ドレイクは、躊躇いもなく頷いてみせる。
「ふぅ、気晴らしに散歩に来てみたら……。本当にお節介がお好きなようだ」
セーカに殺気はなく、恐怖心に支配されているようだった。
自分が狙い定めた相手は、悪意がなく、ただ頭のイカれた人間だと漸く理解したらしい様子だった。
「どうして……そんなことを……」
「今は時間があります。後々時間を取るのも面倒だ。明日の任務の書類提出はしましたし、今なら何でもお答えしましょう。まずは、私が実の両親を人体実験に利用する為に殺した、と言う理由をご解説すればいいですか?」
本当に何の躊躇いもなく、ドレイクはただ淡々と言葉をつらつらと連ねて行く。
「解説して頂けるのなら……」
「まずは、事の経緯から説明しましょう」
すると、ドレイクは僕たちと向かい合い、缶のコーヒーを片手に話を始めた。
ドレイクは、小さな村に住んでいたと言う。
父は博識で、小さな村で医者をしていた。
そんな父に憧れ、ドレイク自身も医学から始まり、様々な書物を読み、発明の楽しさを知って行った。
その知識に対する欲求は貪欲で、蛙の解剖から始まり、犬を殺し、羊を殺し、様々な動物実験を行う。
そして、ドレイクの興味と、発明や医学に対する興味は遂に人間にまで及んでしまったのだ。
「研究や発明は人の為になる。人の為になる新たな技術と言うのは、犠牲なくしては出来ない。私の父は私の唯一尊敬する医者だ。だから、私の研究、ゆくゆくは人類の為に犠牲になってもらった訳ですよ」
「それでも、人殺しはいけないだろう……」
「いけない……? 貴方が成そうとしている救済にも、犠牲はありますよね? 正義の前にも、悪の前にも、平等にあるもの、それが必要な犠牲です」
そうだ……。
僕の成そうとしている救済、いずれは龍族の一味を殺さなくちゃいけないのかも知れない。
「ご納得頂けたようで何よりです。それから、龍族の長が私の目の前に現れました。龍の加護と言うのは純粋な魔力量も膨れ上がる。私は、私の研究、復唱となりますが、後の世界のために加護の力を得たんです」
あくまでも、人の為……。
ドレイクがしてきたことを、それでもいけないことだと、咎めることが出来なかった。
僕は未だ子供なのだと、痛感させられた。
「それよりも、龍族の長からは『村人を殺されたくなければ従え』と脅されたのです。まあ、それがなくても加護を受けてはいましたが、他の村人やセーカの命を守ったことになりませんか? 故に、セーカに恨まれる義理はない」
セーカは既に意気消沈している様子だった。
大切なコップを落としていた。
僕からの返答が見られないドレイクは、「話は終わりでいいですね?」と切り上げ、早々に立ち去って行った。
そして、何も言わずにセーカも去って行った。
僕は、暫く噴水の音を聞いた後、セーカの落としたコップを拾って、宿泊先へと戻った。
翌朝、長い時間ゆっくりと眠れたカナンはハイパー元気な姿で、まだ眠い僕の上にのし掛かる。
「カナン……重い……」
「おにたいじ!」
悪鬼討伐任務。
クラーケンを一撃で仕留める水の神 ラーチ、謎に包まれている龍族の一味 博士長 ドレイクが居るとは言え、正直初めて聞く存在、悪鬼と言う存在にビビっている自分がいる。
いや、正確には、心強い支援がある為、戦闘になるのは構わないが、カナンや、昨夜の様子のセーカを守りながらの戦闘になるのは危険だと感じていた。
しかし、この通りカナンさんはやる気満々だった。
「あ、ヤマト。おはようございます。先程、セーカさんが尋ねて来たのですが、今回の任務は不参加だそうです」
まあ、そうだよな。ある程度予想はしていた。
「カナン隊員!」
「はっ!」
僕も、すっかり子供の扱いに慣れたものだ。
「なんでありますか! ヤマトたいちょー!」
カナンの中で、前線で戦う僕は隊長らしい。
「セーカ隊員の具合が悪いみたいなんだ。セーカ隊員を守ってくれる人が欲しい。僕はそんな
、仲間を守る超重大任務は、カナン隊員にしか務まらないと思う」
