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空色が寝付いて一刻、真夜中にいつものように執務室で書類を捲り指示を出す。あれは何も言わないが俺が睡眠を削っていることは気づいているだろう。婚姻式が終われば落ち着く、それまでは仕方がない。静寂の中、使用人がドイルの来訪を告げる。ソーマは出迎えに動きハロルドが部屋を片して紅茶を入れる。寝室へ続く扉を閉め、ソファに移り背もたれに身を預け体を伸ばす。扉が叩かれ薄暗い部屋に地味な装いのドイルが現れた。ソーマだけを残し他は退室するよう命じる。
「こんな時間に仕事か?お互い忙しいよな」
俺が起きていることを知っていたか、見張らせているか。随分疲れているな、少し窶れたか?国が他国の王を招くのは面倒なもんだ。
「二人目おめでとう」
「ああ」
紅茶を口に含み、喉を潤したドイルは俯いたまま話し出す。
「俺…ジェイドに余計なこと言ったかもしれない」
俺は黙して次の言葉を待つ。
「カイランに呼ばれた日にジェイドのせいでアンダルの未来が変わったことを知ってさ、腹も立ったけど終わったことだ、あいつの重圧は理解できるから、つい目標をね、囁いちゃった」
己の眉間に力が入るのがわかる。
「マルタンは女児の出生率が高いから楽しみにしろよって。テレンスが毎夜注いでいるから石女じゃなきゃ早々に懐妊する。生まれる前から準備しろって。俺の願望を混ぜちゃって…だって!ハンクが羨まし…じゃなくて、あのまま放っておいたら思い詰めて何するか…泣きそうな顔してさ、弟を嵌めて結果不幸に落として愛する女は少年と毎夜寝台を共にしてる。あいつは国王になるんだ、暗い顔なんてしてられない。楽しい未来があるかもよって唆したらさ、元気になったんだ…凄く…笑顔で、婚姻式の準備してるんだ。絶対計画練ってるよ!なんて単純な奴なんだ。俺の勧めを実行しようなんてよ。まだ生まれてもない赤子だぞ。変態だよ、変態。けどさ、お前とあの子を見ちゃうと、ありかなって思うよな。お前は今幸せだろ?部屋にも連れ込んでるんだろ?俺はお前が羨ましい!」
一気に捲し立てたドイルは息を荒げる。
「終いか?」
俺の声に顔を上げ、青くさせまた俯いた。
「怒った?」
余計なことを言ってくれたとは思っている。だが激情のまま愚かな密約を交わすほどジェイドは追い込まれていたならドイルの囁きは生きる意味を与えたと想像できる。空虚な人生にあれを与えられた俺にはどれだけの喜びか理解できる。だが、ジェイドの想いの強さは俺には匹敵しないことも理解している。俺なら悩む前に手に入れているからな。
赤子が少女になるまで十数年もある。その時ジェイドが欲するかもわからん。愛した女の姿をしているかはわからんからな。
「暴走しないよう見張れよ」
懸命に頭を振って頷いているな。
「俺が死ぬまで…キャスリンが死ぬまで譲位するな」
すでに譲位したいと溢していたからな、嫌か。
「ええー!ジェイドに男児が生まれたら離宮に越すんだ!」
「声を上げるな。寝てる」
ドイルは立ち上がりかけた体をソファに戻す。
「俺もお前もいなければジェイドを止める者がいない。それは困るだろ」
ぶつぶつと何か床に向けて話しているが無視をする。
「若い女が欲しいなら囲え。王妃を消したいなら病気にしてやる」
顔を上げたドイルの碧眼は見開き笑顔へと変化する。年寄から面白い毒は受け継いだ。金ばかり使う無力な王妃など邪魔なだけだ。
「ほんとか?ばれない?」
「ああ、見つけたら報せろ。それから病気にしてやる。ジェイドを見張れ、導け」
笑顔になったドイルはご機嫌で紅茶を啜る。
「でも、あの子が死ぬまでって長いだろ。俺はお前より年上だぞ」
「あれは俺の死を追うと言ってる。直ぐに追わなくても、あれは生きるのが辛くなるだろ」
俺の受け継ぐものは全て空色に渡す。年寄から受け継いだ毒もだ。好きに死ねる。俺の足した毒も入れておく。奴を弱らせることも可能だ。あれは俺のいない生など生きれんだろう。子が繋ぎ止めても短い間だ。
「ハンク…あの子は若いぞ?お前の自惚れ…」
俺の睨みにドイルは口を閉ざす。俺達のことを誰かが理解できるとは思っていない。
「カイランに飲ますのか」
「奴は女を抱けんかもしれん」
ハロルドからの報告通りならば、奴は欲より女の心を読む。空色のような女など探しても見つからんだろう。念のため飲ませるがな。
「可哀想に、父親に妻を取られて不能になったか。哀れだなぁ」
「過去を悔やんでいるだろうよ。女の脚の腱が切られるのを見届けたらしい」
「ゾルダークに面倒かけたな、あの女は持ち前の愛らしさで監視を任せた者と仲良くなったらしいよ」
「アンダルは子ができぬと知った。だが女は身籠っているかもしれないと言ったらしい」
嘘か本当かは時が経てばわかる。
「身籠っていたらアンダルは壊れるな。面倒だ、死産薬を与えちゃおうか」
そうだな、落ちても元王子は厄介だな。死を選ぶなら構わんが、自棄になって面倒を起こしてもな。
「そうしろ」
ドイルは頷きソーマに酒を要求する。
「あーあ、あいつなんで来るんだろ…婚姻式なんて興味ないだろうに」
「気をつけろ。何を考えているか俺にもわからん」
チェスター王国国王ガブリエルはドイルと同じ年で学生時代の一年をシャルマイノスで過ごしている。俺のように体は大きく王太子の頃には頬に大きな傷を作り、放った結果凶悪な面構えになった。それを悲しみなどせず自慢気に見せるような筋肉の塊のような人間だ。
「王妃の生家の力が弱まって調子に乗ってんだよ。お礼にでも来るのか?尻に敷かれる国王からの脱却に俺は一役買ったからな」
ドイルは年寄の関与には気づいていないな。ならばチェスターにも知られてはいないだろう。
「向かっているのか?」
「出国したらしいよ、面倒だ。あいつがいる間、王宮に泊まれよ。指名されたんだし」
泊まるわけがない。無視をして答えない。
「婚姻式さえ終われば落ち着く、それからお前の子を見に来るよ。どうせ似てるんだろ?」
似るだろうな。奴より髪は俺に近い。
「ああ」
「落ち着いたら若い子探そ…ふふ」
王宮には若い娘など沢山いるだろう。唯一に出会えんだろうが、こいつが楽しければいい。国王なんて枷は欲しいなど思わんほど邪魔なものだ。
「もういいか、忙しい」
「あっ…お前…密約知ってたの?」
年寄とドイルの交わした密約の方だろうな。
「いや、年寄が死んで見つけた」
何故か嬉しそうな顔をするドイルは酒を一気に呷る。
「そうか、知らなかったのか」
今はもう知ったがな。あれもお前の枷になっていたか。国王の心情にどう作用するか。あれのせいでこいつは俺に甘かったのか。それならばないよりあったほうが便利だ。
「ジェイドの気がふれたら使うか」
俺の死が近づいたらあれには密約の存在を教えておくか。好きに使ったらいい。