわゆる、しょうゆ顔ってやつだろうか。
……いや。
それにしたって、めちゃくちゃ顔がいい。
あまりの美少年っぷりに、僕は思わずその顔をじっと見つめてしまう。
すると、僕の視線に気づいたらしいその男の子が、不思議そうにこちらを見た。
「ねぇねぇ、君!」
「えっ?」
「俺の顔がどうかした?」
「あぁっ、ご、ごめん! なんでもないよ!」
慌てて答える。
その様子を見た男の子は一瞬きょとんとして――クスリと笑った。
「うぇ?」
思わず情けない声が漏れる。
「あはは! そんなに慌てなくてもいいのに! リアクション良すぎるよ!」
「いや、急に笑うから……!」
男の子は楽しそうに笑いながら、僕の肩を軽く叩いてくる。
初対面とは思えない距離の近さだ。
美少年に笑われた恥ずかしさはあったものの、その人懐っこい笑顔を見ていると、なんだか僕までおかしくなってきた。
「ふっ……あはは」
結局、僕もつられて笑ってしまう。
「はぁー、笑った笑った」
ひとしきり笑った男の子は目尻を軽く拭うと、改めて僕の方へ向き直った。
「俺は凪斗。朝比奈凪斗! この並びなら多分同じクラスだろ。よろしくね!」
「あ、よろしく! 僕は雪代千景!」
「雪代千景ね!」
凪斗は確認するように僕の名前を繰り返す。
それから、何かを思いついたように笑った。
「チカって呼んでもいい?」
「チカ?」
一瞬考えて、すぐに意味が分かった。
「ああ、千景のチカってこと?」
「そうそう!」
「全然いいよ! じゃあ僕はナギくんって呼んでもいいかな?」
「くん要らなくない?」
「え?」
「ナギでいいよ」
「初対面で?」
「もう友達だろ?」
「早くない!?」
「あはは! やっぱチカ、リアクションいいな! まぁ、好きに呼んでいいよ!」
「じゃあ、慣れるまではナギくんって呼ぶことにする!」
「おけおけ! 了解しました! チーカ!」
「早速呼び方変わってるし……」
初対面とは思えないくらい距離の近いナギくんに、思わず苦笑する。
でも、不思議と嫌な感じはしなかった。
むしろ、さっきまで胸のどこかにあった入学式への緊張が、いつの間にか少しだけ軽くなっている。
入学式どころか、式が始まってすらいない。
それなのに、もう友達ができてしまった。
しかも、妙に話しやすい。
高校生活って、案外こんな感じなのかもしれない。
そんなことを考えながら、僕は自分でも分かるくらい浮かれていた。
そんなことを考えているうちに、アリーナ内に響いていた吹奏楽部の演奏がふっと止まった。
それまで聞こえていた保護者や新入生たちの話し声も、少しずつ小さくなっていく。
「あっ。始まるっぽいね」
ナギくんの声に、僕も姿勢を正した。
程なくして司会の先生がマイクの前に立ち、一礼する。
『ただいまより、福岡工科大学附属城峰高等学校、令和八年度入学式を挙行いたします』
その言葉とともに、僕の高校生活最初の行事が始まった。
それからは、来賓の方々や担任の紹介。
そして、関係者からのありがたーい挨拶。
もちろん、どれも大切な話なのだろう。
大切な話なのだろうけど……。
長い。とにかく長い。
最初こそ真面目に聞いていた僕も、少し――いや、だいぶ退屈してきた頃だった。
司会の先生が、次の式次第を読み上げる。
『続きまして、歓迎の言葉。在学生代表――生徒会長、藤ヶ瀬律杞』
生徒会長。
その肩書きに何となく興味を引かれ、僕も壇上へ目を向ける。
一人の男子生徒が在校生の列から立ち上がった。
背の高いその人は、迷いのない足取りで壇上へと向かっていく。
その後ろ姿を見た瞬間、妙な既視感を覚えた。
……ん?
