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今まさに幼馴染、善悪の手によって屠(ほふ)られそうになったばかりのコユキには、助けもなく死を迎えたであろうカメが酷く哀れに映ったのである。
故に近づいて岩石を押してみたのだが、到底動かせそうでは無かった。
「…………『デスニードル』!」
グシャっ! ガラガラガラガラ……
サッサッサッサッ!
砕いた岩石の瓦礫(がれき)を払って持ち上げたウミガメ、たぶんアカウミガメの巨大な甲羅をしずしずと見つめたコユキは何となく話し掛けるのであった。
「カメさん、助けられ無くてごめんね、んでもこれで自由だよね…… 縛ってあったってことは人間がやったんだよね…… 許して欲しいなんてご都合主義は言わないけど…… 次は悪い人間に捕まらないように気を付けてね…… ゴメンね…… シーユーネクストライフ、だよ」
『ノン ハロー ディスライフ! んんん、マイ ウラシマっ! 優しい貴女にお仕えします、これをどうぞっ! 腰蓑(こしみの)ですよ、これを着ければ貴方の防御力は数倍に跳ね上がりますよぉ、それにこれよりは私がお仕えしますからねぇ、私の事は玄武(げんぶ)、いいえキトラとお呼びくださいませぇ、わがウラシぃ…… あれ? アレレ? そんな馬鹿なぁ! ん? んんん? まさかっ! え、ええっ! るるるるる、ルキフェルっ! さ、様ですか…… えっと、思ったより大物ですね…… あの、えと、こんな私ですが…… どうぞ、よろしくぅ、です、おおおおお、お願いしますぅ、はい……』
亀の甲羅はゆるゆるとそしてオドオドと姿を消して行き、代わりにコユキの手の中には古惚けた腰蓑が残っていたのであった。
コユキは目的だったアーティファクト『浦島の腰蓑』を手に言うのであった。
「何とか手に入ったわね、んもう、先が思いやられるわよぉ!」
言葉とは裏腹にキトラが答えなかった事に一抹の寂しさを覚えたコユキは、気持ちを切り替えて善悪に引き上げて貰う為に、しっかりと握り込んだホースを二度三度と強く引いて『上げて頂戴』の意思(打ち合わせ無し)を伝えるのであった。
いかだの上でハラハラしながら、しかしホースに空気を送り込む事に余念が無かった善悪は自ら大事に手にしていた散水ホースからピクピクと蠢くコユキの意思を感じ取っていたのである。
今まで何のアクセスもなかったコユキからのメッセージである、事前の打ち合わせもなく齎(もたら)されたこのメッセージに、善悪は常でない特段の緊張感を以(も)って不意のアクションに対する判断を始めるのであった。
とはいえ、相方は海の底である。
事は急を要するのだ、いち早く不断の覚悟を持って反応しなければならないという、重要な決断を余儀なくされてしまったのである。
善悪は思った。
――――ピクピクピク? 何のサインでござろ? 意味が解らないが…… い、意味が解らないっ! という事は、不測の事態発生! 助けて善悪っ! き、緊急よおぉっ! って事では? そうに違いないでござる! こ、こうしちゃいられんっ!! こ、コユキちゃぁぁぁん!
「ムッシュムッシュムッシュムッシュムッシュムッシュぅぅぅっ!」
コユキの腰とイカダを結び付けていたロープを猛スピードで引っ張り上げ始めた善悪は、あっという間に無理やり海面まで引き上げられた、黒いウェットスーツを目にすると、今度は海岸とイカダとを縛ってあったビニールロープを勢い良く引き捲って一路海岸を目指したのである。
惜しむらくは、引き上げたコユキが海面に対してうつ伏せに浮かんでおり、呼吸に必要な気道が確保されていなかった事に気が付かなかった事であろう。
力強く海岸に打ち上げられたコユキは、砂浜に顔を沈めたままピクリとも動くことは無かった……
善悪は慌ててコユキを蹴り飛ばして仰向けにすると、大きな声で叫ぶのであった。
「コユキちゃーん! しっかりしてぇーっ! 死んじゃいやだよぉー! コ・ユ・キちゃぁぁーん! 」
善悪の魂の叫びが届いたのだろう、瀕死で息もしていなかったコユキが微(かす)かな言葉を口にするのである。
「と、糖分を…… とうぶん、ん……」
ハッとした顔を浮かべた善悪はぽっけに手を入れて取り出した物をコユキの口に突っ込みながら叫んだのであった。
「きゃ、キャラメル! コユキちゃん! キャラメル入れたよぉ! 噛んで、舐めて! 一粒三百メートルだよぉ!」(昭和)
叫びながら、いざという時のために持ってきていたキャラメルを十粒程押し込んだ所で、なんとびっくり! コユキが体を起こすのであった。
「ありがとね、善悪! なんとか生きて再び会えたわね! んでも今回ばかりはもうダメかと思っちゃったわよ、アンタもホウレンソウの大事さを覚えなきゃいけない時期なんだと思うわよ!」
無表情で、歯の間から放物線を描いて二、三条、チーッと塩水を吐き出しながら言うコユキの姿は中々に化け物じみていて直視に絶えないであろうに真っ直ぐ見つめながら善悪は言ったのであった。
「うん、判ったでござるコユキ殿! 君を守る為にも僕チン、ホウレン草の新レシピを覚えるでござるよ! ねえ? どんなの食べたいの? 言って、コユキちゃんっ!」
コユキはクタクタの体で立ち上がりながら言うのであった。
「やれやれ、仕方がないねぇ~、取り敢えず帰ろっか? 善悪! 帰ったら何か作ってよ! ふうぅ~」
善悪は両腕をパンっパンっ! にパンプアップにしたままで答えるのであった。
「りょっ!」
チーチーと塩水を吐き続けるコユキと両腕パンパンの善悪は漁港に返すものを返却すると、しっかりと腰蓑を大事そうに抱え込んで、お茶の里目指して帰宅の途に就くのであった。