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ウーヴェがアルマの診察をするようになり月が変わった頃、リオンはいつも以上に浮かれ気分で出勤し、同僚達から今日の夜にデートでもあるのか、いや、振られて以降彼女を作っていないはずだからサッカーの試合でもあるのだろうとからかわれるが、好きにほざけと憎たらしい顔で舌を出し、前回は振られたのではなくこちらから振ったのだと己の名誉を守る一言も付け加えて刑事部屋に入る。

中でも同じような質問をされるが、その筆頭であるジルベルトと背中合わせのデスクに腰を下ろしたリオンは、背中越しに問われる言葉に少しだけ沈黙を返し、椅子の上で身体を反転させて後ろ向きに座り直すと、背もたれに腕をついて寄りかかる。

「デートじゃねぇよ」

「そうなのか?じゃあ何でそんなに嬉しそうなんだ?」

リオンの声に肩越しに振り返るジルベルトだったが、青い双眸が戸惑いを浮かべているために身体ごと振り返り、浮かれている割には悩んでいるのかと苦笑する。

「んー、まあ、な。初めて一緒に飲みに行くからなー。どんな感じなのかなーとか思わねぇか?」

「初めての相手か。そりゃあ確かにそう思うな」

「だろ?」

しかもそれが同性の医者ともなれば自分は一体どんな顔をすれば良いのかと、悩ましげな顔で溜息まで吐くリオンにジルベルトも周囲で聞いていた同僚達もどんな女性なのかと想像を逞しくしていたが、同性と聞かされて目を見張り、医者とも告げられて驚愕の表情を浮かべてリオンを見つめる。

皆の視線が集まっていることに気付き、逆にリオンが驚きに飛び上がりそうになるが、その医者はもしかしてアルマの診察をしている医者かとコニーに問われ、ゼンマイが故障したバネ仕掛けのおもちゃのように頭を縦に振る。

「お前が男と飲みに行くなんて考えられない・・・!」

ジルベルトの盛大な驚きの声にリオンも一番驚いているのは自分自身だと負けじと声を大きくした後に溜息を吐く。

「男二人で飲みに行くなんてなぁ」

そんな経験が幼馴染み以外とは無いから気持ちがふわふわしていると肩を竦めた時、上司がいる部屋のドアが開いて厳つい顔のヒンケルが姿を見せる。

「何を騒いでいるんだ?」

「リオンが男と飲みに行くそうです」

「・・・季節外れの雪が降りそうだな」

「ちょっとー!」

コニーの言葉にヒンケルが盛大に目を剥くが、窓の外へとそのまま顔を向け、明日は雪が降ると呟き、リオンが人を何だと思っているんだと声を荒げるが、アルマを診察している医者かと問われて表情を切り替えつつ頷く。

「少し話をしたら面白いなぁって思ったんです」

で、誘いを掛けてみたら意外なことにオーケーが出たので行ってきますと、リオン曰くのふわふわした気持ちで伝えると、ヒンケルが一瞬考え込んだ後顔を自室に向けて振ったため、リオンが踵を返したヒンケルについて行く。

「ボス?」

「その医者、バルツァーと言ったな」

「Ja.あのバルツァーとは関係がないと前に聴取したときスゲー怖い顔で言われました」

二人の初めての出会いを振り返りながら肩を竦めるリオンにヒンケルも頷き、あの事件の時は皆の心証も良くなかったが、事件現場で何度か顔を合わせる裡に少しだけ打ち解けて話をするようになったことやアルマの診察を依頼するまでの経緯を聞いていたヒンケルは、まあ友達付き合いが出来るのならそれも悪くはない、医者としての立場から意見を必要とするときに依頼しやすくなると告げれば、一瞬だけリオンの顔に意味不明な色が浮かび上がる。

「どうした?」

「んー、いや、何でしょうね」

「は?」

「まだ分からないので、今日飲みに行ってきてどんな感じか探ってきます」

リオンの呟きはヒンケルの問いに対する答えのようでありまたそうでもないようで、一体どうしたと上司に問われても何とも答えられなかったため、本当にふわふわした気持ちなんだとだけ返し、何を言っているんだと眉を寄せるヒンケルに一つ肩を竦めてしまう。