なんだろう。
どこかで見たような――。
男子生徒が壇上へ上がる。
中央まで進み、演台の前に立つ。
そして、新入生たちの方へ身体を向けた。
その顔が見えた瞬間。
「…………え?」
見覚えがある。
いや、見覚えがあるどころじゃない。
ついさっき会ったばかりだ。
「えっ!? あの人生徒会長だったの?」
驚きのあまり、思わず声が漏れた。
もちろん、小声だ。
「チカ、あの人と知り合いなの?」
僕の声を聞き逃さなかったナギくんが、すかさず小声で聞いてくる。
「あっ、いや。知り合いっていうか……今朝、ちょっと助けてもらっただけなんだけどね」
「そうなん? あは! 運命的な出会いだったのかもね!」
「なんそれ? あはは!」
もう一度言っておく。
もちろん、小声だ。
そんな僕たちのやり取りを知るはずもなく、壇上の先輩――藤ヶ瀬律杞先輩は、演台の前で静かに一礼した。
朝とはまるで雰囲気が違う。
さっきまで「ナイスキャッチ俺!」なんて言って笑っていた人と同一人物とは思えないほど、立ち姿が堂々としていた。
アリーナ中の視線が集まっているというのに、緊張している様子もない。
藤ヶ瀬先輩はゆっくりと顔を上げると、落ち着いた声で話し始めた。
『新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。在校生を代表して、心より歓迎いたします』
よく通る声が、静まり返ったアリーナに響く。
『今日から始まる高校生活では、楽しいことばかりではなく、時には悩んだり、壁にぶつかったりすることもあると思います』
一言一言、落ち着いている。
『ですが、この城峰高校には、皆さんが新しいことに挑戦できる環境と、それを支えてくれる仲間がいます』
僕は黙ってその姿を見つめていた。
……すごい。
朝はちょっと変な人だと思ったけど。
こうして壇上に立っている姿を見ると、本当に生徒会長なんだと実感する。
むしろ――。
普通に、かっこいい。
『これからの三年間が、皆さんにとってかけがえのないものになることを願っています』
最後まで淀むことなく言い切ると、藤ヶ瀬先輩は深く一礼した。
アリーナから大きな拍手が湧き上がる。
僕もつられるように拍手を送った。
「かっこいいねぇ、生徒会長」
隣からナギくんが小声で言う。
「うん。朝はもうちょっと変な人だったけど」
「それ本人に言ったら?」
「絶対言わん」
ナギくんが肩を揺らして笑う。
僕も笑いながら、壇上から降りていく藤ヶ瀬先輩を目で追った。
朝に会った、ちょっと変だけど親切な先輩。
その正体は、全校生徒の前で堂々と歓迎の言葉を述べる生徒会長だったらしい。
そのとき。
ふと、朝の出来事を思い出した。
「……あ」
僕はブレザーのポケットを上から軽く押さえる。
中には、朝拾ったあの名札が入っている。
そっか。
これ、生徒会長の名札だったんだ。
入学式が終わったら、ちゃんと返しに行かないとな。
そんなことを考えながら、僕はもう一度壇上へ目を向けた。
このときの僕はまだ知らなかった。
今、あれだけ堂々と壇上に立っていた生徒会長の印象が――
このあと、跡形もなく崩れ去ることを。
長かった入学式もようやく終わり、僕たちは担任の引率のもと、教室へ移動した。
座席は出席番号順。
僕は雪代、ナギくんは朝比奈。
当然、席は教室の端と端だった。
教室では一番離れている。
なのに、今のところ一番仲がいいのは多分僕らだ。
人間関係って、席順じゃないらしい。
ホームルームでは大量の配布物を渡され、担任からこれからの学校生活について一通り説明を受けた。
それらが終わると、次は校内を案内してもらうらしい。
整列するために廊下へ出ると、向こうからナギくんが駆け寄ってきた。
「チカー! 一緒に行こうぜ〜」
相変わらず距離感がおかしい。
「いいよ〜! 行こ〜!」
僕も人のことは言えないな。
そうこうしているうちに、学校案内が始まった。
校舎は想像以上に広かった。
特別教室に実習室、図書館、食堂――。
さすが私立というべきか、どこも綺麗で設備も整っている。
