「こんなところに隠すなんて…」
床板を剥がすと、下に隠されていたのは魔法の鞄だった。
「何か隠さなくてはいけない出来事があったんだろう。意味のないことをミランがするはずはない」
「そうだね。これ見て?」
聖奈さんが取り出したのは、ミラン愛用のサブマシンガンだ。
「じゃあ…今のミランは丸腰か!?拙いな…」
「ううん。逆だよ。すぐにどうこうなる場合だったら、ミランちゃんなら武器や魔法の鞄を手放すはずがないもん」
「じゃあ、よくあるスタンピード?だっけ?あんなのではないってことか?」
スタンピードとは、魔物が溢れ出てくる、異世界モノ定番のトラブルだ。
「うん。相手は人間だね。貴族や権力者の仕業なら宿の人がみんないなくなってるのはおかしい。
後は…」
「賊か?いくら小さいと言っても、町だぞ?」
この町の人口は10,000人程。広さはリゴルドーの1/3だ。
「おもちゃに毛が生えた程度だけど、ナイトスコープもあるから探しに行こう」
「もちろんだ。まずは魔力波で人のいる位置を特定する」
何があっても、必ず迎えに行く。
『魔力視』
『魔力波』
使い慣れた複合魔法を唱えて魔力を探る。
「うおっ!?」
「どうしたの!?」
「す、すまん。あまりの反応の数に頭が処理できなかったんだ」
魔力波が伝えた情報は。
「町の中心部に人が集められている。その手前にも反応があるから、多分見張りだろう」
「うん。わかったよ。一先ずハンドガンにサイレンサーをつけて行こう。もし見つかったらミランちゃんが人質に取られちゃうかもしれないから、隠密行動でね」
「わかった」
俺達は静かに宿を出た。
「見張りがいるね。賊かな?それとも反乱軍とかかな?」
ナイトスコープのお陰で、相手よりもこちらの方が視界は有利だ。
俺たちにとっては、反乱軍でも正規軍でも関係ないな。
「殺すだろ?」
「うん。でも今は待って。相手の陣容がわからないとね。殺すのは順番を決めてからね」
怒りでナイトスコープを持つ、聖奈さんの手が震えている。
聖奈さんも同じくらい怒っているのに、冷静だ。ありがとう。
俺達は相手の布陣を確認しつつ、理由もついでに探った。
「まさか周りの村の人達だとはな」
そう。昨日までの隣人が犯人だった。
捕まえる方、捕まった方で顔見知りもいるらしく、抵抗しなければ危害は加えないとのことで、皆が大人しく従っている様だ。
反乱軍の目的はあくまで行政にあり、町の人を害することは目的ではない。
もちろん抵抗すれば怪我ぐらいは覚悟しなければならないと思うが。
この町の衛兵達も、自分達の実家や親戚、または知り合いが命をかけた訴えを起こしたので、あまり抵抗出来なかったのだろう。
興奮している反乱軍の話を盗み聞いて、その他は推測だが概ね間違いないだろう。
盗み聞いた話で、反乱の始まりは町の中にいた内通者。今の行政を変えたい人達だったようだし。
多分、飛蝗の影響で親族が死んだかした人達だろう。
「あの飛蝗の魔物の影響みたいだね。王都近くでは討伐されたのかな?じゃないと国がダメになるもんね」
食うこともままならなくなった村人達は、助けてくれなかった領主だか代官だかに制裁を下すため、犯行に及んだようだ。
「討伐されたかは知らないし、興味がない。それよりも、武装した2000人を俺たちに殺すことが出来るのか?」
老若男女入り混じっている。
流石に子供はな……
「町を救う必要はないよ。仕方ないことだけど、助けなかった人達も、自分達でどうにも出来なかった人達も、両方共、私達には関係ないからね」
そう告げると、一度俯いてから、縋るような眼差しをこちらへと向けてきた。
「ミランちゃんだけなら、どうにか出来るよね?」
「ああ。作戦を伝える」
俺はミラン奪還作戦を聖奈さんに伝えた。
準備を終えた俺達は宿に戻り、宿へ預けていたいつもの馬車へと乗り込む。
「じゃあ、行くぞ」
「うん!間違えて安全運転しないでね?」
こんな時でも冗談が言える聖奈さんを頼もしく思…い……
あれ?冗談だよね?