「まあ、何にせよ、アルマの症状が早く良くなると良いな」

「そーですね。前も言いましたけど、あの先生ならやってくれそうな気がするんですよね」

何の根拠もないただの直感だが、俺の直感は外れたことがないらしいから信じてみますと頷き、今日はそんな事情があるので残業は断固拒否します、事件が起きても誰か他の人に出動して貰って下さいと言い放ち、今度はヒンケルの口をぽかんと開けさせる。

「俺じゃなく事件を起こす犯人に言え」

「ホントですねー。彼女とデートの時とかも、今夜デートするから事件を起こすなって言えれば良いのになぁ」

「・・・馬鹿なことを言ってないでさっさと仕事に戻れ」

「自分で呼んでおきながら早く戻れとか何だよまったく」

上司があきれ顔で手を振るのを眇めた目で見つめたリオンは、何か言ったかと睨まれて肩を竦め、もう声も聞こえなくなってきたのか補聴器を付ければどうだと嘯いた後、デスクの上のメモ帳が飛んでこないうちにヒンケルの部屋を飛び出すのだった。



一日の仕事を本人曰くのふわふわした気持ちのまま終えたリオンは、待ち合わせ時間に十分な余裕を持って駅前に来ていた。

付き合いだしたばかりの相手とデートする時以上に何故か緊張しつつ駅前のカフェに入るが、店員の女の子がなかなか好みの顔と体つきだったため、軽くなった気持ちで飲み物を注文しようとするが、その時、背後から悲鳴と引ったくりを掴まえてという声が聞こえ、飲み物ではなく警察に連絡をしてほしいとその店員に注文してカフェを飛び出すと、こちらに向かって走ってくる男の姿と、その向こうにしゃがみ込む老婆の姿が見える。

必死の形相というのがふさわしい顔で駆け寄ってくる男に向け、リオンが何気ない様子でブーツに包まれた片足をひょいと出すと、男がその足を避けようとしてバランスを崩す。

それを見逃さずに今度は腕を伸ばして男の服の襟を掴むと同時に男の膝裏に蹴りを決めて仰向けに倒れさせる。

「ぎゃっ!」

「ヘイ、ブラザー、何楽しいことしてんだよ」

石畳に叩き付けられて悲鳴を上げる男の腕をブーツで踏みつけながらにやりと笑い、そんなに愉快なことがしたいのなら警察署でお泊まり保育を受けてもらおうかとも笑うと、男が恨みがましい顔で睨んでくる為、軽く足に力を込める。

「いてぇ!!」

「うるせぇなぁ」

男の腕を踏みつけながらタバコに火を付けたリオンは、通報を受けて駆け寄ってくる制服警官の姿を発見し手を上げて合図を送るが、その警官が顔見知りである事に気付くと、男の腕を掴んで立ち上がらせる。

その時を狙い澄ませたかのように男が身を捩って逃げ出そうとすることにも当然気付いていて、男の腕を掴んで背後に捻り上げると、声にならない悲鳴が上がる。

「今日はもう終わったのか、リオン?」

「おー、これからメシ食いに行くのにさ、ひったくりだーって聞こえたから一働きしてしまったぜ」

一働きした後のビールは確かに美味い、それを飲ませようとしてくれたことに感謝はするが、何も目の前でひったくりはねぇよなぁと笑いながら制服警官に男の身柄を預けると、男が落としたバッグを拾い上げて老婆の前に向かう。

「ばぁちゃん、大丈夫か?」

咥えタバコのまま老婆の前にしゃがみ込んで声を掛けたリオンは、無言で何度も頷かれて安堵の溜息を吐き、老婆の背中にそっと手を宛がって何度か撫でる。

「気をつけろよ、ばあちゃん」

口は悪いがその顔は老婆を心配するものだったため、彼女も何度も頷いてリオンが取り戻した鞄を胸に抱える。

「・・・良かった」

「ホントにな。最近はろくでもねぇ若いのが増えてきたな」

「でも、あなたみたいな人もいるでしょう?」

だから大丈夫と気丈に笑う彼女に溜息を吐いたリオンは、制服警官とは別の誰かに名を呼ばれたことに気付いて周囲をぐるりと見回し、見知った顔どころか昨日の夜も見たゾフィーを発見して顔に安堵の色を浮かべる。

