テラーノベル
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目の前にいるのは、王都大神殿でも数少ない精霊魔法の使い手。
フローラと同じ半エルフで、精霊界と魂の研究を専門とする高位神官だ。
高位神官が、眠るフローラの額と胸元へそっと手をかざす。淡い緑色の魔法陣が浮かび上がり、微かな光を放った。
「……魂は、現世のすぐ近くまで戻ってきています」
「本当ですか!?」
思わず身を乗り出すと、高位神官は小さく頷いた。
「ええ。精霊界で、失われた魔力を十分に取り戻されたのでしょう。ですが……」
神官の表情が、わずかに曇る。
「魂と肉体を結ぶ道が、あまりにも細くなっています。このままでは、ご自身の肉体へ帰る道を見つけられないかもしれません」
「どうにか、連れ戻すことはできないの?」
「無理に引き戻せば、かえって魂を傷つけてしまいます」
高位神官は、首を横へ振った。
「私にできるのは、精霊界と現世をつなぐ道を開くことだけ。その道を進むかどうかは、フローラ様ご自身に選んでいただかなければなりません」
高位神官が両手を掲げる。魔法陣から溢れた緑色の光が、病室いっぱいに広がった。その時だった。
『バイオレッタ』
聞き覚えのある声が、頭の奥へ直接響く。
「ペタル……!?」
『フローラの魔力は、もう十分に戻ったよ』
小さな緑色の光が、フローラの胸元で揺れている。
『でも、あの子はまだ、向こう側の水辺から動こうとしないんだ』
「どうして?」
『怖がっているんだよ』
『また誰かを助けられなかったらどうしようって。自分だけが帰ってもいいのかって、ずっと迷ってる』
「……っ」
あの時のフローラの言葉が、脳裏によみがえる。――また助けられなかったらって思うと、手が動かなくなりそうで。私はフローラの手を、強く握りしめた。
「フローラ! 聞こえているなら、よく聞きなさい!」
返事はない。それでも、私は呼びかけ続ける。
「もう、十分に頑張ったわ! あなたがいたから、助かった命がどれだけあったと思っているの!?」
込み上げる涙を堪え、言葉を続ける。
「救えなかった命を、すべて忘れろとは言わない。でも、その人たちのために、あなたまで帰ってこないなんて――私は絶対に認めないから!」
フローラの冷たい手を、両手で包み込む。
「今度は、私にあなたを助けさせて!お願い。帰ってきて、フローラ!」
私とフローラの重ねた手から、淡い金色の光が溢れ出した。あの時、神殿の聖水から私の身体へ流れ込んだものと同じ光。金色の光は、緑色の魔法陣へゆっくりと溶け込んでいく。
「これは……」
高位神官が、驚いたように目を見開いた。
「あなたの声が、現世へ戻るための道標になっています!」
***
――精霊界と現世の境界にある水辺。フローラは、膝を抱えてぽつんと座り込んでいた。
どれだけ歩いても、景色は変わらない。どこまでも続く、透明な湖。その水面の向こうから、誰かの声が聞こえる。ずっと、ずっと会いたかった人の声。
『帰ってきて、フローラ!』
「……お姉さま」
帰りたい。今すぐ駆け寄りたい。けれど。また、誰かを救えなかったら?また自分の目の前で、命が失われたら?
