テラーノベル
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「未回答の部屋」
🧣🌵
※この話はnmmnです。界隈のマナーやルールに則った閲覧をお願いいたします。
※ありとあらゆるものを捏造しているのでヤバいと思ったら逃げてください。薄目で見ていただけると幸いです。
2:保留
「へぇ、本当にずっと使ってこなかったんだ?こんなに強力なのに。そりゃ制御できるわけないだろうねぇ」
更に俺の詳しい事情を聞いて、何本目かの棘を身体から引っこ抜きながららっだぁは言った。自分の身の上をしゃべるだけでも棘が何度も出てしまった。申し訳なかったけど、らっだぁは平気そうだった。
まるで服についたホコリを払うかのような気軽さだ。刺さった場所を気遣う様子もない。粘土でもこねるように、本当に一瞬で傷が再生しているように見える。
「強い……のか?この能力。トゲが出るだけだろ」
「うん強いよ。異能持ちは何人か知ってるけどだいぶ珍しい。でもまぁ、魔物とかと戦うならまだしも普通に生きるならガチでいらんね」
らっだぁは一人でなにか納得している。俺は自分のことを、魔物ハンターをやってることを言おうか迷って一旦黙ることにした。ていうからっだぁのほうがよほどどうかしている能力に見える。本当に「不死」なら回復系の中でも最上級なんじゃないか?
「何がきっかけなのかなぁ。感情だとは思うんだけど、俺を見てそんなにビックリしたの?」
「そりゃそうだろ、もう誰にも会わないって思って逃げて逃げて、逃げ込んだ廃屋にいきなり人が来たんだぞ。驚かないほうが無理あるって」
「俺も明かりついてたから、やった、人間がいる?!と思って開けたら即殺されたからビックリしたよ」
「いやそれはマジで悪かっ……けど、不死だろ?」
「あのね不死でもビビるからね、いきなり頭ふっとばされたらね」
嫌味ではないんだろうけど、罪を指摘されて居心地が悪い。でも実際死んでないし、不死相手ってこういうときどうしたらいいんだ?「殺されちゃった」はギャグとして流してもいいのかな。
この森は人が消えるとか化け物たちの国があるとかろくな話は聞かない。魔物もたくさんいるらしい。人間があまり立ち入らない場所だからこそ俺は死に場所を求めてここに逃げ込んだんだけど。こんなところにいるってことは、らっだぁにもなにか事情があったのかな。
突然、何かが屋根に当たるでかい音がした。俺の悲鳴と同時に放たれた棘がらっだぁの首を貫いた。
「やっぱビックリすると絶対に出ちゃうみたいだね」
血の一滴も垂らさず、首に深々と刺さったままそんなことを言っている。喉のあたりに刺さってるのにどこから声が出てるんだ?らっだぁは涼しい顔で棘を引っこ抜いてる。
「わかった、時々おどかしてやろうか?」
「そんな、子供だましじゃないんだから……」
「わ゛ぁ゛ぁああ゛っ!!」
「ア゜ーーーッ?!」
鼓膜が取れそうな爆音の絶叫にびっくりして放たれた棘が、今度はこめかみにぶっ刺さった。この棘はどこまでも殺意が高い。相手がらっだぁだから済んでいるけれど、もし普通の人間だったら、と思うと血の気が引く。
そういう意味では俺は本当にいい相手と出会えたんだろうな。俺がどれだけ殺意の棘を突き刺しても、小石を投げ込まれた深い海みたいにらっだぁは全く動じない。
「まぁ慣れてくしかなさそうだね」
「……らっだぁじゃなかったらどれだけ殺してたかわかんねぇしな」
「あは、そうだね。良かったね、俺が不死の化け物で」
らっだぁはニコニコ笑っている。いつも笑ってるから本当に本音が見えない。考えを見透かされてるみたいでなんか嫌だ。
でも化け物、という自嘲じみた言葉がちょっと気になった。
「その……痛くないのかよ?」
「ん?」
「俺が言うのもあれだけど、傷、痛くないのか?」
らっだぁはすこし目を見開いて、それからまた笑った。
「ああ……大丈夫だよ、そんなことは。気にしないでいいよ」
「気になるだろ。それに再生するのだって、なんか体力とか消耗したり……」
「ぐちつぼは呼吸するのに疲れたことある?」
青い目が俺をしっかり見た。人懐っこそうに下がる目尻は優しげで、つい気を緩めてしまう。でもその目の奥は、答えを間違えたら引きずり込まれそうなくらい深かった。
会話が成立しているのに、どこか話が通じていない感じがする。根本的な部分でこいつは俺と違う。でもその違和感がうまく言葉にならない。
「痛みは生きてる証っていうじゃない?」
俺が黙ってたららっだぁはそんな事を言ってへらっと笑った。呑気そうな顔だ。前言撤回、やっぱり何も考えてなさそうにしか見えないな。
「じゃあとりあえずどのへんまでできるか試してみる?」
「どのへん……ってなんだよ」
「ほら」
らっだぁは右手を差し出した。自己紹介のときには取れなかった手だ。
信じていいのかという不安、自分がなにをするかわからないという不安、どちらもまだ消えていないけど今はどうだろう?
