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朝日が差し込む中、ゆっくりと目を開けると、視界には天蓋が広がっていた。どこかぼんやりした頭で、ここが自分の部屋ではないことを認識する。そうだ……昨夜、俺はキースの部屋で眠って……。
「起きたかい?」
ふいに優しい声がして、そちらを見ると、キースが微笑んでいた。手にはトレイを持っていて、そこに置かれたカップからは湯気が立ち上っている。
「兄様……」
声が掠れる。どうやら昨夜の疲れがまだ抜けきれていないらしい。俺が体を起こそうとすると、キースがベッド脇に腰を下ろし、そっと片手で肩を支えた。
「無理しなくていい……君には少し休む時間が必要だ」
その言葉に逆らう理由もなく、俺はベッドの豪奢な彫りの入っているヘッドボードに背を預けた。キースの笑顔は穏やかで、俺を安心させてくれるようだった。俺へとカップを差し出し、トレイを傍らに置く。
「ミルクだよ。さっき、アンが持ってきてくれてね。熱いから気をつけて」
キースの声は相変わらず穏やかで、俺がカップを受け取ると、満足げに微笑んだ。
その微笑みに、俺は少し気恥ずかしくなりながらも、カップを口元に運ぶ。
「……ありがとうございます、兄様。あの……昨日は色々と、すみません」
礼を述べて頭を下げると、キースは僅かに眉をひそめた。
「謝る必要なんてないよ。むしろ、僕が君を守れなかったのが悪い。あんな思いをさせてしまったこと……本当に申し訳なく思っている」
その声には、深い後悔が滲んでいた。俺は慌てて首を振る。
「そんな……兄様のせいじゃありません!むしろ、すぐに駆けつけてくれたおかげで、俺は無事だったんですから」
そう言った俺に、キースは少しだけ目を細める。その視線には、何か複雑な感情が宿っているように見えた。
「……でも、君が怖い思いをしたのは事実だ。僕がもう少し早く……いや、僕が君の側を離れなければ、そんなことにはならなかった」
言葉の端々に感じる自責の念に、俺は何と言えばいいのか分からなくなった。代わりに、湯気が上がるカップを両手で握りしめる。キースは自分を責めすぎな気がする。あれはあくまでディマスが起こした事件であって、キースは関係ないのに。
「……でも、兄様はいつも俺のことを気にかけてくれてるじゃないですか。それだけで十分です」
その言葉に、キースの口元がかすかに緩んだ。
「君は本当に優しいね、リアム。……だからこそ、もっと君を守りたいと思うんだ」
その言葉に、胸が少しだけざわつく。守られたいと思う気持ちも確かにある。
けれど、それがどこか重く感じられるのは──気のせいだろうか?重く……いや、これも違和感かもしれない。どこか、何か、拭いきれない違和感。
「……ありがとうございます。でも、兄様も無理はしないでくださいね。俺ばかり心配されるのは、少し……落ち着かなくて」
そう言うと、キースは驚いたように目を見開き、すぐに微笑んだ。
「……分かった。君がそう言うなら、少しは僕も自分を甘やかすことにしよう」
その微笑みを見て、俺は少しだけ安心する。でも、どこか──ほんの少しだけ違和感が残る。そんな俺の顎をキースの指先が捉えて、互いの唇が重なり俺は目を伏せる。数度啄むようにしてからキースは顔を離した。
「もう、これくらいじゃ動じなくなったね?」
キースの顔が離れて俺が目を開けると、ふ、と笑った。
ああ、そういえば……。どうもないわけではないが──そりゃ若干恥ずかしい気持ちはあるし──慣れてしまったというかなんというか……。
「……兄様、よくするじゃないですか……だから……」
俺は恥ずかしくなって顔を背ける。頬が熱い。
キースはもう一度笑うと、
「意識してもらわないとだからね。さあ、それを飲み終わったら朝食に降りようか……父上と母上がお待ちかねだよ」
俺の頭を撫でた。
もうなーこれ、俺な……そろそろ認めるべきかもしれない。
※
父と母に囲まれた朝食を終え、自室に戻った俺はベッドに横たわり、昨夜のキースの言葉や態度を思い返していた。
優しさそのものだった兄。けれど、その優しさの裏に潜む何かを俺は感じていた。
俺に見せる笑顔と、その裏側──。
「……気のせい、だよな……」
自分にそう言い聞かせてみる。けれど、その違和感が胸をざわつかせ続ける。
未だに俺とノエルが思い出せないキースのエンド。もしかすると、そこに違和感が繋がるのか……?
