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「病室」
僕と佐藤さんは病院の前でバスから降り立った。僕らは走り自動ドアを通り抜け、受付に足早に向かった。
僕と佐藤さんが受付の前にたどり着くと受付の女性に「どのようなご用件ですか」と尋ねられた。僕は受付に近づいて答える。
「あっ、はい。面会をしたいんですけど….」
「面会される方のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「河村隆さんです」
白いスクラブケーシーを身につけた彼女は「確認します」とひと言告げ、パソコンのマウスを操作しパソコンの画面を確認して受話器を手に取った。
何やら他の職員に確認を取ってるようだ。しばらくすると、彼女は受話器を直した。
「只今確認を取りましたら、河村隆一さんは病室に居られるそうです。部屋番号はこちらになります。」
彼女はテーブルの上にある病院内を表した地図に手を伸ばし、南棟の3階の一番右の病室を指差した。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
僕が職員の彼女にお礼を言うと後ろで様子を伺っていたクラスメイトが少し遅れて礼を言う。僕らは受付の右手にあるエレベーターに乗り、3階へのボタンを押した。
エレベーターが3階に着き、ドアが開く。僕らは廊下を右手に曲がり歩いて行った。
廊下の壁には近くの小学生からなのだろうか、メッセージが書かれた色紙に折り紙で折られた動物が何枚か貼ってあり、それが廊下の至る所に掲示されていた。
一番奥の部屋の前に着くとドアの横にあるプレートで名前を確認して僕は3回ノックする。
「は~い、どうぞ」
僕と佐藤さんはドアを開け、病室に入った。すると佐藤さんは挨拶なんか後回しにしてベッドに駆け寄った。どうやら一人部屋みたいだ。ベッドにはおじさんが寝そべっていて、その横の椅子には菊さんが座っていた。
「おじさん!!大丈夫なの?」
佐藤さんは心配そうな顔で菊さんの肩に両手をそっと置き、尋ねた。
「大丈夫だよ。心配かけたね、凛ちゃん。あと、晴斗くんも」
僕の方に目を向け、ニッコリとえくぼを作りながらそう答えた。ベッドの隣にはお皿の上に乗せられた切られた林檎と本が置いてあった。本当に大丈夫なようだ。
僕がベッドの前で立ち尽くしていると、菊さんが置くから椅子を2脚持ってきてくれた。僕と彼女は『ありがとう』と言って腰を下ろした。
それから彼女と菊さん、おじさんで何やら話を始めた。僕はその話には参加しない。何処か虫の居所が悪い。何故だろうか。僕は気分転換にでもと思い、立ち上がった。
「佐藤さん、何か飲み物でもいる?」
「うん、ありがとう!」
僕は病室から出ると1階の自販機に向かった。受付の前を通り、自販機へと足を運ぶ。どうやらさっきの女性は居ないようだった。
「何が良いかな?佐藤さんだから炭酸とか?」
僕は500玉を入れてレモン味の炭酸ジュースのボタンを押す。そして、緑茶を2本買った。ペットボトルを取り出して病室戻ろうと、受付の前を歩いていく。受付の前には一人の男性がいた。受付の男性が面会の相手の名前を聞かれているようだ。
「河村隆です」
彼は何故かおじさんの名前を口にした。僕は咄嗟に振り返る。色白の彼はこちらに気付いて、振り返った。
「和哉….」
「でね~そこで菊さんが…..」
僕が病室のドアを開けると佐藤さんが何やら楽しそうに二人と話していた。僕は 『飲み物、買ってきたよ』と佐藤さんと菊さんに手渡す。それから僕に続いて和哉が病室に入ってきた。
「和哉、来たのか」
おじさんは和哉の顔を見るなりそう言った。菊さんも驚いた様子で見ている。
「倒れたって聞いて……」
「そうなの、さあ早く座りな。かずくん」
菊さんは『久しぶりだね』と和哉に話し掛ける。和哉はうん、とだけ答えて椅子に腰をかける。
「じいちゃん大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。心配することはねえ」
おじさんはそんな風に答えた。ふたりの会話はこれ以上続くことは無く、何とも言えない雰囲気が流れた。僕がそんな状況から脱しようと話題を振ろうとしたその時、病室のドアがノックされ『失礼します』と言う声と共に白衣を着た男の先生と看護師が入ってきた。
「河村さん、具合はどうですか?どっか気分が悪いとかありませんか?」
その先生は僕らにお辞儀をした後、そんな風に言った。それから彼はおじさんを診察した。
「うん、大丈夫そうですね」と白衣の彼は言った。
「良いですね、沢山の人達がお見舞いに来てくれて」
看護師がそう言うと、 おじさんは嬉しそうに『はい』と返事をした。それから医師は和哉に目を向けてこう言った。
「和哉くん、ちょっと良いかな?処方のことで話が……」
先生がそう言うと和哉は白衣の彼と一緒に病室を出て行った。
「じゃあ、私もここでお暇しようかしら」
菊さんは戸棚の上にある時計を見てそう言った。
「じゃあ僕達も帰ろうか、佐藤さん」
「そうだね」
僕らはおじさんに挨拶をした後、病室を後にした。辺りは暗くなってきていて、時計の針は18時を過ぎていた。
「晴斗くん、こんな時間じゃ電車に間に合わないね」
「そっか、終電もうすぐか」
「田舎だからね~」
佐藤さんは無邪気にそう言った。今日は初めて彼女の笑った顔を見た気がする。すると菊さんが佐藤さんの肩を叩いて『じゃあ今夜はうちに泊まりな』と言った。
「えっ良いの!?晴斗くん、明日課題何も無かったよね?」
「うん、無かったよ。明日、数学の先生
出張で居ないから」
「やった。じゃあ、お母さんに電話してくる!」
クラスメイトの彼女はそう言って鞄からスマホを取り出し、足早に出口に向かって歩いて行った。
「晴ちゃんは全然良いよね?」
「うん、大丈夫だよ」
「じゃあ、今晩は料理によりをかけないとね」
菊さんは嬉しそうにそう言った。僕と菊さんは出口へと歩いて行く。僕はおじさんが心配だった。和哉と先生のあのやり取りも気になる。これは単なる僕の予想だけど和哉は何かを隠している気がする。僕らが出口から出ると佐藤さんがいてこちらに親指を立てて、グッドと合図をしてきた。どうやら許可が下りたらしい。
「さて、今から買い物に行くけど何が良い?」
「カレー!!」
「鍋が良いな」
僕らはほぼ同時に全く違う料理名を口にした。やっぱり僕と彼女は噛み合わない。鍋の方が良いに決まってるのに….。僕ら3人は菊さんの車に乗り込んだ。
車の中でも論争が続き先に折れたのは僕だった。 僕との論争に勝利した彼女は気分が良くなったのかラジオで流れた歌を大きな声で熱唱していた。本当に元気だ。
僕らは町中を走り抜けていく。日が落ちて姿を変えていくこの町の中を。
おじさんが心配なのは変わりない。でも『今に急いでも何も変わらない』そんな気がした。次に和哉に会ったときにでも聞けば良い。そんなことを思いながら車の窓から小さくなっていく丘の上の病院を眺めていた。