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私の身長ほど高さのある大きな絵がハンクの執務室に運ばれてきた。黒い服を着たあの日のハンクが椅子に座って私を見ている。私に見せるためにここまで運ばせた。飾ってしまえばこんなに近くで見ることはできない。


「素敵…ありがとうハンク」


あの邸にはこの絵のハンクと膝に座る私の絵が飾られる。


「気に入ったか?」


「ええ、ハンクだわ」


常に側にいるけど、大切な人の絵は何枚あってもいいわね。隣に本物がいても見惚れてしまう。


「楽しみ…」


何回見られるかわからない私達の絵がとても楽しみよ。腹に触れると少し膨らみ、まだ動いてはくれない。


「ホールに?」


老公爵が亡くなって飾られていたものは歴代当主の絵画が飾られた部屋へ移された。


「ああ、もう一つはまだ仕上がってない。丁寧に描くよう言ってある」


隣に立つハンクを見上げると黒い瞳が見つめていた。私は微笑み頷く。


「国王が到着する。歓迎の宴だ。花園にも出るな」


ハンクの真剣な顔が私を見つめる。チェスター国王が王宮に到着するとき、選ばれた高位貴族が出迎え、会場に集まった貴族達は着飾り歓迎の宴を開催する。五日後の婚姻式まで王宮に滞在し、式の翌日には帰国する日程になっている。


「わかったわ」


もう昼は過ぎたわ。少し歩こうと思っていたけど、レオンに会いに行くわ。


「待ってるわ」


手を伸ばし頬に触れる。ハンクは屈んで私と口を合わせ厚い舌が唾液を送り込む。


「宴の話を聞かせて」


ゾルダークからはカイランも参席する。私は身籠っていることを理由に邸で待つ。心配そうな顔を撫でる。少し離れるだけ、ここは安全よ。守られているわ。



出掛ける二人を見送ろうと着飾ったハンクとホールへ向かう。上質な毛で作られた重厚なコートは髪色と同じ濃い紺、膝下まで長く重さもある。その下は全てを黒にしてベストの胸には私の贈った空色のハンカチを入れている。


「素敵」


立ち止まって扉の前で立つハンクをまた褒める。身長も高く大きい体はとても威圧的だけど胸が高鳴るほど見映えがする。ハンクは私を持ち上げ満足そうに微笑み頬に長い指で触れる。


「そうか」


近くにある頬に口をつけ、いってらっしゃいと呟く。後ろからの足音にハンクは私を下ろした。振り向くと王宮の夜会で着るはずだった揃いの衣装を着込んだカイランが上階から下りてくる。銀色のベスト以外は全てを黒に、銀糸で刺繍されて足元は編上げの長い靴を履き扉に近づいてくる。


「キャスリン、体調は?」


「変わりないわ」


「よかった。行ってくるよ」


ハロルドが付き添いソーマは残る。二人は馬車に乗り込み、護衛の騎士を複数連れて走り出す。ハンクの戻りは夜になるわね。


「後でレオンに会いに行くわ」


私を邸から出さないよう命じられているソーマは頷き、共にハンクの自室へ戻る。立て掛けられた大きな絵画を見つめる。普通の貴族家は家族で集まり絵師を呼び描かせホールに飾る。ゾルダークには家族を描いた絵画が私の知る限り存在していない。ここまで家族の関係が希薄なのも珍しい。特に欲しいとはおもっていないけど、ゾルダークの他家とは違う部分が面白い。


「旦那様の表情が柔らかいです」


隣で観賞していたソーマが呟く。眉間の皺はあるけど私がよく見るハンクよ。


「もう少しここに置いて」


絵師はいい仕事をしてくれたわ。私のソファに座りハンクに渡す空色の生地に針を刺す。半時経つ頃には目が疲れてしまった。


「レオンに会いに行くわ」


ソーマと部屋の外で侍っていたダントルを連れて上階にある子の部屋に入る。


扉を開けると乳母のモリカが猿轡を噛まされ床に転がされているのが目に入った。意識がないのかモリカは目を閉じて動かない。部屋の中央に置かれたレオンの柵付きの寝台の脇には眠るレオンを抱いた大きな男が頭まで覆うマントで顔を隠し立っている。


「動いては駄目よ」


ダントルとソーマに命じる。


「どちら様?」


男はレオンを抱いたまま答える。


「お前がゾルダークに嫁入りした娘か、赤子の母親か」


「ええ」


「ゾルダークの奴によく似てるな」


ハンクのことを言っているの?声からして若くはない。けれど貴族の感じもしない。騎士のような雰囲気を纏っている。


「その子を殺しに?」


「いや、赤子は殺さんよ。観察してた」


「お義父様のお知り合い?」


男は低い声で笑う。


「まぁ知り合いだな」


「もう見ましたでしょ、私の子を返してくださる?」


「まだいいだろ。奴が戻るまで待たせてもらう」


「戻りは夜遅くになりますの、食事は召し上がる?」


無意識に腹を撫でる私を見て男は話し出す。


「二人目を孕んでるって?ゾルダークで子が二人も出るとは珍しいな」


この男はゾルダークをよく知る者なの?まるで旧知のような話し方よ。でもソーマは言葉を発しない。ならばハンク個人の知り合い?恨みを持つ者?この邸の塀はとても高い。人目に触れず登るなんて不可能よ。一人ではない?見張りがいるのか、共に侵入したのか。