「リオン?あんた何してるの?」

「ちょうど良かった。ゾフィー、お前、今からどこかに行くのか?」

「え?教会に戻るだけよ」

駆け寄ってきたのはシスターの衣装に身を包んだゾフィーで、リオンの横に蒼白な顔で少し体を震えさせている老婆を見つけると、当たり前のように大丈夫ですかと声を掛けてその場に膝をつく。

「ええ、ありがとう、シスター」

「お怪我をなさってるようですけれど、どうしたんですか?」

優しい笑顔で安心させるように話を聞き出すゾフィーに感心していたが、ふと見た時計が約束の時間を少し過ぎていることを教えてくれたため、慌てて立ち上がる。

「やべ!」

「リオン?」

「悪い。ばあちゃん連れてあの制服警官と一緒に署に行ってくれ」

「は?」

「ひったくりに遭ったんだよ。犯人はもう警官に渡した。聴取があるけど俺は人と待ち合わせをしてるから署に行けねぇ」

「ちょっと、リオン!」

約束に遅れてしまう、初めての約束なのに最低だと言い訳を残してその場を立ち去ったリオンは、カフェに駆け込んで先ほど目を付けた可愛い店員に警察への通報ありがとうと口早に礼を言い、今度ゆっくりコーヒーを飲みに来るから美味いのを飲ませてくれとも告げると慌ただしくカフェを後にする。

その慌ただしさにカフェの店員も、また突然老婆を預けられたゾフィーも呆気に取られるだけだったが、制服警官が気の毒そうな顔で近付いてきたため、頼まれれば断れない性分も相まって老婆を支えながら立たせてパトカーに乗せると、成り行きで一緒にパトカーに乗り警察署に出向くのだった。



リオンが大急ぎで向かった店は、彼の中では静かに分類される店だったが、待ち合わせをしていたウーヴェにとってはそれほど静かとも思えないほどよい喧噪に包まれたクナイペだった。

その店に駆け込んで顔なじみの店員に連れは来ているかと肩で息をしながら問いかけ、呆れたように笑う店員ににやりと笑みを浮かべると、一仕事してきたから美味いビールを飲ませてくれとも告げて店員が指で示した方へと顔を向ける。

店の奥まったテーブルで頬杖を突きながらメニューを矯めつ眇めつしている白とも銀ともつかない色合いの髪の青年を発見し、まだ待っていてくれたことに安堵の溜息を吐く。

「今日は男と一緒なんて珍しいな」

「だよなぁ。俺もそう思う」

今日の午前中からずっと感じている不思議な気持ちをどのように消化すれば良いのかが分からないでいたリオンは、店員の笑いに微苦笑で返し、とにかくビールとプレッツェルを頼むと注文をすると、待ち合わせているウーヴェがいるテーブルに大股に近付く。

「遅くなりました!」

「・・・もう少し遅くなればここの店の印象が悪くなるところだったな」

「げー。大急ぎで来て良かった」

リオンの第一声に興味なさそうに顔を上げたウーヴェは、来てくれて良かったと暗に伝えながら苦笑すると、リオンが椅子を引いて腰を下ろす。

「あれ、まだ飲んで無かったんですか?」

「・・・何が良いか悩んでいたんだ」

「へー。あ、プレッツェルは頼んだので好きなだけ食って下さい」

先ほど自分の分は注文したので後は先生の飲み物と食い物だと笑い、メニューの中からリオンなりのお勧めを簡単に説明すると、ウーヴェが小さく吐息を零しながらその一つを注文し、ビールも当然ながら注文する。

