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地図を手に入れた優恵楼(ゆけろう)はどこか強気だった。
いつものように起きて、川という名のお風呂に入り、鶏のお主とお奥に餌をあげる。
育っている小麦や果物を収穫し、小麦はパンに、果物はそのまま食べたり、ジュースにしたりして摂取した。
「さて!冒険に出かけよう!」
簡易的な橋を渡り、川の向こう側へ。すぐに白樺の森が見える。しかし大丈夫。
今の優恵楼(ゆけろう)には地図という心強い味方がいる。白樺の間を縫って歩いていく。
地図に表示されるのは白樺の森。周りを見ながら歩くも、地図とは見える角度が違うだけでずっと白樺の森。
たまに地図を見る。視界のほとんどを支配する地図。
その端に見えた。地面の裂け目が。ヒヤッっとした。しかし気づいた時には遅かった。
踏み出した右足は踏み締める地面が見つからず、宙を彷徨っていた。
すぐに体勢を低くし、左膝を地面につけた。重心を低くすれば、まだ間に合うと思った。
しかし体の半分以上が地面の裂け目に吸い込まれており
膝をついた左足や必死に抵抗し反る体も、徐々に地面の裂け目に飲まれていく。
ヒヤッっとするなんて騒ぎではない。体が感じたことのない浮遊感を今まさに味わっており
まるでスローモーションのように着ている服もフワッっと捲れ上がってきていた。
「さて!冒険に出かけよう!」
なんて言っていた優恵楼(ゆけろう)はどこへやら。
必死の形相で地上へ戻ろうとしているが、その願いは虚しく、もはや左足のつま先しか地面に触れていない。
髪の毛も重力に逆らい、服も捲れ、お腹が見える。
最後の最後の抵抗も虚しく、左足のつま先は地面に1本の線を残して地面の裂け目へと飲み込まれていった。
心臓はものすごく早く動いているはずなのに、すべてがスローモーションになっている気がした。
頭からは落ちたくない。せめて足から。と思い、空中で体を上下反転させる。
さっきまでいた白樺の森が上の方に見える。もう手を目一杯伸ばしても地面には届かない。
そう思っている間にもどんどんと地面との距離が離れていく。
皮肉にも白い雲が流れる空は綺麗だ。伸ばした手に希望も力もなくし、ダラッっと諦めたとき
チャプンッ
という音と共に手に冷たく柔らかいものが触れた。手のほうを見た。水だった。
地面の裂け目の聳り立つ壁の石の隙間から滝のように水が流れ出していた。
助かるかもしれない
そう思った。必死で掴めもしない水を掴もうともがく。両手が水に触れる。
引き寄せられもしないのに、水のほうに体を寄せたくて、掴んで引き寄せようとする。
しかし、やはり水は掴めない。
掴んだと思って引き寄せた水は全部重力に逆らって上のほうへと舞っていく。
実際には水も落ちているのだが、優恵楼(ゆけろう)が落ちていくスピードよりも
水滴は落ちていくスピードが緩やかなため上がっているように見える。
焦る。地面までの距離はわからない。もうあと数メートルかもしれない。
まだ数十メートルあるかもしれない。とにかく焦って水のほうへ、水のほうへと体を寄せようとする。
徐々に水が近づき、顔が水に触れた。とほぼ同時に全身が水に包まれる。
まるで最高級のビーズクッションに身を委ねたときのような、全身を優しく包み込んでくれた。衝撃はゼロ。
スライムのように水が全身を包み込んだと思ったら
「っぷはぁ〜…はぁ…はぁ…」
すぐに水面に顔が出た。水の流れによって水のない石の上に追いやられる。
「はぁ…はあ…」
なにも息の切れるようなことはしていないのに、息は絶え絶え。放心状態である。
上のほうから流れ落ちる水、滝の水滴が霧のように舞い、優恵楼(ゆけろう)に降り注ぐ。
ゆっくりと見上げる優恵楼(ゆけろう)。
「…たっか…」
ざっと高さ30メートル、30ブロックほどありそうだ。
「…よく助かったな…」
奇跡である。
「ただ〜…上るのも大変だぞこれ…」
高さ30メートル。30ブロック。縦に積み上げるのも大変だし、なによりも怖い。
かといって階段状に掘っていくのも大変である。とりあえず濡れた服を着替えることにした。
「さて」
着替えが完了したところで、ざっと辺りを見回す。
辺りは真っ暗。地図を見ると、どうやら8の字に穴が空いていたようだ。
「はぁ〜…」
怖かったというのと、助かったというのと、運が悪いなという思いのため息が出た。
ブーッ。ブーッ。あ、スマホが…。あ、LIMEの通知…。
ということで…タプタプ。辺りを見渡す…あ、これさっき言ったか…
「ながらスマホダメ!」
はい!ごめんなさい!…となぜかこちらを向いて言う優恵楼(ゆけろう)。
あ、こっちに言ったんじゃないのか。たまたまか(小声)。
と自分に「ながらスマホはダメ」と言い聞かせた優恵楼(ゆけろう)は右手のアイテムを松明に切り替える。