真っ白い手に自分の手を恐る恐る重ねようとする。触れる直前に無数の棘がらっだぁの手首を鋭く切り飛ばした。
「お〜っと危ない、駄目かぁ」
らっだぁは宙を舞った手首が床に落ちる前に左手で器用にキャッチして傷口にあてがっている。あっという間にくっついて、その手で頭を搔いている。見ていて気持ちいいくらいに一瞬で傷が治ってる。罪悪感が少なくて済むのは助かるけど。
「触れるのも駄目なんだね、本当にサボテンみたい」
「わ、悪かったな」
「これは大変そうだなぁ。まあなんとかなるまでここにいていいからね」
「助かるぜ……でも、飯とかはどうする?何もないぞこの家」
俺に言われて初めて気がついたみたいにらっだぁは驚いている。嘘だろ、それなのに俺を匿うとか言ってたのかよ。
「うーん、買ってきてあげようか?」
「ああ、なんか食材あれば作れるぞ」
「そうなの?ご飯作れるの?」
「簡単なものなら作れるぜ。調理道具は揃ってそうだし」
「へぇ、すごい!じゃあ買ってくるね」
料理ができると言うだけでらっだぁは目を輝かせている。やっぱり不死だと料理もしないのかな、腹減っても死ななそうだし。
「お留守番しててね。外に出ちゃダメだよ?」
ガキにするみたいに頭をぽんと撫でられた。直後に顔めがけて飛んだ棘を手で防いで、らっだぁは刺さったままの手を振りながらドアを開けて出ていった。
ガチャン、という鍵の閉まる重そうな音。落ち葉の積もる地面をざくざくと踏みしめて足音が遠ざかっていく。
あとは静寂だけが残った。時々分厚い木の壁越しに枝葉のざわめく音が聞こえる。なにかの鳥が何度か鳴いて遠ざかっていく。
俺は急に不安になった。どうしてこんなにらっだぁのことを信用してるんだ?会ったばかりで、お互いに意味のわからない能力者で、俺を匿ったってらっだぁに得なんてない。
ただあいつが優しいから、……話を聞いてくれたから、それが壊れかけの心に染み込んだだけだ。本当にそれだけだ。
騙されてるのかも、と俺は気づいた。俺の能力が本当に珍しいなら利用するためとか?適当なことを言って、なにをされたっておかしくない。
そうだ、あいつが帰って来る保証なんてどこにもない。このまま置き去りにされるかもしれないし、もっとヤバいことになるかもしれないんだ。
俺はソファーから立ち上がった。狭い部屋だ、数歩歩けばドアはすぐそこだ。黒いドアノブの上には頑丈そうな錠前があった。
ゆっくり手を伸ばす。これで俺はここから出られる。この部屋から出られるんだ。
冷たい金属に手が触れる直前、あいつの言葉を思い出した。
(怖かったんだね、誰かを殺しちゃうのが)
「……今のうちに台所掃除するか」
俺は手を下げて流し台の方へ歩き出した。蜘蛛の巣とホコリだらけの台所は掃除のしがいがありそうだ。
鍵に触れたらあいつとの約束を破ってしまう。
今の俺は無差別に誰かを傷つける。あいつは外の世界の恐怖から俺を隔離してくれた。少なくともそれには感謝している。
あいつがどんな人間で、どういうつもりなのか。俺にはまだ答えが出せない。
だからもう少し信じてみることにした。
*
数時間経って、ドアが開いた。ちゃんと戻ってきたらっだぁは紙袋を片手に持っていた。
「……これなにを作る想定で買ってきたんだ?」
机の上に広げられた食材を見て俺は苦い顔になった。
「わかんない、料理したことないし」
にんじん、きゅうり、牛肉、レモン、板チョコ、パン……どうしたらいいんだ、このとりとめのない食材!?肉と野菜とパンがあればいいかって思ったのか?