恐怖で足がすくみ、立ち上がることができない。その時。小さな緑色の光が、フローラの前へ舞い降りた。
『フローラ』
「ペタル……」
『君一人で、全部を背負わなくていいんだよ』
ペタルの光が揺れる。
『全部の命を救えなくても、君が生きることだって、誰かを救うことになるんだ』
「私が……生きることも……?」
『うん』
そのとき。水面の向こうへ向かって、まばゆい光の道が伸びていく。
淡い緑色と、温かな金色が重なった光。道の先から、もう一度声が届いた。
『フローラ!』
「……私、帰りたい」
フローラは立ち上がった。
「私……お姉さまのところへ帰りたいです!」
光の道へ、最初の一歩を踏み出した。
***
――パアアアッ!緑と金色の光が、フローラの周囲で渦を巻く。
その光が、胸元へ吸い込まれていった。
「フローラ!?」
私の声へ応えるように、フローラの身体が小さく跳ねる。長いまつ毛が震え――。ゆっくりと、瞳が開かれた。
「……お姉さま?」
「フローラ……っ!」
見慣れた大きな瞳が、私を映している。フローラは、泣きそうな顔で微笑んだ。
「ただいま、です」
「……おかえりなさい!」
気づけば、私もフローラもぼろぼろと涙を流していた。夢中で、その細い身体を抱きしめる。
「フローラ……よかった。本当に、よかった……!」
「お姉さま……会いたかったです……!」
どれくらい、そうしていただろう。
高位神官が、困ったような苦笑を浮かべた。
「再会を喜ばれているところ、申し訳ありませんが……」
私たちは、揃って高位神官を見る。
「魂は戻りましたが、魔力の通り道はまだ傷ついています。当面の間、強い治癒魔法を使ってはなりません」
神官の表情が、真剣なものへ変わる。
「再び限界を超えれば、今度こそ魂が戻らなくなる危険があります」
「分かりました。絶対に、フローラには無理をさせません!」
即答し、私は再び、彼女をぎゅっと抱きしめた。
背中を支えながら、ゆっくりと身体を起こす。
するとフローラは、子猫のように嬉しそうな顔で、私の首へ腕を回してきた。
「お姉さま……もう少し、このままでいてもいいですか?」
「ええ、もちろんよ!」
柔らかな髪を、優しく撫でる。
「もう、好きなだけよしよししてあげるわ!」
「えへへ……。お姉さま、いい匂いがします……♡」
(可愛すぎる……! 天使!? さすが私の最推し。可愛さの過剰摂取で、尊死しそうなんだけど!?)
――けれど。すぐ隣から、妙に重苦しい視線を感じる。
横を見ると、アレクが眉間へ深い皺を刻んで立っていた。
「……おい」
「何よ?」
「いつまで抱き合っているつもりだ」
「もうしばらくですよ」
フローラは私へ頬をすり寄せたまま、手を払った。
「あ、公爵様は邪魔なので、少しあちらへ行っていてください。しっしっ」
「おい!」
「私は何週間も、お姉さまと会えなかったんですよ!?」
フローラが、ぷくっと頬を膨らませる。
「公爵様は、その間ずっとお姉さまと一緒にいたではありませんか!」
「あれは戦時中だ。仕方がなかった」
「でも、一緒にはいたでしょう?」
「……っ」
アレクが言葉に詰まる。フローラは勝ち誇ったように、私へさらに頬を寄せた。
「ですから、これからはお姉さまは、ずーっと私と一緒です♡」
「それは駄目だ」
「どうしてですか?」
アレクは真剣な顔で、きっぱりと言い切った。
「バイオレッタの隣は、俺の場所だ。婚約者だからな」
二人が、私を挟んで睨み合う。
あまりにも真剣な顔をしているので、私はとうとう吹き出してしまった。
「ちょっと、アレク! 病み上がりの子を相手に、本気で張り合わないでくれる!?」
「俺は本気では――」
「公爵様、大人げないですよ。だっさーい」
「お前、病み上がりのくせに口だけは達者だな!?」
窓から差し込む、温かな光。フローラの笑い声。不機嫌そうなアレクの声。
ずっと失われていた、賑やかな時間が、ようやく帰ってきた。
コメント
1件
「おかえりなさい」の一言に、ここまでの長い道のりが全部詰まっていて泣けました。光の道を選んで踏み出したフローラの一歩が、本当に尊い。ペタルの「君が生きることだって、誰かを救うことになるんだ」が特に刺さりました。あと、尊死するバイオレッタに、アレクとフローラの取り合い……賑やかさが戻ってきて、私まであったかい気持ちになりました。おかえりなさい、無事でよかった!
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ひより
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鷹槻れん

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