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ゆあくん
387
設楽理沙
1
翌朝。
「……やばい。」
目覚まし時計を見て、飛び起きた。
七時二十分。
家を出る時間まで、あと二十分しかない。
慣れない部屋でなかなか眠れず、完全に寝坊してしまった。
「どうしよう……!」
急いで制服に着替え、髪を整えて部屋を飛び出す。
すると――。
「……うるさ。」
目の前にいた人物に、思わず足を止めた。
「か、神代くん……!」
神代蒼真はすでに制服姿で、階段を上がってきたところだった。
どうやら下で朝ごはんを食べていたらしい。
「朝から騒がしい。」
「ね、寝坊しちゃって……!」
「ふーん。」
興味なさそうな返事。
やっぱりこの人、クールだな……。
「あ、私急ぐね!」
慌てて階段を降りようとした、その時。
「あ。」
つるっ。
「きゃ……!」
足を踏み外した。
落ちる――!
そう思った瞬間。
ぐいっ。
「……危な。」
気づけば、私は誰かの腕の中にいた。
「え……。」
目の前には蒼真の顔。
すごく近い。
「ちゃんと前見ろ。」
「ご、ごめん……。」
慌てて離れる。
恥ずかしすぎて顔が熱い。
すると蒼真は小さくため息をついた。
「朝から何やってんの。」
「うぅ……。」
「そのまま落ちてたら笑ってた。」
「絶対嘘!」
「……バレた?」
少しだけ口元が緩む。
……今、笑った?
でも次の瞬間には、またいつもの無表情に戻っていた。
「ほら、朝飯。」
「え?」
「母さんが作ってる。」
「で、でも時間が……。」
「食べないと途中で倒れる。」
そう言って、蒼真は先に階段を降りていく。
なんだかんだ言いながら、ちゃんと気にしてくれてるんだ。
少しだけ、昨日より怖くないかもしれない。
◇◇◇
朝食を食べ終え、二人は家を出た。
家から学校までは徒歩十五分。
……だけど。
「……。」
「……。」
会話がない。
ものすごく気まずい。
隣を歩いているのに、距離は一メートルくらい空いている。
すると突然、蒼真が口を開いた。
「学校、着く前に。」
「え?」
「少し離れて歩こう。」
「……どうして?」
「同居してるの、知られたくない。」
やっぱり昨日の話か。
「……分かった。」
紬は素直にうなずいた。
すると蒼真が少しだけ驚いた顔をする。
「何?」
「いや、もっと文句言うかと思った。」
「言わないよ。」
私だって、変に噂になるのは嫌だし。
「じゃあ、学校では普通に。」
「うん。」
「必要以上に話しかけない。」
「うん。」
「家でも無理に仲良くしなくていい。」
「……うん。」
その言葉に、少しだけ胸がチクリとした。
仲良くしたくない……のかな。
でも、まだ出会ったばかりなんだから当たり前か。
「分かった。」
そう返事をすると、蒼真は小さく息をついた。
「……ありがと。」
「え?」
「いや。」
今、ありがとうって……。
少しだけ驚いた。
そんなことを考えているうちに、学校が見えてくる。
「じゃ。」
蒼真は足を止めた。
「ここから別。」
「うん。」
「……また後で。」
その言葉に、紬は目を瞬かせる。
また後で。
ただそれだけなのに、不思議と少し嬉しかった。
「……うん。」
紬が小さく笑うと、蒼真は一瞬だけ目を細めた。
そして何も言わず、先に学校へ向かっていった。
その背中を見送りながら、紬は小さく息を吐く。
まだ距離は遠い。
ただの同居人。
でも――。
昨日より少しだけ、神代蒼真という人のことを知れた気がした。
コメント
1件
よかったです、第3話。朝のあの慌てた場面、階段で足を滑らせるところまで本当にドキッとしました。そこを蒼真が助けるシーン、距離感が絶妙で「ちゃんと前見ろ」の台詞が彼らしいなって。その後「ありがと」って小さく言うところ、あれが彼の素の優しさなんだろうな。まだ距離はあるけど、ちょっとずつ彼のことが見えてくる感じがすごく好きです。続き、楽しみにしてますね🌷