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そう思った瞬間――
背後から、誰かの声がした。
「おつかれ」
びくっとして振り返る。
そこに立っていたのは――
見覚えのあるシルエット。
でも、逆光で顔がよく見えない。
「え…?」
一歩近づく。
風が吹いて、光の加減が変わる。
その瞬間。
はっきりと見えた。
あのときと同じ、優しい笑顔。
「ちゃんと来たね」
———
美咲の心臓が、大きく跳ねた。
現実と、あの日の“音”が――
もう一度、重なろうとしていた。
風が少しだけ強く吹いた。
その人の前髪が揺れる。
「……え……?」声がうまく出ない。
でも、その顔を見間違えるはずがなかった。
そこに立っていたのは、やっぱりMrs. GREEN APPLE のボーカル、大森元貴 だった。
「なんで……」現実のはずの昼の街。
さっきまで面接をしていたライブハウスの前。
夢じゃないとわかっているのに、状況が追いつかない。
大森は少しだけ肩をすくめて笑う。
「さあね。でも、来てほしかったから」
その言い方は、あの日と同じだった。
美咲は一歩だけ近づく。
逃げたら、消えてしまいそうな気がして。
「……私、ちゃんとできてましたか」
気づけば、そんな言葉が出ていた。
面接のこと。ここまで来たこと。全部ひっくるめて、聞きたかった。大森は少しだけ考えるように空を見上げてから、答えた。
「うん、“ちゃんと迷ってた”」
「え…?」
予想と違う言葉に、思わず聞き返す。
「でもさ、それでいいんだよ」静かに続ける。
「迷って、それでも来たでしょ?」
「……はい」
「それが一番大事」
その言葉は、あの日よりも少しだけ現実に近かった。
「結果がどうなるかって、もちろん大事だけどさ」
大森は軽く足元の影を見た。
「でも、“選んだこと”のほうが、あとで効いてくる」
胸の奥が、じんわり熱くなる。
(まただ)あのときみたいに、言葉がまっすぐ入ってくる。
「……怖かったです」正直に言う。
「面接も、その前も、全部」
大森はうなずく。
「うん、顔に書いてあった」
「え、そんなにですか!?」
思わず笑ってしまう。
「でもさ」少しだけ真面目な声に変わる。
「怖いのにやる人って、強いよ」
その一言が、不思議なくらい重かった。
「怖くない人より、ずっとね」美咲は言葉を失う。
(私が…強い?)そんなふうに思ったことはなかった。
でも――(ちょっとだけ、そうかもしれない)ほんの少しだけ、受け入れられた気がした。
沈黙のあと、大森がふっと笑う。
「で?」「え?」「次、どうする?」またその質問。
でも、今度は――少しだけ答えやすかった。
美咲は空を見上げる。
昼の光が、まっすぐ目に入る。
「……結果、待ちます」
「うん」
「でも、その間も、なんか探します」
少しずつ、言葉が出てくる。
「他のライブハウスとか、音楽に関わることとか」
自分でも驚くくらい、自然だった。
「いいね」
大森はすぐにうなずいた。
「それ、“止まってない”やつ」
その表現に、思わず笑う。
「あとさ」
少しだけ近づいて、小さな声で言う。
「今日のことも、そのうち“正解だった”って思うよ」
その距離の近さに、少しドキッとする。
でも――怖くはなかった。
「……思えますかね」
「思わせるのは、自分だけどね」
さらっと言う。
ずるいくらい、まっすぐな言葉。
そのとき、遠くで誰かが呼ぶ声がした。
「大森さーん!」
スタッフらしき人が手を振っている。
「あ、やば」
大森が苦笑する。
「呼ばれてる」
少しだけ名残惜しそうに、美咲を見る。
「じゃあね」
「……はい」
言葉が短くなる。
でも、それで十分だった。
「また会えるよ」
軽く手を振る。
その一言が、不思議と“約束”みたいに聞こえた。
美咲も、小さく手を振り返す。
気づいたときには――もうそこには誰もいなかった。
「……」
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