わからないくせにやたら得意げな顔が腹立つ。こいつ、もしかして駄目か?駄目なのか??
「レモンはなんで……いやチョコは何なんだよ?」
「知らないけど茶色いのがあったほうがバランスが取れるくない?」
なんのバランスだよ、まさか色で選んだのか?まだカレールーと間違えたとか言ってくれ。
「仕方ねぇ、これでなんとかするか。……待てよ、調味料は?」
「調味料?」
駄目だこいつ!ていうか何にもない台所なんだから調味料の類もないって気づくべきだった。塩もコショウもないんじゃ道具だけあってもさすがにお手上げだ。
次に買ってきてほしいものを棚から見つけ出したメモ用紙に事細かに書いて、とりあえずパンを切って食べることにした。俺ひとりの分なら足りそうだ。この地獄の組み合わせを買ってきた犯人は食べないらしいし。
「そういえばぐちつぼってどこの国の人?」
パンを水で流し込んでいたら唐突に聞かれて俺はめちゃくちゃ焦った。
どこの国もなにも、俺は「限界国」の6人の幹部のうちの1人、というか一応リーダーだ。
魔物やならず者が跋扈する無法地帯で、最初はみんなで魔物討伐に楽しく明け暮れていただけだった。でも噂を聞きつけた人たちが集まってきて、仕事の規模が大きくなって、手が回らなくなって、仕方ないからギルド化して、潰した闇組織の裏稼業を引き継いで、他国とも外交をして……とかしてたらいつの間にか国扱いされていた。俺は未だに国じゃなくて魔物ハンターギルドの延長、無法者の集まり、みたいな気持ちだけど。
でも俺がリーダーってことはあまり知られていないはずだ。そもそも常人が内情を知る必要がない。
他の5人は異能力を振り回して戦ってるけど、俺は無能力だって言い張ってた。だから銃や剣とかで暴れていたけど、それよりは戦略を立てて指揮する側でもあった。裏からこっそり全部盗ったり、最小効率で最大の戦果をあげる、なんてのが大好きだ。
リーダーなのに裏方のほうが多かったけど、リーダーだからこそ多いのか?ややこしい仕事を全部押し付けられていたような気もするし、今思うと微妙なところだ。
さて、それをらっだぁになんて言おうか。リーダーだってバレたら厄介なことになるだろう。国名くらいは出してもいいかな?
「えーっと、限界国……って知ってるか?」
「あー、あの最近盛り上がってる国だっけ……って、すごい遠くない?!」
「そうだぜ、もう戻りたくなかったから……」
振り返りもしないで逃げ出したときのことを思い出して胸が痛んだ。リーダーのくせになに逃げてんだ、って言われても言い返せねぇ。でも悔しいけどあいつら俺なんかより強いから、どうせ俺ひとりがいなくたって大丈夫なんだよな。
「どれくらい知ってるんだ?その、限界国のこと」
「あんまり知らないなぁ、なんかギルドなんだっけ?間に人間の国が挟まってるし、買い物に行くわけでもないし」
「そうだよな、普通は来る必要ないからな」
うちの国は表向きは魔物ハンターギルドを運営したり、周辺の治安維持を行っているけど、暗殺や闇取引みたいな裏稼業も管理してる。表向きも裏側も、普通に生きている人間には関係ないんだよな。らっだぁに知られていなくてよかった。本当に説明が難しいんだ。
「じゃあ、らっだぁは?」
「俺?うーんとね、この森に住んでるよ」
「こんな森に?」
「あっバカにした?人んちのことバカにした??」
「してないしてない、す、すごい森に住んでるんだなぁって」
「未だに道に迷うからね。でもそのおかげで空き家なはずなのに明かりがついてて気になって、それでお前のこと見つけられたんだからね」
「不死なのに方向音痴なのかよ……」
「あ、ぷっつ〜ん、不死差別ですー。死なないだけでそういうところは普通ですー」
らっだぁは俺より年上っぽいのに大人げなくすねている。たぶんあれだ、死なないから逆にいろんなことが適当になるんだろうな。道を間違えて崖から落ちても死なないんだろうし。
「この森の奥って魔物の巣窟と、ヤバい化け物の国みたいなのしかないんだろ?」
「そうだね」
ヘソを曲げたらっだぁはあまり興味がないようで壁の方を向いている。俺はふと思い当たったことを聞こうかどうか迷って、せっかくだから聞いてみた。
