テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
side mio
回らない思考と、震える指先で返信を打つ。
“わたしもです”
送信ボタンを押した、その刹那――着信音が鳴った。
「……みおちゃん?」
包み込むように柔らかい、けれど奥に熱を秘めた声。
「……はい」
泣き声が混じった返事。
「今から迎えに行く。最寄りの駅まで来られる? 駅名、教えて?」
低く、急かすような響き。胸の奥が、その熱に捕まれた。抗えない。
「……30分くらいで駅に。気をつけて来て」
通話が切れると同時に、心臓の鼓動が速くなる。
シャワーを浴び、髪を乾かし、鏡を見る。
泣き腫らした、ひどい顔。
――こんな姿で会いたくない。
それでも、さっきの彼の声が耳の奥でこだまする。
履き慣れたサンダルを履き、ドアを開けた。
外は暗く、夏特有の湿った夜気が頬をなでる。
会いたい。
でも、会ったらきっと――もう引き返せない。
怖い。
それでも、彼の「迎えに行く」という声が、背中を押し続ける。
駅のロータリーで待っていると、自分の前に一台の車が滑り込む。
助手席の窓がゆっくり下がり、ハンドルを握る彼の目が真っ直ぐにこちらを射抜いた。
「……乗って」
低く、穏やかな声。逆らう理由なんて、もうなかった。
車内に入った瞬間、彼の匂いが一気に押し寄せる。
シートベルトを締めると同時に、車は静かに動き出した。
信号待ちで、ふと彼の視線が横から差し込む。
その瞳が、一瞬だけ泣き腫らした自分の目元をとらえた気がした。
「……あんまり、眠れてないでしょ」
低い声が、妙に胸の奥まで響く。息が浅くなり、言葉が喉で絡まる。
返事をしようとしても、声は出ない。代わりに、彼の方から続けた。
「……このまま、僕の家に行こう」
有無を言わせぬ響き。
それは命令ではなく、守るようでいて、抗いようのない熱を帯びた提案だった。
side mtk
電話を切ったあとも、胸の奥のざわつきは収まらなかった。
本当に来てくれるだろうか――いや、きっと来てくれる。
そう自分に言い聞かせながら、ハンドルを握る手に力が入る。
夜の道を走り抜けるたび、街灯の明かりがフロントガラスに流れていった。
ロータリーに差しかかると、そこに彼女はいた。
立ち尽くす姿は、もう戦えないヴァルキリーのようで――2日前よりも、さらに儚く見える。
触れたら壊れてしまいそうなその佇まいに、胸の奥で何かがきしんだ。
初めて会った日のことが、自然とよみがえる。
影を帯びながらも、瞳の奥に静かな光を宿していたあの時の彼女。
それは不思議と、僕の心を落ち着かせる光だった。
そして今も、その光は弱く揺れながら、確かにそこにあった。
彼女は僕の車に気づくと、迷うように視線を伏せる。
けれど、ゆっくりと歩み寄ってくる足取りには、拒絶の色はなかった。
助手席のドアを開けた瞬間、夜気と一緒に彼女の存在が車内へと流れ込む。
一瞬視線が重なり、そのまま彼女はためらいがちに座席へ身を沈めた。
ドアが閉まり、二人だけの空間が出来上がる。
エンジン音の奥で、彼女の呼吸が小さく響く。
信号待ちの赤が、彼女の横顔を柔らかく照らした。
泣き腫らした目元と、疲れ切った表情――きっと眠れていない。
その事実を知った瞬間、もう他の行き先は考えられなくなった。
「……あんまり、眠れてないでしょ」
僕の声に、彼女がわずかに瞬きをする。
「……僕の家に行こう」
それは命令じゃない。ただ、守りたいという思いだけが滲む言葉だった。
ほんの一瞬、視線が絡み、彼女は静かに頷いた。
その瞳に宿る光が、わずかに強さを取り戻しているように見えた。