遥か上のポッカリと空いた穴からは太陽の光が入ってきていて
その下は太陽の光で照らされているものの、一部を除き、ほとんどは闇で包まれている。
優恵楼(ゆけろう)の周りが松明のオレンジ色の暖かな明かりで照らされる。
歩いてすぐそこにマグマ、溶岩が流れていた。
「おぉ〜」
その明るさとドロドロと流れる感じを間近で見て少し感動した。近づいてみると
「おぉ〜。熱い」
サウナ室に入るため、ドアを開け、1歩室中に踏み入れたときほどの熱さだった。
マグマ、溶岩のすぐ側の石にヒカリゴケが付いていた。
本来なら光源となるヒカリゴケだが、マグマ、溶岩の明るさに、見る影もなかった。
マグマ、溶岩は今の優恵楼(ゆけろう)にとっては手に余るものだったので、そちらへは行かず
別の方向を探索してみることにした。
石たちが大きな穴を支えるように太い柱のように聳え立っていた。ペチペチ。その立派さに思わず触る。
「おぉ〜」
謎の感嘆の声はおぉ〜…おぉ〜…おぉ〜…と反響していた。どうやらこの穴は広いらしい。奥に歩を進める。
奥のほうにはマグマ、溶岩だろうか?微々たる明かりが見える。
「深いな…」
松明で辺りを照らしながら歩を進めていく。広場についた。すると
「ウオォ〜…」
という声に背筋がヒヤリとした。怖くて、ビビっていて、本当であれば見たくもないはずだが
人間の危機察知からなのか、右手は即座にその声のほうに伸びていた。
右手に持たれた松明が周囲をぼんやりと照らす。
オレンジ色の暖かな明かりに照らされた地面に金色の光るものが入ってきた。
「は?」
もう1歩踏み込んできた。それは金で出来たブーツ。
カシャンッ。カシャンッ。西洋の甲冑のブーツで歩くような音が広場に響く。カシャンッ。
「ウオォ〜…」
足元に気を取られていた。パッっと顔を上げる。
松明を持った右手のすぐ側に、緑色の手が迫ってきていた。咄嗟に右手を引っ込める。
全身を見た。金で出来たヘルメット、金で出来たチェストプレート
金で出来たレギンス、金で出来たブーツ。金で出来た装備をフルで着込んでいた。
「…マジか…」
勝てるわけない。そう思った。
画面を見ながらコントローラーを持ってこのゲームをプレイしているときは
金の全身装備のゾンビだってなんのその。1、2発ダメージを喰らおうが
石の剣だろうが、なんなら木の剣でも立ち向かって倒していた。
しかし、いざその世界に飛び込んで、金のフル装備を目の前にしたら
「威圧感すごすぎ」
威圧感がすごい。ただでさえ、まだノーマルのゾンビすら倒せていないのだから
無理がすぎた。しかし、幸い、ゾンビは足が遅い。優恵楼(ゆけろう)は走って逃げた。
「情けないとは言わせない!」
いや、情けない。鉄の剣も盾も持っているのに。
走って走って、1メートルのブロックだって勢いをつけてジャンプで乗り越えて
端に来てしまった。しかし、さらに奥に入れた。
1メートルのブロックを乗り越えて、奥へ奥へと行く。少し開けた空間に出た。
「はあ…はぁ…」
息を切らし、逃げ切った。
「…はず…」
ゾンビの声は…(耳を澄ます)…聞こえない。
「ふぅ〜…はあ…」
座り込む。一息吐こう。としたとき、カランッ。という音と共に背中に鋭い痛みが走った。
「いった!」
それはまるで背中を張り手されたような痛みだった。そのカランッという音でわかった。スケルトンである。
全身が骨で、まるで学校の怪談の1つ、真夜中に動く骨格標本のように
人間の骨だけが意識を持って動いているのである。その左手には弓を、右手には矢を持っている。
歩く度、カランッ。カランッ。という骨の音を鳴らしている。
スケルトンは優恵楼(ゆけろう)を見て口を大きく開けた。
骨なので表情はないはずなのだが優恵楼(ゆけろう)からは
見ぃ〜つけた
と言いながら笑っているように見えた。
優恵楼(ゆけろう)は顔面蒼白になり、背中の痛みなど忘れて、背中に矢が刺さったまま走り出した。
ビーンッ…。矢が壁に刺さり、勢いで上下にしなる音が聞こえる。その度に
「ヒッ!…」
という声を上げながら走り続ける。
「はあ…はぁ…はあ…」
本日、短期間での2度目の息が絶え絶え状態。スケルトンの音は…(耳を澄ます)…。
「はぁ…はぁ…」
優恵楼(ゆけろう)の息がうるさいが、恐らく聞こえない。
「はあ…ホラー…映画か…」
たしかに人間の骨格標本のような骨が意識を持って動いており
目玉もないのに標的を認識し、スナイパーが如く、正確に矢を放ってくる。
「ホラー映画でも…B級だろ…」
そのB級ホラー映画の主人公が優恵楼(ゆけろう)。しかしSS級ホラー映画の如くビビり散らかしている。
ゾンビからもスケルトンからも逃げ切れた。しかし、必死に、無我夢中で逃げたせいで
先程の開けた場所と違い、縦3メートル、横幅2メートルの横穴に入り込んでいた。
「どうしよ」
ここからどうするのか、座り込み、壁にもたれかかりながら考えるのであった。