ビールとプレッツェルが来ると、グラスを片手にリオンがじっとウーヴェを見つめ、見られる居心地の悪さにウーヴェが何だと声を潜めると、リオンの首が傾げられる。

「?」

「・・・えーと、あの、センセイ」

「だから何だ」

「センセイの中では無いことかも知れねぇけど、俺のこと、前の診察の時みたいにリオンと呼んでくれますか?」

乾杯の前に何を言い出すのかと眉を寄せるウーヴェだったが、前にも話したがセンセイはきっと人との付き合い方に重きを置く人だろうが、俺のことはリオンと呼んで欲しいと繰り返され、何を言わんとするのかを察したウーヴェは、微苦笑を浮かべつつ構わないと頷くと、リオンの顔が一瞬呆然としたものになるが、次いで呆れるぐらいの笑みに彩られる。

その笑みを今度はウーヴェが呆然と見つめていると、ああ、緊張した、ドクと話をするのはやっぱり緊張すると告げられ、そんなに自分の話し方や存在はきみに対して緊張感を抱かせるものなのかと、己のありように少しだけ自信をなくした声で問いかけると、くすんだ金髪のしっぽが勢いよく左右に振られる。

「や、違うって。俺の周りにドクみてぇに頭のいい人がいないし、その・・・碌でもねぇのが多いから」

育ちが育ちだからと何でも無いことのように頭に手を宛がって言い訳をするリオンをじっと見つめたウーヴェは、きみがどのように育ったのかは分からないが、刑事になる根幹を周囲の人達がしっかりと育ててくれたことだけは分かると真剣な顔で告げた後、片目を閉じて肥料に何を与えられたのか教えてくれと笑い、リオンを呆然とさせる。

「・・・肥料はねー、たまに食わせてくれたチョコだな」

「そうか」

「あと、どうしようもねぇけど、俺のことをちゃんと分かってくれるゾフィーとかゼップとか」

チョコが俺の主成分だと笑うリオンにウーヴェも小さく肩を揺らし、二人揃って乾杯をまだしていなかったことを思い出すと、ほぼ同時に吹き出し、おかしさを感じながらもグラスの底を軽く触れあわせる。

「乾杯」

「乾杯」

ああ、これで本当に美味いビールが飲めると笑うリオンに釣られてウーヴェも笑い、仕事の後のビールは特に美味いとも笑うと、リオンの頭が同意を示すように上下に振られる。

「そーそー。しかも今日は仕事が終わったのに一働きしてきたからなー。余計に美味い」

その言葉通りにビールを一気に飲み干したリオンは、プレッツェルを引きちぎりながら呟き、ウーヴェがそれを聞き逃さないというように目を細める。

「仕事の後の一働き?」

「そう。ばあちゃんがひったくりに遭っててさー。まあ犯人はその場で捕まえて警官に引き渡したけど、何でドクと初めてメシに行くときに事件が起きるんだよーって」

思い出しただけでもあのひったくり犯のちょろっと生えてるあごひげを引っこ抜きたいと、プレッツェルをひげに見立てているように再度引きちぎったリオンにウーヴェが興味なさそうにふぅんと呟くが、脳味噌の中ではリオンの言動を再現しその中から、今目の前でプレッツェルをかじり、店員にビールのお代わりを注文する青年の心を読もうとするが、ウーヴェの視線に気付いたのか、小首を傾げるその顔には打算や計算といった類いのものは浮かんでいなかった。

「ドク?」

「何でも無い」

先日リオンに告げた言葉が脳裏を過ぎり、表情からリオンの感情を推し量るのは難しいと己に言い聞かせたウーヴェは、食事時に仕事に関係する話はあまり好きではないがと断りを入れつつ、アルマの様子はどうだと気になっていることを問いかけると、一瞬リオンの蒼い瞳に強い色が浮かぶが、次いで柔らかな色合いに変化をする。