「乳母は殺しましたの?」


「女を殺す趣味はない」


「私の子を返してくださる?」


男は腕の中のレオンを一瞥し頭を撫でる。その手は大きく小さな頭を包み、容易くレオンなど殺せるように見えた。足が震えるわ。


「俺は強いんだ。そこの騎士では殺せん」


だからなんなのか。早くレオンを返して!


「まだ探し物があったが仕方ない。ゾルダークの奴が帰るまで待たせて貰おうか」


探し物?断ればレオンを殺すの?赤子を殺す趣味はないと言っていたのに。


「腹が空いたんだ、飯をくれ」


男は私に近づきレオンを差し出す。ハンクくらい身長が高く体は厚い。私はレオンを腕の中に抱き締め男を見上げて睨む。男は頭を覆うマントを下ろし顔を晒す。信じられない、どうしてここにいるの…


「歓迎の宴を抜けてきたのではないわね、どちらが偽者?」


男は笑いだし私を上から見下ろす。


「俺が本物だ。よくわかったな。顔の傷か?髪か?」


男の右頬には大きな傷がある。刃物でつけられたものではない。鋭くない何かでつけられた傷。マイラ王女と同じ銀髪を短く刈りこんでいる。この容姿は珍しいもの、わかるわよ。


「王宮は騒いでいますわ」


腕の中のレオンはこの緊迫の空気の中まだ眠っている。


「俺の偽者はそっくりでね。腹違いの弟なんだ。わざわざ頬に傷もつけさせた。娘も気づかんかもな。久しく会ってない」


ならばいつこの邸に侵入したのか、私とハンクが並べば、関係には気づくわ。おかしなことは言えないわね。


「ソーマ、料理番に食事を多めに作るよう命じて」


私の側を離れることを躊躇しているわね。確実にハンクは激怒するわ。国王が来るかもしれないと心配をしていたの?それならハンクは邸から出なかったわね。ハンクは王宮で偽者に気づくかしら。この男が本当のことを言っていればだけれど。その時、私達より遅れて子の部屋に入ったジュノが声を上げようと息を吸い込んだ。


「ジュノ!レオンが寝ているの、声を出さないで。料理番に食事を多めに出すよう伝えて、お客様なの」


ジュノは頷き走り出す。どう見ても客には見えない。風貌はまるで殺し屋だもの。レオンの額に口を落とし抱え直す。


「急なお客様にはお待ちしてもらわないと、応接室へ来ていただけます?」


「待つ、今頃王宮では偽者をもてなしているか」


機嫌のいい男は微笑みを浮かべ上から私を見つめる。瞳まで銀色なのね。私は男に背を向け応接室へ歩き出す。私と男の間にはソーマとダントルを挟み距離を保つ。後ろは振り向かず進み、途中で見つけた使用人にモリカの様子を見るよう命じ、サリーを呼ぶよう頼んだ。

ソーマが応接室の扉を開け私は中へと入りソファに座る。男は体を覆っていたマントを脱ぎソファの背にかけ、腰に下げていた長い剣を立て掛け私の対面に座り背もたれに体を預け首を回している。この男の言っていることが本当なら、彼はチェスター王国国王ガブリエル・チェスター。


「お義父様の馬車が出ていったのを確認してから侵入しましたの?」


「ああ、あいつは勘が働く」


「何故こんな真似を?」


「知りたいことがあってな。調べてるんだ」


ゾルダークに探し物?国王が自ら?そんなことあるのかしら。


「ゾルダークの奴は息災か?」


「ええ」


「そうか、お前の自室は子の部屋の隣だろ?気配がなかったな」


最近は使っていない私の自室にこの男は入ったのかしら。


「下階にいましたの。お義父様と夫の見送りをしましたから」


その後ハンクの自室にいたけれど、この男はいつからいたのか。ハンクは今頃王宮で出迎えているかしら、そこで気づいても馬車で半時よ。気が重いわ。


「ゾルダークの部屋で刺繍をしていたな。息子の嫁は義父の部屋で過ごすのか?女に傷はつけん、震えるな」


無理な話よ。いつ見たのか、人の気配なんてしなかったわ。このゾルダークの邸に侵入したのよ。普通じゃないわ。


「老公爵が死んだって?」


「ええ」


「ゾルダークでは長い方か」


一体どこまで知っているの?この人の目的はなんなの?何を探しているのよ。ハンク。






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