テラーノベル
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64
部屋の照明が少しだけ落とされ、窓の外には暮れ始めた空。
ひまなつは、いるまの腕の中で仰向けになりながら、ぼんやりと天井を見つめていた。
さっきまでふざけあってたくせに、今はお互い静かだ。
でも、その沈黙が心地よかった。
「……なあ」
「ん?」
「さっきの、もう一回聞きたい」
「しつけーな……」
いるまの肩に額を預けるようにしながら、ひまなつはぼそっと呟いた。
「……好きだよ。ずっと前から」
それはまるで、夕暮れの中に溶けてしまいそうなほど小さな声だったけれど、
いるまの胸にはちゃんと届いていた。
「俺も。ずっとお前しか見てない」
そう言いながら、いるまはひまなつの手を優しく握り、指を絡めた。
どこもかしこも熱を帯びている。言葉にしなくても伝わるものが、たしかにそこにあった。
ゆっくりとキスを交わしながら、
ひまなつは目を閉じ、ただ静かに身を任せていく。
ドキドキと高鳴る心臓の音、布団に沈んでいくような柔らかな体温。
ふざけたり強がったりしていた時間とは違う、
本当の意味で心と心が溶け合う夜だった。
「ねえ、いるま」
「ん?」
「今日のこと、忘れんなよ」
「忘れるわけねーだろ。……ずっと、こうしてたい」
その言葉に、ひまなつは小さく笑いながら、そっと目を閉じた。
カーテンの隙間から差し込む夜の気配の中、 二人の吐息は少しずつ重なり合い、
愛しい時間だけが、ゆっくりと、深く流れていった。
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ひまなつは、いるまの視線を感じながら、ベッドの端にそっと座っていた。
まだメイド服のまま。落ち着かない気持ちで、スカートの裾をぎゅっと握る。
「なあ、そんなに緊張すんなって」
ゆっくりと歩み寄ってきたいるまが、ひまなつの横に腰を下ろす。
手が触れるか触れないかの距離で、柔らかい声が落ちた。
「……似合ってたよ。普通に、惚れ直した」
「ばっ……な、何言って……っ」
反射的に顔を背けようとするひまなつの頬に、そっと手が添えられる。
そのまま向き合わされると、まっすぐにいるまの瞳とぶつかった。
「恥ずかしい? でも、俺にはちゃんと見せてくれたじゃん」
「……お前にだけ、だろ」
「うん。だから……これからも、そうであってほしい」
そう言って、いるまの指先が、そっとひまなつのカチューシャに触れた。
レースのリボンが外され、次いで髪が優しく梳かれていく。
「着せるのも好きだけど、脱がすのも……俺の特権、だよな?」
「……っ、知らねぇよ……」
恥ずかしそうに呟きながらも、ひまなつは抗わない。
一つひとつ、ボタンを外すたびに、
その下に隠していた気持ちも、少しずつあらわになっていくようだった。
ふたりの間にはもう、嘘も隠し事もない。
だから、肌よりも先に心が触れ合っていた。
「ほんとに、俺でいいの?」
小さく問いかけたひまなつの声に、
いるまはそっと頷いて、彼の手を握った。
「お前じゃなきゃダメなんだよ」
言葉が、まるで暖かい布団のように胸に落ちる。
もう、何も隠さなくていい。
素直になっていい。
怖がらなくていい――。
そう思えるのは、きっと、この人の前だけなんだ。
ゆっくりと、そっと、体が重なっていく。
それはただの衝動じゃない。
心の奥からあふれ出す、たしかな愛情だった。
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目が覚めたのは、やけにあたたかい朝だった。
ひまなつはぼんやりとまぶたを開け、目の前にある“何か”を認識するまで数秒かかった。
「……いるま?」
まだ寝息を立てている相手の顔が、間近にある。
――ああ、そうか。そうだった。昨日の夜……いや、その前からずっと。
「……マジかよ、夢じゃなかったんだな……」
ひまなつは布団の中でごそごそと身じろぎをし、寝ぼけた頭をなんとか動かす。
そのとき、不意にいるまの腕がするっと回って、彼をぐっと抱き寄せた。
「……ん、おはよ」
「う、わっ……!」
「朝から元気だなぁ、なつ」
「ちがっ、違うってば……!」
赤くなりながらも、布団の中にすっぽり収まっていると、変な安心感がある。
「今日、講義ある?」
「午後から……お前は?」
「同じ。……ってことは、まだ二度寝できるな?」
「お前、……まだ寝んのかよ……」
「なつのせいだろ」
「お前が仕掛けてきたんだろが……!」
そんな他愛のない会話も、今朝は全部がやけに特別だった。
腕の中で少しだけもぞもぞしていたひまなつが、ふいにぴたりと動きを止める。
「……お前と一緒にいるの、なんか不思議だな」
「後悔してる?」
「……してたら、今ここにいねぇよ」
「そっか。俺も、ぜったい離さねーから」
「……バカ」
その言葉が、今朝の「おはよう」の代わりになった。
布団の中で交わした小さなキスに、
昨日までとは違う、恋人としての朝が静かに始まっていた。
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ひまなつは、いるまの胸元に顔を埋めるようにしてくっついていた。
肌が触れ合う距離にいるのに、不思議と安心して眠くなってしまいそうになる。
「……くっつきすぎじゃね?」
そう言いながらも、いるまの手は優しくひまなつの髪を撫で続けている。
撫でられるたびに、まぶたがゆるんで、とろけそうになる。
「お前が抱きついてきたんだろ……」
「うん。でも、お前が離れようとしないのも事実」
「……黙れ、ばか」
ひまなつがぎゅっと腕を回すと、いるまは苦笑しながらも、嬉しそうにそれを受け止める。
「なつ……今、すげぇかわいい」
「は? 言うなって言ってんだろ、そういうの……っ」
「だってマジでそう思ってるし」
「……ほんとバカ。ずるい。お前だけ本音言いやがって」
「じゃあ、お前も言えばいいじゃん」
「……っ」
一瞬ためらって、ひまなつは目を閉じた。
「……好き。誰よりも。お前が」
「──俺も、愛してる」
いるまがそっと額に口づけると、
ひまなつはふわっと微笑んで、まるで猫のようにその胸にすり寄った。
言葉なんてもう要らなかった。
ぬくもりも、心も、全部がちょうどよくて、満ちていた。
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