……ただし、広すぎる。
一人で放り出されたら、普通に迷子になる自信がある。
担任について校舎内を歩いていると、ふと視界の端にある文字が飛び込んできた。
――生徒会室。
「あっ」
時を同じくして、ナギくんも気づいたらしい。
「チーカー。あそこ、生徒会室みたいだよ!」
「んね! 僕も今見つけたところ」
朝からブレザーのポケットに入れっぱなしになっている名札のことを思い出す。
「あのさ、帰りに寄りたいんだけど、一緒に来てほしい」
「いーよー! 俺も生徒会気になるし、一緒に行ってみよ!」
「ありがと! ナギくん!」
こうして僕たちは、放課後に生徒会室へ寄る約束をした。
その後もいくつかの施設を回り、ようやく学校案内が終わった。
あまりに教室や施設が多くて歩くだけでも大変だったけれど、どこも綺麗で、これからここで三年間を過ごすのだと思うと自然と胸が弾んだ。
教室へ戻ると、担任から最後にいくつか連絡事項が伝えられ、そのまま解散となった。
僕は父さんと母さんに「ちょっと寄るところがあるから、先に帰ってていいよ」と伝え、ナギくんが待っている廊下へ出た。
「お待たせ、ナギくん」
「おー、チカ! 行こ行こ!」
歩き出そうとして、ふと思う。
「そういえばナギくん。お父さんとお母さんは?」
「あぁ。俺の親、今海外にいるんだよね〜。だから今日は来てないよ」
「えっ!? そうなんだ!? じゃあ今、一人暮らし?」
「そそ!」
あまりにも軽く返されて、一瞬反応が遅れた。
「ナギくんすごいね! この年でもう一人暮らしだなんて!」
「寮生だって、言ってしまえば一人暮らしみたいなもんじゃん? そんな変わんないって」
「たしかし!」
「たかし!」
「「だがしかし!」」
息ぴったりすぎて怖い。
「あはは! チカたまに変な言葉使うよね!」
「ナギくんにだけは言われたくない!」
そんなことを話しながら歩いているうちに、僕たちは先ほど見つけた生徒会室の近くまでやってきた。
「……ここだ」
扉の横には、確かに『生徒会室』と書かれたプレートが掲げられている。
ただ、扉についている小さな窓には内側から紙が貼られていて、中の様子はまったく見えない。
「……入っていいのかな?」
「さあ?」
僕とナギくんは顔を見合わせる。
二人揃って首を傾げる。
ノックしてみる?
いや、でも何かやってたら邪魔になるかもしれない。
そんなことを考えていた――そのときだった。
――ドンッ!!
「っ!?」
突然、生徒会室の中から大きな物音が響いた。
続いて、怒鳴り声のような大声まで聞こえてくる。
「――だから違うって言ってんだろぉぉぉ!!」
「知らねぇよ!!」
ガシャーン!!
「…………」
「…………」
僕とナギくんは顔を見合わせた。
一歩。
また一歩。
二人揃って、無言で後ずさる。
……帰った方がいいんじゃないかな。
そんな考えが頭をよぎった、その瞬間。
「やあ!」
「ぎゃあぁあ!!」
飛び上がった。
たぶん、背後にきゅうりを置かれた猫くらいには。
体感、一メートル。
「び、びっくりしたぁ……!」
バクバクと鼓動を打つ胸を押さえながら、恐る恐る後ろを振り返る。
「君たち! どうしたんだい? 生徒会室の前で?」
声をかけてきた人物は、僕が飛び上がったことなどまるで気にしていない様子で尋ねてきた。
いや、びっくりしたことについて触れてくれよ。
そう思いながら顔を見る。
「あぁ……やっぱり」
そこに立っていたのは、入学式で歓迎の言葉を述べていた人物。
そして、今朝僕の資料を救ってくれた人物。
「藤ヶ瀬律杞先輩……」
「あれれ?」
藤ヶ瀬先輩は僕の顔をじっと見つめる。
数秒後、何かを思い出したようにポンと手を叩いた。
「あっ! 君、今朝のステップオンじゃん!」
「ステップオンしたのは先輩ですけどね」
「あはは! そうだった、そうだった!」
そこは間違えるんだ。
「んで、二人してこんなところで何してるのかな?」
「あぁ、そうだ」
僕はブレザーのポケットに手を入れ、朝から預かっていた名札を取り出した。
「今朝、先輩がこれを落としてたので、届けに来ました」