「ちょうじゅうだいにんむ!!」
よし、カナンは目を輝かせている。
大人しくセーカとホテルで待っていて欲しいだけではあるけど、気が乗ってくれているようでよかった。
「悪い大人ですね」
「お前には言われたくないな!」
そんな朝を迎えながら、簡単な軽食を済ませ、カナンとセーカをホテルに残して王城裏へと向かった。
正午になる三十分も前だと言うのに、既に資料を立ち読みしながらドレイクは待っていた。
「早いですね」
ドレイクは、昨日のことなど何もなかったかのように僕の姿を見遣った。
僕は……正直どう接すればいいか分からなかった。
今まで関わったことのない、本当に新しいタイプの人だ。
正午を過ぎ、十分ほど遅れてラーチが到着する。
「あ〜! 待たせちゃった! ごめんね〜!」
僕たちの姿を見てラーチは駆け足で向かって来る。
まあ、ラーチが遅れそうなのは予想してた。
「水の神、貴方が遅れるのは予定通りです。なんら支障は来さないのでご安心を」
流石、ドレイク……。 何でも言うなぁ……。
そして僕たちは、城門を出て、島の端にある海沿いの崖に行くと大きな洞窟があり、ドレイクは「この奥です」と指を差した。
薄暗い洞穴だが、中は静かで、想像していた悪鬼の恐ろしい呻き声が聞こえてくるわけではなかった。
「旅人さん、貴方が一番の先鋭です。支援は私たちで着実に努めますので、先行をお願いします」
「よ、よぅし……それでは……」
僕は、アゲルから光剣を受け取り、恐る恐る警戒しながら中へと足を踏み入れた。
その瞬間、
「んー? 何か用か?」
僕は全身がビクついてしまった。
僕たちの背後から、いきなり男性に話し掛けられた。
見てみると、短髪の青髪で、頭にバンダナを巻いている二十代そこらの気の良さそうな男性が立っていた。
「貴方は誰ですか? 現在、こちらは王国の権限で上級魔法の扱える者以外は立ち入り禁止になっています」
すると、男は表情を変えずに答えた。
「え……? いや、俺、ここに住んでるんだけど……」
全員が呆然としている中、ドレイクだけが後退した。
「旅人さん! コイツが悪鬼の正体です!! 今は人に化けていますが、油断した隙に攻撃して来ます!!」
僕の後ろにまで後退すると、男は笑い出す。
「なんだ? バレてたのか……。なら、殺しちまうしかねぇよなぁ……!!!」
青髪の男は、みるみる内に僕の想像通りの『鬼』の姿へと変貌していった。
慌てて僕は臨戦態勢を取り、風神魔法 ウィンドストームにて悪鬼の背後に回り込む。
光剣から発する、風魔法 フラッシュでは吹き飛ばせないと踏んだ僕は、腕の盾に炎魔法 ラグマを付与し、炎魔法による物理攻撃を繰り出した。
「フハハハハハ!! そんな攻撃効かぬわ!!」
悪鬼は笑いながら、僕の炎の盾を両手で防いだ。
悪鬼の両手からは、何やら魔力を感じる。
「なら……」
“炎神魔法 ラグマ・ゴア”
これで相手の魔法を蒸発させて攻撃できる……!
しかし、その瞬間、水の神 ラーチは僕に向けて水魔法を放って来た。
急いで後退し、僕は悪鬼とラーチから距離を取った。
「なんで……? ラーチ……?」
ラーチの目が、全て黒く変色していた。
もしかして、悪鬼の能力で操られているのか……!?
ラーチの水魔法は、水鉄砲が対象物に当たると大きな爆発をする為、盾で掻き消しても爆発が避けられない。
その為、どう足掻いても避けるしかなくなる。
ここに来て、水の神とも戦闘になるなんて……!
「アゲル……! ドレイクさん……! 支援を……!」
しかし、僕は絶望的な情景を目の当たりにする。
全員の瞳が黒くなっている。
全員が悪鬼の能力で操られてしまったのだ。
「マジ……かよ……」
全身が凍て付くように気持ちが焦る中で、僕の中で脈打つ鼓動を感じた。
「これは……!」
上手く立ち回れば、まだ勝機はあるかも知れない。
新たな魔法、水魔法、そして、国に入る前に既に渡された水の加護、水神魔法を駆使すれば……!