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9 ◇お寺に通う
夫も私も休みの土曜日。
なるべく一緒にいたくないのもあって、この日私は出かけることにした。
「ねぇ、最近土日によく出かけるよね?」
「あ、そうかも」
「また、友だちと会うの?」
「あ……うん、そう」
「何時頃帰る?」
「御夕飯までには……」
「そっか! じゃあ、腕によりをかけて眞奈の好きなモン作ってるよ」
「あの、ありがと」
そう言って私はそそくさと家をあとにした。
『私、知ってるのよ?』
私と一緒の休日に私がいなくったってちっともあなたが
寂しくなんてないってこと。
──
だって、先週もそうだった。
LINEで延々私が帰宅する頃まで楽しそうにエッチな話で盛り上がってたものね。
その前の週は私が出かけると、すぐに自分も車を出してた。
そんでもってその先が夫らしいんだけど、夕飯買ってきてくれてた
……私の分も。
いつも彼はやさしい。
今日は夕飯作るって言ってたから、またSKYPEかLINEでお楽しみ
なのだろう。
こんなことを私はもう2か月と少し続けていた。
なのでぼちぼち夫も私が──
私の行動がどことなくおかしいと気付いているかもしれない。
だけどよもや自分の女遊びがバレているとは思ってもないはずなので、
今までなら休日は必ず夫といた夫LOVEな私が、夫離れして少し寂しいって
いうくらいにはなっているかもしれない。
取り敢えず、蓮さんからいつでも来ればいいと言われた日から初めて
出かけた土曜日、夫には友だちに会うからと出掛けていた。
そのため休日に私が出かけると、友だちに会うのだなと夫の脳にはインプットされているらしい。
助かる。
私は平日早く帰れる日と休日の土日のどちらかに、あの日から蓮さんの元へいそいそと通っている。
いそいそとって、まるで恋人に会いに行くみたいでこの表現が好きだ。
恋人に会いに行くのではないけど、行くと心が癒されるのでそこは
私の癒しの場になっていて……。
だからいそいそと通っているというのは真実なんだからねン。
フフン……なんてね。
10 ◇回想記──約2ケ月前
蓮さんから誘われて初めてお寺に行った日、部屋の中に招いていただいた。
所謂本堂ではなくて、そのお寺さんには本堂に似た作りの別棟の家屋が
あり、そちらに入らせていただいたのだ。
広い板の間と畳のある部屋が、数室あるようだった。
「よく、来たね」
「来ると思ってました?」
「さぁ、どうだろう。
来てくれればさぞかし楽しかろうと思ってましたよ」
「はぁ~ぁ、泣き叫んでた女なのにぃ?」
「ははっ、これまた自分のことをよく客観視できていて安心した」
「先日はお見苦しいところをお見せしてしまいすみませんでした。
それに子供じゃあるまいし、勝手に人様の土地にある土管なるものを
使用してしまいまして、面目もございません。
お恥ずかしい限りですわ」
「で? 取り乱していた理由、今日は説明できそうですか?」
「話せば長く支離滅裂になってしまいそうで、怖くてまだ
お話できません」
「簡単になら話せそうですか」
「夫が余所の女性とエッチなLINEしてます」
「分かりました。
ではわたしがこれからお経をあげますから、あなたはわたしの横で
お経に合わせて 『夫よ、余所の女とLINEなんかするんじゃない
許さんぞ』 と一緒にその文言でお経を一緒にあげましょう。
いいですか、始めますよ」
蓮さんはそう私に指示すると、私に背を向けて本物のお経を唱え始めた。
私は蓮さんの作ってくれた文言がとっても気に入ってしまった。
時間にすると軽く10分は唱えただろうか……。
『瑛士、余所の女とLINEなんかするんじゃない許さんぞ』
と唱えているうちに私は文言を少し変えた。
『瑛士、余所の女とLINEなんかするんじゃない許さんぞ! バカヤロウ 』
お経を唱え終えた時、なんだか胸がすぅ~っとしたことを覚えている。
この時のスッキリ感が私にとっては麻薬のように……
癒しのように……
じわじわ効いて忘れられなくなって、あれからずっと蓮さんの元へ通っているような気がする。
帰る時、土管のある場所に必ず寄って帰った私。
もう楠の木には赤っぽい色の冬芽ができていたっけ!
11 ◇回想記──約2ケ月前
蓮さんの勤めるお寺さんは、敷地面積が半端なく広かった。
私が行くのは会社帰りか休日の土・日のどちらかで、平日の昼間の様子は
分からないのだけれど、私がお寺さんに行くときは大抵蓮さんひとりだった
こともあり、遠慮がなく行きやすかったのも幸いした。
自分の中の悲しみだとか、泣いているところを見られた恥ずかしさ
だとか、そんなことに気をとられて気付かなかったのだけれど、
蓮さんのっていう言い方はおかしいけど、私の中では蓮さんのお寺なので──蓮さんの勤めていて住んでいるお寺は非常に景観にも優れていた。
なんとなんと、オーシャンビューが望めて最高の立地。
海を眺めに来るだけでも値打ちあるわぁ~なんて、いつかの帰り道、
そんな素敵な感傷に浸ったりしたこともある。
そうそう、2度目の来訪時にはまた少し蓮さんとお話して、夫が
LINEだけじゃなくてデートもしているって話したら、前回と同じように
蓮さんが唱えるお経の横で、私も夫に向けた雑言を唱えることになって……。
『瑛士、余所の女とデートなんかするんじゃない許さんぞ! バカヤロウ 』
私は只管、蓮さんの声音に重ねるように一心不乱に唱えた。
「えらいまた、今日は……熱心に唱えてたね」
「勿論です。
私のストレス発散、悩みごとからの魂の開放ですからっ」
「で? 今日はどうでしたか? 魂は穏やかになった?」
「なりました。
思うに、ひとりではこうはいかないと思います。
蓮さんの修行の末に培われた素晴らしいお経に被せているからこその、
心の平安が訪れるのだと思います」
「なんとまぁ、あなたは何とも有難い言葉を私にくれるもんですなぁ~。
いや、こちらこそ、有難い言葉を頂戴してありがとう。
ところでどうです?
今日は運動を兼ねて本堂の掃除などしてみませんか?
ご利益があるかもしれないよ?」
私は蓮さんの有難い提案に即刻喰いついた。
私には頭や心を働かせるより、身体を使いほどほどに疲れさせることで、
夜熟睡できることが何よりの日にち薬だったから。
蓮さんはそんな私に掃除を一緒にすることでそっと寄り添ってくれた。
蓮さんと同じ部屋を一緒に拭き掃除することは、何か神聖な作業に思えて
充足感まで与えられ、家に着く頃には、本当に私の心はすごく癒されていた。
コメント
1件
ああ、第4話、読み終えました。夫の浮気に気づきながらも、蓮さんのお寺に通い始めた主人公の心情がすごくリアルで……。「いそいそと」って表現がまたいいんですよね。恋人に会いに行くわけじゃないけど、心の癒しに向かう足取りが軽やかで。お経に乗せて「瑛士、バカヤロウ」って唱えるシーン、思わず笑っちゃいました。あの独特な発散方法、蓮さんの人柄も伝わってきて素敵でした。毎回の通いがどんなふうに彼女を変えていくのか、続きがすごく気になります。