ごろりと横を向いた時、扉がノックされた。少し驚きながら「どうぞ」と声をかけると、アンが顔を覗かせた。
「リアム様、お客様がいらしていて……」
「お客様?え、誰?ノエル?セオドア?」
「いえ、それが……」
アンが言い淀み、俺は思わず眉をひそめる。このタイミングで訪れる客など思い浮かばない。しかしアンの様子だとその二人は違うようだ。その次に頭の中に浮かぶのは──。
「……レジナルド先輩……?」
「……はい、応接室でお待ちです」
俺は溜息を吐いた。
どうしてまた家に来るんだ、あの王太子様は……。
ああ、でもそうか。レジナルドもまた──リアムに想いを寄せる一人だと、昨日知った。
それは俺ではない『リアム』ではあるのだが……。
気は重いが、仕方ない。俺は起き上がり、分かったよ、とアンに返事をした。
※
応接室に足を踏み入れると、レジナルドが立ち上がり、俺に向かって微笑む。
「リアム……大丈夫だったかい?」
その声は心底心配しているように聞こえた。俺は礼を言いつつ、距離を保つためにレジナルドの向かいにあるソファに、頭を一つ下げて腰を下ろす。
「昨日は……本当に助けていただいて、ありがとうございました」
「気にしないでほしい。それよりも、君が無事でよかった。あんな目に遭った後だ、少しでも不安なことがあれば言ってくれ」
彼の言葉には本心からの優しさが滲んでいた。けれど、その態度が逆に俺の胸を痛ませた。俺であって俺じゃないリアムを思っての行動だ。俺はただ首を横に振る。
「大丈夫です。兄様もすぐに駆けつけてくれましたし……」
「……キースは君を大切にしている。それは見ていてよく分かるよ」
彼の声は穏やかだが、どこか剣を含むような響きがあった。その言葉に、俺はなんと返していいか迷い、曖昧に微笑むだけで答える。
「……兄様には、感謝しています。いつも僕のことを気にかけてくれて……」
その言葉を聞くと、レジナルドはふっと視線を下げ、少しの間黙り込む。そして、静かに口を開いた。
「……でも、リアム。君はどうなんだい?」
「え……?」
予想していなかった問いに戸惑い、思わず彼の顔を見つめる。レジナルドの表情はどこか複雑で、これまで見たことのない感情が浮かんでいた。
「君は本当に、キースを好きなのか?」
その言葉には、微かな挑発が込められているようだった。俺は思わず息を呑む。
「……僕、は……」
声を詰まらせた俺に、レジナルドは少し苦笑を浮かべた。そして、ソファから身を乗り出し、俺の目をじっと見つめる。
「キースが君を囲い込んできた理由も……まあ、わかるつもりだ。けれど、君がそれでいいかどうかはまた別の話だろう?私から見れば、きみはまだまだ初心に見える。キースに流されているだけでは?」
その言葉に、胸がざわついた。流されてる、か。それも否めない。けれど昨夜にキースの顔を見たいと思った気持ちは自分のものだ。それを流されているだけ、と評価されるのは少しもやっとした。俺は黙ったままで、レジナルドを見る。
「……私は、私だって君を守りたいと思う。君が笑っていられる場所を、一緒に作りたいと──そう思っている」
その言葉は、まるで告白のように真剣だった。俺はどう返せばいいのか分からず、目を逸らす。
「で、でも……兄様は、僕にとって大切な人で……」
焦りながら答えた俺に、レジナルドはかすかに笑みを浮かべた。
「分かっているよ。私だってキースのことは尊敬している。でも……私も君のことを想っている。それだけは、知っておいてほしい。それに、君を自由にするためなら何だってする。だから、もし君が助けを必要としているなら、遠慮せずに頼ってほしい」
その言葉に、あなたの好きなリアムは俺じゃないですけどね、と心の中だけで思った。
※
それから他愛無い会話を交わして、レジナルドは帰っていった。
どっと疲れが出て、俺は長溜息を吐きながら廊下をのろのろと自室に向かって歩く。
その途中、廊下の奥にキースの姿を見つけた。彼は何か考え込むように立ち尽くしている。
「兄様……?」
声をかけると、彼はゆっくりとこちらを振り返った。その目には微かな疲れが見て取れた。
「レジナルド殿下と話していたのかい?」
「ええっと……少しだけ」
俺の言葉に、キース兄様は何も言わずに近づいてくる。そして──俺を強く抱きしめた。
「リアム……君が無事で本当に良かった」
その声には温かさがあった。でも、それだけではない。俺を抱きしめるその手の強さはいつもより強い。
「兄様……?」
「君が他の人と話していると、僕は……君が遠くに行ってしまうような気がして怖いんだ」
その声には、普段の穏やかさとは違う震えが混じっていた。俺の返事を待つまいとするかのように、キースは俺をさらに強く抱きしめた。
俺は抱きしめられる腕の中からキースを見上げる。キースの目には苦し気なものが見え隠れしていた。
「兄様……」
「リアム……」
低く囁くような声が耳元をかすめた次の瞬間、キースの唇が俺のそれに重なった。温かいはずなのに、その感触はどこか冷たく鋭かった。抗おうとする意志も、彼の深い想いに飲み込まれていく。
ここが廊下であることもあって、俺は身体を少し動かしたが、キースの手に込められた力がまた強くなり封じられた。
「……っんぅ……」
キースの舌が歯列の合間から入り込み、俺の舌をつつく。そのまま強引な動きでそれは絡んできて、俺の咥内で蠢いた。
……嫉妬、というやつなのだろうか?レジナルドに対しての。そして、はっきりしない俺の曖昧さを責められている気がした。
俺の中で絡まり合う感情が、次々と浮かび上がる。
ああ、これはちゃんと……伝えなければ、ならない。