「あいつ、先生の診察が終わったあと、ホームでずっとマザーやゾフィーに話しかけようとしてる」

それがスゲー嬉しいと、我が事のように目を細めて喜ぶリオンにウーヴェも頷くが、ホームと呼んでいるのかと何気なく問い返し、肌が粟立つような沈黙をリオンが生み出した為、触れてはいけないものに触れてしまったことに気付いてすぐさま詫びるが、ウーヴェの謝罪に我に返ったのか、リオンが忙しなく頭を左右に振ってそれを否定する。

「あ、いや、違う違う、ドクは悪くねぇ。・・・無意識に呼んでたみたいだな、俺」

「?」

リオンの独白の意味が分からずに眉を寄せるウーヴェが出来れば見たくないと思う笑みを浮かべたリオンは、立派なものではない、ボロボロの小さな教会に付随するふさわしい小さな孤児院だが、自分にとってはそこが家なのだと呟くと、己を笑うように唇を歪める。

「・・・あんなボロい家をホームなんてな」

その言葉を聞き流すことがウーヴェには出来ず、きみが拠って立つ場所はそこなんだなと目を伏せると今度はリオンが眉を寄せる。

「ドク?」

「ホームとそう呼んでいる、呼びたい場所がそこなんだな」

自分が拠って立つ場所を明確に言葉に出来る、そんな場所があることはきみにとって非常に心強いのではないかと呟くと、俺にはそんな場所はまだ無いとウーヴェが自嘲する。

ホームという一言に込められた膨大な感情をリオンは今まで誰に対しても説明したことは無く、ただ誰かにその意味を問われたとしても、孤児院が家だし英語ではマイホームと言うだろうと皮肉気に告げていたが、そこに籠もった感情は表に出されることは無かったため、誰もリオンが幼い頃から胸の奥に秘め続けている願望に気付いていなかった。

だが、少し前から徐々に親しく話をするようになったウーヴェが、今まで誰も気付かなかったリオンの根源とも言えるそれに気付いた-ようにリオンは感じていた-ことにただ驚く。

「碌でもないだのボロ家だの、卑下する必要は無い」

その言い方が居丈高だったり同情的であれば即座にリオンはあんたに何が分かると言い返しただろうが、そのどちらでも無かったため、振り上げかけた感情の拳をそっと下ろすが、もっとも、思春期の子ども達のように羞恥からそんな言葉を使っているのかも知れないがとも続けられて蒼い目を限界まで見開く。

「・・・ドクのその眼鏡って俺の心が見えるのか?」

「人の心が見える眼鏡があれば私が欲しいぐらいだ」

リオンの呆然とした呟きにウーヴェが自嘲し、そんなものがあるはずが無いが、何となくそう思った、間違っていたり見当外れなことを言っていたらバカみたいだと小さく肩を揺らすウーヴェにリオンが三度ブロンドのしっぽを左右に振る。

「・・・ドク以外なら多分鼻で笑い飛ばしてたと思う。でも・・・」

何故かあんたの言葉はすんなりと聞き入れられると、自信なさげに呟くリオンに苦笑し、聞き入れてくれるのは嬉しいことだと笑みの質を変えると、リオンの顔がわずかに紅潮する。

「友人達からはお前は真面目だの堅物だと言われるから少し心配だった」

「確かに真面目だ」

「・・・うるさいな」

「あー、事実を指摘しただけなのにっ」

何でうるさいなどと言われるんだと上目遣いでウーヴェを睨み、ドクのくそったれと呟くと、空になったビールグラスを片手にウーヴェが驚くほどの綺麗な笑みを浮かべてリオンを見る。

「今、なんと言った、リオン?」

「ぎゃー!!」

いつかのやりとりの再現だと頭を抱えるリオンにウーヴェが咳払いをするが、次にもしその手の言葉を聞かされたときにはビールを一杯おごって貰おうと告げてリオンを絶望の淵に突き落とす。

「うぅ・・・ドクの・・・」

「これで二杯おごって貰えるな」

さあ、今日中に何杯奢ることになるだろうなと笑うウーヴェにがっくりと項垂れたリオンは、店員が運んできたビールを悔しそうに飲み干すと、ウーヴェと己の分を新たに注文し、運ばれてきた料理もやけくそ気味に食べ始め、ウーヴェも楽しげな顔で己の料理に手を付けるのだった。