「おやおや?」
藤ヶ瀬先輩が自分の胸元を見る。
「あれれ?」
今度は制服のポケットに手を突っ込む。
右。
左。
胸ポケット。
ズボンのポケット。
一通り探したあと、藤ヶ瀬先輩は満面の笑みで僕たちを見た。
「ほんとだ! 名札ないや!」
「でしょうね。僕が持ってますから」
「あはは! そりゃそうだ!」
……なんなんだ、この人。
入学式で全校生徒を前に堂々と歓迎の言葉を述べていた、あの完璧な生徒会長はどこへ行った。
目の前にいるのは間違いなく――
今朝会った、ちょっと変な先輩だった。
「せっかく来てくれたんだ。中に入ってみる?」
どうしようかと、ナギくんの方をちらりと見る。
……美少年が石化してる。
まるでダビデ像のようだぜおぃ……
どうりでさっきから静かだと思った。
おそらく、入学式とのギャップに耐えきれず脳がショートしたらしい。
よし。ナギくんは使い物にならないみたいだ。
僕がどうにかするしかないな。
「えっと、いいんですか? 僕たち邪魔になっちゃうと思うので、今日はこの辺で帰ろうかなー……なんて」
「ん? 全然邪魔じゃないよ! ささ!」
逃げ道を塞がれた。
「でも、さっき生徒会室からものすごい音と、喧嘩みたいな声が……」
お願い。帰りたい帰りたい。帰して。
「あぁ! いつものことだし、喧嘩でもなんでもないから大丈夫だよ〜!」
いつものことなんだ。
それはそれで嫌なんだけど。
「じゃ、入ろっか!」
そう言うと、藤ヶ瀬先輩は勢いよく生徒会室の扉を開けた。
「一年生お二人様、ご来店でーす!」
「「「らーしゃーせー」」」
おいおい。ここは飲み屋かよ。
僕たちは半ば強制的に、生徒会室へ足を踏み入れた。
「ねぇ〜! 会長〜聞いてくださいよ! こいつがさぁ!」
「だからこれはこの日から始めたら、確実に納品に間に合わないんだって!」
「ぉおーいぃ! 備品ボックスの上に荷物置くなよ!」
「お前らうるさいんだよ!今勝負手なんやけん静かにしろよ!」
これが阿鼻叫喚というものなのか?
とにかく、騒がしい。
……ん?
待て待て。
最後のやつ、麻雀してる?
声がした方を見る。
生徒会室の隅っこ。
四人の先輩がiPadと睨めっこしていた。
「ロン!!」
やべーなこいつら。生徒会室で麻雀してるよ。
え? ここほんとに生徒会室で合ってる??
僕が知ってる生徒会って、もっとこう……真剣に会議したり、黙々と仕事したりするもんじゃないの?
少なくとも麻雀はしてない。
「……チ、チカ」
「ん?」
お! ようやく石化が解除されたらしい。
ナギくんが、僕の制服の袖を軽く引いた。
「帰ろっか……」
「んね。僕も同じこと考えてたよ」
僕たちは静かに、生徒会室を後にしようとした。
「まあまあまあ! 狭いところですが、ここに座ってゆっくりしていってくださいな!」
逃げるより先に、肩へ腕が回された。
右に僕。
左にナギくん。
そして真ん中には、満面の笑みを浮かべた藤ヶ瀬先輩。
「ほらほらほら!」
「えっと、僕たちそろそろ帰らないといけなくて〜……ね! ナギくん!」
「そ、そうなんですよ! チカの言うとおりで! 俺たちこのあと予定が!」
「そう! 予定が!」
「大事な!」
「大事な予定が!」
我ながら苦しい言い訳にも程がある。
「へぇ〜、何の?」
「「…………」」
くっ……何も出てこない。
「あはは! ないんだね!」
「「………」」
「じゃあ決まりってことでぇ〜」
「勝手に決めないでくださいぃぃ」
結局、僕たちは抵抗むなしく椅子に座らされた。
目の前には、何に使うのかも分からない大量の資料が積まれている。
……いや、積まれているというより、もはや山だ。
改めて生徒会室を見渡してみる。
さっきまでは騒がしさに気を取られて気づかなかったけど、あちらこちらにパソコンが置かれ、WordやExcelの画面が開かれていた。
何かの企画案を作っている人。
段ボール箱を開けて、中の備品をひとつずつ確認している人。
さっきから納品がどうとか言い合っていた二人も、よく見ればパソコンの画面を指差しながら真剣に話し込んでいる。
……あれ?