…俺は馬車を走らせた。
「取りこぼしがいたぞ!絶対に逃すな!」
俺達はすぐに気付かれたが、構わず町の出口を目指した。
「聖奈!頼むぞ」
「うん!任せて!」
聖奈さんに露払いの銃撃を任せ、俺は魔導書に視線を落として詠唱へ入る。
『フレアボム』
バランスボールくらいの大きさの火の玉が、門へ向かって飛んでいく。
「魔法使いだぁ!よけろー!」
眼前が騒がしくなったところで、魔法が門へと着弾した。
ドガーン
ガラガラガラッ
かなり離れている俺達の所まで衝撃が来たが、馬達は気にする素振りもなく駆けていく。旅の間に馬達の近くで魔法や銃火器を使っていたお陰で慣れていたのだ。
「やったね!門を破壊できたよ!」
上級魔法のフレアボムで、閉ざされていた門を吹き飛ばすことに成功した。後は瓦礫の撤去だな。
門の破壊を確認すると、俺は次の詠唱へ入る。
『トルネード』
直径10mの竜巻が発生し、その竜巻は門へと向かって進んでいく。
門までの瓦礫がなくなった場所は、普段の開門された道のように綺麗だった。これなら馬車でも通れる。
町に門がなくなったが、そんなことはしったことか。
「よし!通るぞ!」
馬車は門があった場所を駆け抜けた。
町からかなり離れた場所まで来ることが出来た。
「ここまでくれば大丈夫だな」
「うん。あそこにお馬さん達を繋いでおこう?」
聖奈さんが見つけた丁度いい木に馬車を繋ぎ止めておいた。
ここまで来る間にも追手は掛かったが、聖奈さんのアイスランスの前に、敢えなく崩れ落ちた。
「じゃあ行こっか?」
俺達は町の宿へと転移した。
「ここからは聖奈しか攻撃出来ないから頼むぞ?」
俺達は宿から隠れながら移動して、ついに町の人達が捕らえられているところまで辿り着いた。
「うん。任せて。それよりミランちゃんを見付けられるかどうか…」
俺達の前には手足を縛られて座らされている人、一万人がいる。
「それは根気でどうにかしよう」
俺達は金髪の少女を探した。
・
・
・
・
「いたよ!150m前方、左から20mくらいのところ!」
聖奈さんの指示に従い確認すると……
「ミランだ…間違いない」
良かった。ここが明るくて。
捕まえた人達が変な行動を起こさないように見張る為か、灯りがかなりあった。
買ってて良かった双眼鏡。
「準備はいい?」
「ああ。頼む」
ミランを見つけ出せたなら、後は作戦を実行するのみ。
俺達は建物の陰から飛び出した。
「不審者だ!捕らえろ!」
不審者はお前達だろうが!
余計なことに気を取られかけたが、俺は詠唱を続ける。
走りながらの詠唱は初めてだが、うまく行ってくれよ……
『アイスランス』
聖奈さんから魔法が飛んでいく。
「魔法使いだ!殺しても仕方ない!」
弓を構えた男が視界に入る。
パシュッパシュッ
「ぐあっ」 バタンッ
「な、なんだ?!また魔法か!?」
弓使いが撃たれたことで、相手が攻撃を躊躇する。村人達の集まりだとこうなるよな。
その間にもミランまでの距離はグングンと縮み、聖奈さんの手が伸びた。
「捕まえた!」
聖奈さんの合図で最後の言葉を紡ぐ。
『テレポート』
俺達は馬車まで転移した。
「ミランちゃん…無事でよかったよぉお」
聖奈さん…気持ちはわかるけどミランが苦しそうだから離してあげて?
「うぅ。セーナさん…息が…」
「ああ!ごめんね!大丈夫!?」
聖奈さんの顔は涙でぐちょぐちょだ。
「大丈夫です。心配を掛けてすみません」
「当たり前じゃない!仲間なんだから!謝ることじゃないよ」
「ミラン。謝罪じゃないぞ?こう言う時は」
俺達の言葉にミランはハッとし、そして、いつもの凛とした声で伝える。
「助けに来てくれて、ありがとうございます」
ミランはまた聖奈さんに揉みくちゃにされた……
頑張れ…俺は助けられない。後が怖いからなっ!
二人が漸く落ち着いた頃。
「町はどうなるのでしょうか?」
「この規模の反乱ならすぐとは言わなくとも、そのうち鎮まるだろうな」
色々な所で沢山の農民一揆が起こった日本ですら沈静化された。
まあ、農民一揆は実力行使よりデモ活動の方が圧倒的に多かったけど。
どちらにしても日本だと首謀者や扇動者のみの処刑が多かったが、この世界ではどうなんだろうな?
まさか命の軽いこの世界でお咎めなしとか有り得るのかな?
「ねぇ。セイくん。上級魔法をいくつか撃ち込まない?」
「いや、ミランが無事なら俺はもういいぞ?別に他に恨みも無いし」
人命の重さは常に平等ではなく、時と場合、誰から見たかによると、俺は考えている。
老人と子供。
悪人と善人。
不必要と必要。
自業自得と不可抗力。
それぞれがそれぞれの考えはあると思うが、この世界は地球よりハッキリしているところがある。
強者か弱者だ。
普段、弱者には人権などない。代わりに弱者も今回のように命懸けで牙を剥くこともある。
地球では人権の平等化が進み、今では弱者もネットを通じて強者へとなる場合が多い。
たとえどちらの世界であっても、俺は仲間を守る為なら何でもするだろう。
その為にも、力をつけないとな。
暴力は嫌いだから、無事なら聖奈さんみたいに仕返しとかは考えられないけど……
ブーブー文句を垂れる聖奈さんをミランに馬車へと押し込んでもらい、俺は先へ向かう為に馬車を繋いでいるロープを外し、馬車を走らせた。
「どこまで行くのですか?」
「町からある程度は離れたいな。3時間くらいかな?」
夜は蓄電池に繋いだ投光器の灯りで走れる。
走らせたのは初めてだけど、なんでも準備しておくもんだな。備えあれば憂いなし、か。
「おっ。あそこで野営しよう」
丁度適した場所があったので、俺達はそこを今日の寝床にする。
二人に寝てもらい、夜明け前に出発出来る様に起こす予定だ。この野営は馬のためだな。
色々と考えすぎたけど、結局この世界の命の重さぐらいが俺にとっては生きやすいのだろうな。
日本は…地球は命が重すぎる。
決して奪ってはいけないのは理解できるけど、家族が殺されても犯人が死刑にならなかったら我慢するしかないとか無理です…。
今日の出来事は終わってしまえば何もなかったが、仲間の命の重さを考えさせられた日になった。
いつも以上に考え過ぎた俺は、夜明け前まで焚き火をボーっと眺めて過ごしたのだった。
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