支払いを済ませ-結局リオンがウーヴェに奢ったビールは三杯だった-、奢らせる云々は冗談だとウーヴェが苦笑交じりに告げてビール代を支払おうとしたが、ドクの冗談は笑えねぇとリオンが一言吠えた結果、次に俺の好物を食わせてくれたらチャラにするとも宣言されてその勢いに呆気に取られてしまう。

「それで良いのか?」

「それが良いの!」

この違いを理解出来ないのならもう飲みに行けないと泣きべそを掻きそうな顔で言い放つリオンにウーヴェが無言で頷くが、次の店はドクが選んだ店で良いと言われて目を見張る。

「ここ好きだけどドクにはうるさかったんじゃねぇの?」

「そうだな・・・うるさいとまでは思わないが、なかなか賑やかだったな」

ウーヴェがリオンを気遣いつつ告げる言葉に頷いて笑ったリオンは、いつかあの店に行ってみたいと呟き、どこだと問われて夜空を見上げる。

「んー、名前なんだっけ。踊ってる女の看板が掛かってる店」

いつだったかマザー・カタリーナに頼まれて買い物に出かけた時に見かけた店だったが、そういえばあの時店の軒先でウーヴェを見かけ、それ以来理由は全く分からないが夢に出てきたり、事件現場で遭遇するようになったことを思い出したリオンは、あの店の名前今度調べておこうと独り言のように呟き、ウーヴェもぜひ教えてくれと答えるが、特にそれ以上のことは聞き出そうとはしなかった。

「さー、帰るか」

「そうだな。次のアルマの診察時には一緒に来るか?」

「行くつもりにはしてる。マザーらに話しかけようとしててもアーベルを見たら顔引きつってるからなぁ」

事件の後遺症はまだまだ目に見える形で彼女の中に残っていて、男の姿を見かけると緊張を感じるだけではなく身体が強ばって動けなくなると嘆息混じりに呟くリオンにウーヴェが慌てる必要はない、彼女のペースでやれば良いと忠告し、電車で帰宅するために駅に向かおうと笑う。

「そーだな。ドクがそう言ってくれるから助かる」

ついつい慌ててしまう己がいるが、それを抑えて貰えるのは助かると素直に感謝の言葉を告げたリオンは、自宅までは歩いて帰れることを伝え、次回の食事か飲み会を楽しみにしていると満面の笑みを浮かべる。

「ああ、そうだな。私も楽しみにしている」

「チャオ、ドク」

手を上げて挨拶を交わし、次回の診察と食事の約束も交わした二人は別々の方向へと歩き出すが、リオンは今朝感じていたふわふわした感覚が何だったのかと不意に思い出し、緊張感がもたらしたものだろうと決定づけてタバコに火を付ける。

咥えタバコで自宅に向けて歩いていたリオンは、駅が見える路地に来たとき、あの時の人と呼び止められて気怠そうに振り返る。

「あ?」

「あ、やっぱりそうだ。さっきカフェでコーヒーじゃなくて警察に電話をって注文した人でしょ」

「ああ、あのカフェの店員かー。あの時は助かった」

あんたが警察に通報してくれたお陰でばあちゃんの荷物は無事に取り戻せたし犯人も警官に引き渡せたと、数時間前の出来事を思い出して笑みを浮かべたリオンは、もう仕事は終わったのかと問いかけ、一人なら飲みに行かないかと誘うが、彼女が返事をするよりも先に悪い今のはナシだと告げて目を見張らせる。

「何なの?」

「近いうちに店にコーヒーを飲みに行くからさ、その時にでも話しようぜ」

このまま誰もいるはずのない家に帰ることは苦痛だったが、何故かそれが和らいでいることに気付き、どうしたことだろうと訝りながらも片手を上げたリオンは、呆然とする彼女にチャオと言い残し、短くなったタバコを路上に投げ捨てて浮かれ気分で自宅に向けて歩くのだった。

Über das glückliche Leben.

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