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目を開けると、そこは薄暗い場所だった。見覚えは――全くない。
頭が僅かに重く、鈍い痛みが走る。最後に見た魔法の後遺症か、それともどこかでぶつけたのかは定かではない。
背中には冷たく硬い感触……たぶん、石床だ。手足は縛られていて、動きたくても動けない。
……馬車に乗ったあの時に、連れ去られたことは間違いない。
この状況を考えれば、俺が誘拐されたのだと分かる。
いったい誰が――いや、思い当たるのは一人しかいない。ディマスだ。
まずい、と俺は思った。
お約束のような薄暗い場所、そして縛られた俺。これが単なる嫌がらせで終わるはずがない。
「ようやくお目覚めか?」
「おい、このガキどうすんだ?」
「さあ?俺たちはさらってキズモノにすればいいって話だがな」
右側から聞こえる男たちの声。三人いるらしい。
そのうちの一人が口にした『キズモノ』という言葉に、背筋が冷たくなる。
それはおそらく、殴る蹴るの暴力ではない。それ以上の何か――ゲームの内容を知っている俺には嫌でも分かる。……凌辱だ。
「……くそ」
俺は男たちを睨みつけた。だが、俺の睨みなど奴らには何のダメージもない。
――いや、待て。魔法だ。
この場でできることといえば、それしかない。
極々小さな声でも詠唱さえできれば、魔法は使えるはずだ。
俺は男たちに気付かれないよう、そっと口を開き、詠唱を始めようとした――その時だ。
「魔法能力は高いと聞いている。口も封じておけ」
冷たい声が耳に届く。続いて、かつん、かつんと足音が響く。
その音も、声と同じように冷たく重い。
「そりゃ危ないな。」
男の一人が布を持ち、俺へと近づいてくる。
俺は身を捩り、必死に抵抗するが、縛られた手足では奴らに敵うはずもない。
あっさりと、俺の口に猿轡がかまされた。
「はは!いい恰好じゃないか、リアム・デリカート」
俺の視線の先には、ディマスがいた。
どこか得意げに歩いてきて、俺を見下ろすように立ち止まる。
「蠅のようなお前にはその恰好が……いや、その恰好ならばウジ虫か」
ディマスは眉を少しだけ上げてみせる。その口元には笑みが浮かんでいた。……楽しいのだろうな、こいつにとって俺は敵で、排除すべき障害でしかないのだから。そして今から起こる惨状も、きっとこいつにとっては愉快なショーだろう。
「王妃に求められるのは、まず純潔だ。王の神聖なる子種を宿すには、綺麗な器でなければな」
ディマスの声は相変わらず冷たく、どこか嘲りに満ちていた。
「今からお前はそうでなくなるのだが……はは!」
ディマスの笑い声が室内に反響した。……俺こそ心の中で笑いたい気分だった。これほど笑えない状況であるにもかかわらず、滑稽さしか感じない。
俺がレジナルドを好きでたまらず、この事態に陥っているならまだしも、現実は違う。
お互いにそういう意味では興味のない俺らなのに、俺は今、凌辱フラグを立てられている。
これほど馬鹿げた話があるだろうか。
声を出せず、笑うこともできない俺は、せめてもの抵抗でディマスを睨んだ。
その視線を受けて、ディマスの瞳が一瞬だけ細まる。
「生意気な目だ……抉りだしてやりたい気分だが、まあいい」
ディマスは手を振り、暴漢たちを促す。
「おい、お前たち。徹底的に穢してやれ。……なんなら孕ませてもいいぞ」
はは!とまた笑い声が響く。
どこまでも下劣だ。
ディマスの声が合図となり、男たちは俺の周りに膝を着いた。
一人は頭上に、一人は足元に、もう一人は顔の横に。
嫌な予感しかしない配置だ。
まるで獲物を囲む捕食者のような彼らの動きに、背筋がぞわりとする。
本当に最悪な展開すぎる……。
俺は真夜の趣味に付き合って色々と知っているせいで、ここから起こることが大方予想できてしまう。それがさらに嫌悪感を増幅させる。
想像するだけで吐き気がする。
ディマスは、事前に用意されていたらしい椅子に腰を下ろし、足を組んだ。
その様子は、まるでこれから始まる「ショー」を楽しむ観客そのものだ。
……そこから指示を出しつつ、見物というわけか。
……まあ、立ち去った後に男たちの気が何かの拍子に変われば、ディマスのほうが立場が悪くなるもんな。それを避けるために、また自身が上に立つためにも、最後まで見届けるという腹積もりなのだろう。
「しっかし、貴族様のガキってのはお綺麗な肌をしてんな」
頭上の男の手が俺の頬を撫でた。その手は粗く、ざらざらしていて、触れられるだけで吐き気を催しそうだった。そろそろ吐き気止めが欲しいわ、俺。
「この服の下もさぞや綺麗なんだろうな」
顔の横から汚らしい笑い声が降ってくる。
その声が耳に突き刺さり、不快感が全身に広がる。
「おい、脱がせろ」
足元の男が低く命じるように言う。
その一言が、今の状況をさらに現実味のあるものへと変えていく。
──……いやいやいや、こいつら、なんでこんなに一人一人で回しトークしてんだよ……。
だいぶ緊迫した事態のはずなのに、俺の頭に浮かぶのは関西で有名なお笑い劇だ。勘弁してくれ――!
しかし、冗談では済まない現実が、目の前で進行している。
顔の横にいる男が懐からナイフらしきものを取り出した。
その冷たい輝きが、薄暗い部屋の中でやけに目立つ。
……これが、お笑い劇なら、剣部分がしゃこしゃこ動いて刺せないやつなんだけどな……。
そう思いたかったが、その期待は無残にも裏切られる。ナイフの刃先は俺の衣服へと向けられ、次の瞬間――布が裂ける音が静寂の中に落ちた。
「……っ、んん!」
身体を必死に捩るが、足元の男がそれを押さえ込むように俺へとのしかかってきた。
俺に触るな!!
心の中で叫んでも、その声は猿轡に遮られて布の中で消えるばかりだ。
──本当にまずい……!
視界の隅に、ディマスの姿が映る。
彼は暴漢たちの行動を冷静に見つめている。それどころか、口元には満足げな笑みが浮かんでいた。
その態度は、まるで自分の計画が順調に進行していると言わんばかりだ。背中を冷たい汗が伝う。
このままでは――このままでは、本当に……!
「下も切り刻んでやれ」
ディマスがそう命じた瞬間、男の手がナイフを握り、俺の下半身に向かうのが分かった。
布が裂けるような音が耳に残り、恐怖が一気に押し寄せる。
そのとき――。
「リアム!!」
ドン、という大きな音と共に、声が響いた。