「もしかしてらっだぁも嫌なことでもあったのか?」
「どういうこと?」
「だってここ、人が消える……神隠しの森なんだろ?だから……」
「えっまさかそんな噂信じてここまで来たの?」
「…………」
俺が俯いて黙ったのを見て、らっだぁはハッとしてからためらいがちに手を伸ばし、頭を撫でてくれた。頭にぽんぽんと手のひらが触れる。不思議と棘は出なかった。
俺は死に場所を求めてここに来た。武器も持ってこなかったし、能力だって使えない。らっだぁに出会ってなかったら俺は魔物か化け物か、いやただの獣にすら襲われて死んでただろう。
撫でられているとまた涙が出そうになった。一度は捨てようと思った命が、こんな形で繋いでもらえるだなんて思わなかった。
早まらないで本当によかった。こいつに出会えて本当によかった。
「なぁ、これ食べ終わったら……」
「疲れてるでしょ?今日は寝ようね」
能力制御の訓練はやんわり止められた。悔しいけれど確かにけっこう眠い。仲間たちも能力使ったあとは疲れてたけどこんなに体力使うもんなんだな。
俺は食器を洗ってベッドに向かった。らっだぁはソファーに横になってた。こいつもここで寝てくれるのか。
「明日から頑張ろうね。大丈夫、時間はたくさんあるよ」
メガネを外してぼやけた目でもらっだぁが笑っていることはわかった。
電気が消え、目を閉じる。壁の向こうからはごうごうと低い音が聞こえる。風の音か異形の声か、俺にはわからない。
不安なことは数えたらきりがない。それでも今は絶対に死なないらっだぁが側にいてくれることが唯一の救いだった。
🧣視点
規則的な寝息が聞こえてきたのを確認して俺はソファーから起き上がった。
天窓から差し込む月の光が眠るぐちつぼの顔を照らしている。起こさないように静かに近づいた。
顔の横に両手をついて俺はぐちつぼの顔を間近でじっと見つめた。起きてるときは緑の髪に紅い目が映えて綺麗だった。森の中の美味しそうな木の実のようだ。でも目を閉じてしまうとあどけない寝顔だった。とてもあんなヤバい能力を持ってるとは思えない。
「ん……」
俺がどうしようか悩んでいると、ぐちつぼは眉間にぎゅっとシワを寄せて呻いた。
目尻には涙の乾いたあとがあった。無意識に手が動き、頭を撫でていた。硬い髪を指ですいてあげる。しばらくそうしていると落ち着いたのかまたすぅすぅと子供みたいに寝息を立てはじめた。
俺は身体を起こした。どうしてこの子を匿うと決めたんだろう?
自分でもなぜなのかわからない。こんな複雑なことをしなくても結論はすぐに出せたはずだった。でも能力が気になって、好奇心で身の上話を聞いて、それで、……あのままにすることがどうしても出来なかった。胸の奥、無いはずの心がきしんだような気がした。
ぐちつぼの異能力は本当に強い。本人は気づいてないし、教えるつもりもないけど俺を一撃で殺せる人間なんて滅多にいない。この身体への攻撃は無意味なのに再生に時間がかかった。確かに油断はしてたけど、暴発であの威力なら制御できるようになったらガチでヤバそう。
────だからこそ面白い。サボテンのトゲトゲが危ないなら、一本ずつトゲを抜いちゃえばいいんだ。
勝手にトゲが出なくなれば、あとはなんとでもできる。ぐちつぼも行き先に困ってるし一石二鳥だよね。
しばらくの間、ここで飼って……まぁ、結論なんていつでも出せる。
この先の結末はとてもシンプルだ。
だから答えを出すのは今じゃなくてもいい。
「限界国、ねぇ」
むしろ気になるのはそっちの方だ。あんな能力を持っている人間がそのへんにいるだろうか。いい予感と嫌な予感が半分くらい。こういうときは大抵いい予感が当たる。でもさすがに気にはなる。
俺は玄関の鍵を開けた。外の冷気が頬を鋭く撫でる。
「……ばどならなにか知ってるかな」
間違っても出られないように、外からしっかり鍵をかけた。赤いマフラーを巻き直すと、俺は街の光とは反対側、森の奥深くの闇へと跳躍した。
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