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私は亀井隼人。
直参旗本という尊い身分にありながら、銭で息子を売り渡した卑しき父親だ。
白川殿の話が終わると、私は、再び泣き崩れてしまい、三好と樋口は、やり切れぬという風に大きな溜息を吐いている。
私は、着物を泥だらけにしながらも、真秀の真っ黒に焼け焦げた両足に縋り付いて、「すまぬ、すまぬ、すまぬ」と何度も、声が枯れるまで詫び続けた。
謝っても、決して許されることではない。
我ら一門の身勝手な我欲が、無欲で純粋な子の人生を終わらせてしまったのだ。
「真秀様は、お義母上の身代わりで亡くなられたのですね。
というか、お義母上を庇うことで家門を守り、延いては、お父上を守りたかったのでしょう。
それで、雨供養で事実が露見することを恐れていたのです。
真秀様は、己れは侍に向いていないとおっしゃっていましたが、何とも立派な武者振りではありませんか。
父親を守るために、己が火炙りになるなんて…
私達のようなヘボ侍には、とうてい真似のできぬ行いです」
三好が、溜息と共に吐き出した言葉に、私の慟哭は更に激しさを増す。
「白川さんといい、真秀様といい、その潔さには感服いたします。
家門に拘り、いつまでも不貞腐れていた己れが、何とも恥ずかしいかぎりです」
樋口は頭を垂れながら、大きな身体を小さく竦めているが、私だって同じ気持ちなのだ。
すると、悲しみに打ちひしがれている私を哀れに思ったのか、白川殿が情けを掛けてくれた。
それは、私が最も必要としている「情け」だったのかもしれない…
「今、吸い込んだ聖気に、父親に向けた真秀様の最後の思念が残されておりました。
お聞きになりたいですか?」
この言葉に、ハッと顔を上げた私は、白川殿を見上げながら、泣き崩れる顔を隠すことも忘れて何度も頷いた。
それを確認すると、白川殿が優しい声音で喋り始める。
「父上、先立つ不孝をお許しください。
ただ、私の行いは全て母上の教えなのです。
父上は、八年前に亡くなられた母上のことを覚えておられますか?
優しくて、武家の女性(にょしょう)には珍しく、いつも笑顔を絶やさぬ人でした。
そして、大好きだった母上は、亡くなる前に、私の手を握りながら、こうおっしゃったのです。
お父上はお身体が弱く、争い事を好まぬお方です。
侍としては駄目だと申す者もおりますが、母は、決してそうは思いません。
優しいことは、人としての美徳だと思います。
あなたは、世間に何と言われようと父上を見習って優しい侍になりなさい。
そして、父上をお守りするのです。
決して、父上を困らせてはなりません。
私は、母上のこの言葉を愚直に守って生きてきました。
それなのに、亀井家に戻ることを拒んで、荒涼とした侍の世界に、優しい父上を一人で置き去りにしてしまったのです。
己れだけが幸せになろうとして、再び、腰に刀を差し落とすことを拒んでしまいました。
だから、罰が当たって火炙りにされてしまうのです。
当然の報いだと思っています。
しかし、私にとって俗世を離れたお寺での生活は誠に夢のようでした。
日々、少しずつ成長する幼子たちを見守ることが、私の生き甲斐だったのです。
しかし私は、父上が望まれた侍にもなれず、母上が願われた優しい人間にもなれませんでした。
父上、どうかこの不甲斐ない息子をお許しください。
そして、愚かな息子のことなど一刻も早くお忘れになり、末永く幸せな日々をお過ごしください」
この言葉に、大の大人四人が真秀を取り囲んで啜り泣いている。
救ってやりたかった…
世の中の不条理を一身に背負って、灰となってしまった真秀の、小さな小さな夢を叶えてやりたかった。
父親なのに、息子を守ってやれなかったのだ。
悔しくて、悔しくて、いつまでも泣き続けていた。
そして、気が付けば深い闇に包まれていた小塚原に、朝日が登り始めている。
周囲を、薄っすらと照らし始めた朝焼けを見ていると、何だか悪い夢から覚めたみたいだ。
すると、朝日に照らされて、今迄は、闇に溶け込んでいた漆黒の真秀が、目を瞑って、微かに笑っているように見えた。
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