もしかしてこの人たち、ちゃんと仕事してる?
「ロン!!」
あっ……あの麻雀してる四人は除いてな。
「すんません。会長、今ちょっといいすか?」
「ん? いいよ〜。どした?」
「この備品なんすけど、個数が足りないんで、買い足し申請してもいいすか?」
「あぁー、これだったら備品倉庫の奥〜〜〜の方にまだ在庫残ってたはずだから、それ先に使っていいよ!」
……うぇ?
今、一瞬で判断して指示出したよね?
てか、備品が余ってるって、何も見てないのになんで分かるんだ??
……すっご。
「了解っす! じゃあ確認行ってきます!」
「待って待って! 結構奥の方にあるけん、何人か連れていった方がいいよ!」
「あー、確かに。じゃあ誰か暇なヤツ〜! スタッフゥ〜! スタッフゥ〜!」
……スタッフゥ?
「おらんのかーい!」
先輩が一人でノリツッコミまで始めた。
何してんだこの人。
「会長命令だァ〜! ちょっとそこの麻雀厨たち〜! 今ちょうど試合終わったやろ? 備品倉庫行ってこい〜!」
今度は藤ヶ瀬先輩が声を張り上げた。
「りょーかいっす」
「よろこんで〜」
「おおせのままにー」
「必要な備品ってなんですかぁ?」
さっきまで好き勝手やっていた四人が、何の文句も言わずに立ち上がった。
……切り替え早っ。
「……チカ」
「ん?」
「あの人、やっぱすごい人なんかな?」
「……んね。僕も今少し見直してたとこ」
入学式で見た姿とはだいぶ違う。
でも、ただ変な人ってわけでもないらしい。
「よーし! 人に仕事振ったし、俺も休憩しよーっと!」
「会長は仕事してください!!」
「えぇ〜〜〜!?」
――前言撤回。
「えぇ〜〜〜!? じゃないですよ」
「だって俺、今日の仕事とっくに片付けたんだもん!」
「だもんって……子供ですか? ちょっとキツイですよ」
「はい〜! 俺傷ついちゃったァー」
「ハァ……あっ! ちょうどいいや! 会長、これやっといてくださいね!」
「はェ?」
ドサッ。
僕たちの目の前にあった資料の山が、藤ヶ瀬先輩の前へ移動する。
「………」
「ちなみにこれ、今日までですね!」
「………」
藤ヶ瀬先輩がゆっくりと顔を上げた。
そのまま、ゆ〜っくりとこちらを向く。
目が合った瞬間、口角がじわじわと上がっていった。
やっべ。
目ぇ合っちまったよ………。
「ねぇねぇ♡ 君たち〜♡」
「「さようなら〜」」
「おいおい♡ 帰るなよぉ♡ この、い・け・ず――」
「「嫌ですよ!」」
「なんだよぉ! まだ何も言ってないだろ〜!」
妙にねっとりした口調で絡んできた。
やめてくれ。さぶいぼが立つ。
「高校生活初めての共同作業だと思ってさ!」
「こんなのを始めての共同作業にしたくありません!!
「じゃ、こっちチカくんだっけ? よろしくね!」
「え、ちょ――」
「こっちはナギくんだっけか? これよろしく!」
拒否権は?!?!
ドサッ。
僕たちの目の前に、紙の山が置かれた。
……どうしてこうなった。
僕の高校生活初日。
友達ができた。
生徒会長とも知り合った。
そしてなぜか今、その生徒会長に仕事を押しつけられている。
……高校生活って、こんなんだっけ?
コメント
1件
うわ、めっちゃ面白かったです!「生徒会」って聞くと堅苦しいイメージがあったんですけど、この第1話で完全に覆されましたね(笑)。藤ヶ瀬先輩のギャップがすごい。入学式の壇上ではカッコいいのに、裏では「ナイスキャッチ俺!」とか言ってる変な人で、しかも仕事はバリバリできる…。あと、ナギくんとの距離感の近さも良いですね。「チカ」って呼び合う関係、もう友達って感じで微笑ましかったです。麻雀しながらも仕事はちゃんと回してる生徒会室の混沌とした空気、めちゃくちゃ好きです。続きが気になります!