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それから、またしばらく経った。
土曜日に壱月のお休みが被っ重なった今日、壱月はいつになく朝から甘えん坊だった。
「俺、やっぱり留守番?」
「うん。壱月に英会話、必要ないでしょう?」
「……でも、愛音と花斗は必要なんだよ」
「そんなこと言ったって、ねえ」
昼食のあと、出かける準備をしていると、壱月が私の肩に顎をのせ甘えてくる。
「ママ、いくよー」
花斗はすでに靴を履いている。
まだ少し早いが、それだけ英会話教室を楽しみにしているのだ。
「はいはい、ちょっと待ってね」
肩にのっていた壱月に「行ってきます」と告げると、彼は諦めたのか私から離れる。
その隙に、私はカバンを手に玄関に向かった。
「ああ、俺の休日……」
「私が仕事の時はいつもそうでしょう?」
「愛音がいなくても、花斗とは遊んでいる。ひとりは久しぶりすぎて、寂しいんだ」
玄関で靴を履いていると、壱月はしゅんとそこで座り込み、肩を落とす。
すると、花斗が壱月の頭をなでなでした。
「パパは、おるすばんできるこです。すぐにかえってくるから、いいこでまっててね」
それで、つい笑いがこみ上げる。
は、花斗……っ!
どんなに笑いをこらえようとしても、肩が震えてしまう。
壱月はキョトンとしたあと、「そうだな、困らせてごめん」と花斗の頭を撫でた。
「じゃあ、パパはいい子で待ってます。いってらっしゃい」
「いってきまーす」
玄関で壱月に手を振って、花斗とともに家を出た。
*
英会話教室が終わると、大人用の教室内に花斗が駆け寄ってくる。
「マミー!」
そう言いながらハグをして、先生に御礼を言って退室する。
……というのが、いつもの流れなのだが。
いつものように教室前で靴を履いていると、帰っていく親子とすれ違い、こちらに入ってくる男性がいた。
私は目を疑った。い、壱月……っ!
だが花斗はうれしそうに、靴も履かずに即座にそちらに駆けてゆく。
「ダディー!」
すっかり英語脳になった花斗が言う。
「あ、こら! 花斗、靴履いて!」
だが私がそう言ったときには、花斗はすでに壱月に抱き抱えられていた。
「愛音、お疲れ様」
壱月は悪びれる様子もなく、私に軽く手を上げる。
「壱月、留守番って言ったよね?」
「ああ。でも、愛音たちが通ってる教室を見てみたかったし、先生にも会ってみたかったんだ」
それで、私はため息をこぼした。
「親バカ!」
「どちらかというと……嫁バカ?」
壱月はなぜか真剣な顔でそう言うから、私の顔が急に火照る。
花斗は壱月に抱き抱えられたまま、帰っていく教室のお友達に「バイバーイ」と手を振っていた。
しばらくすると、こちらに気づいた花斗の担当、ケリー先生がこちらに来た。
「Hey, Aine! Is he your……」
「He is my husband.」
「Wow! So cool!」
先生たちに冷やかせれ、苦笑いを浮かべた。
しかし壱月はかしこまって、急に英語で丁寧な挨拶を始める。
「ちょ、ちょっと壱月……」
「ふふふっ! ダンナさん、Englishカンペキネ!」
先生が笑う。
「My daddyねー、 pilotさん!」
花斗が自慢げに言って、先生が「Wow!」とまた大げさに驚いていた。
お騒がせしました、と先生たちに詫びて教室を出る。
「悪かったな。でも、一秒でも早く愛音たちに会いたかったんだ」
帰り道、花斗を抱っこしたまま壱月が言う。
それで、隣を歩いていた私はくすりと笑った。
こういうところは、本当に変わらない。
縛りつけるわけではなく、でもそばにいたいと言ってくれる。
それは、遠回りをして再会した私たちの、離れていた時間を埋めるための時間なのかもしれない。
『戻れるなら、戻りたい。離れていた四年間、ずっと愛音のそばにいたかった』
『でも、どうしたって、どうあがいたって、時間は戻らない。だから……これからずっと、愛音と花斗のそばにいさせてほしい』
壱月が私と再会し、花斗が自分との子だと知った時に、誓ってくれたことだ。
だからいつも、壱月は私を気にかけてくれる。そばにいて、負担を減らそうとしてくれる。
そんな壱月だから、私は支えたいと思うんだ。私を支えてくれる、私を大切にしてくれる人だから。
「なあ、愛音」
「ん?」
花斗を片手でだっこしたまま、不意に壱月がこちらに手を差し出した。
「たまには」
「……でも、花斗重いし大変じゃない?」
「いいの。俺が繋ぎたい」
「……うん」
私ははにかみながら、壱月に差し出された手をぎゅっと繋いだ。
それから花斗が気づいて「僕も手つなぎたい」と言うまで、私たちは繋いだ手から、互いの大切さをを確かめあっていた。
コメント
1件
ああ〜もう、この家族の空気感が尊すぎる! 壱月、留守番のはずが「一秒でも早く会いたかった」って教室に来ちゃうの、甘えん坊可愛すぎるでしょ😂 花斗が「パパはおるすばんできるこです」って壱月をなだめるシーン、思わず笑ったわ。子どもに言われてしゅんとするパパ、すごくいい。 最後の手繋ぎシーン、花斗が割って入るまでずっと繋いでるの、離れてた時間を埋めるみたいでじんわりきた。家族っていいなあ、って心があったかくなる話だった!