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ヤバイ普通に次気になる! 続き待ってます!
【お願い】
こちらはirxsのnmmn作品(青桃)となります
この言葉に見覚えのない方はブラウザバックをお願い致します
ご本人様方とは一切関係ありません
小児科医青×天才外科医桃
麻酔科医の赤さん
小児科の看護師水さん
のお話です
水視点
正午を少し回った頃、最上階の食堂に向かった。
うちの病院の食堂(調理担当のおばちゃんはレストランだと言い張る)は10階にあり、大きな窓からは景色が一望できる。
すぐ目の前には緑溢れる公園があり、その向こうには大きな街並みと、更に奥には海が広がっている。
それら全てを見渡せる、窓に向かうカウンター型の一席が僕のお気に入り。
正午過ぎに行くとその席は埋まってしまっていることも多々あるけれど、今日はまだ空いていた。
横から誰かに奪われる前に、ささっとそちらへ足早に急ぐ。
目的の場所にたどり着いて、テーブルの上にトレイを置いた。
そしてそれと同時に気づいてしまう。
隣の椅子に座っていた先客が、青い髪を揺らしてこちらを振り返ったことに。
「…げ」
「げ、はこっちのセリフなんやけど。他に空いとる席あるやろ」
黒縁の眼鏡の奥で目を細め、いふくんはそう言いながら小さく首を竦めた。
「ここは僕のお気に入りの席なんですー」
椅子を引いて座りながら、唇を尖らせてそう応じる。
そしてそれから、ひょいと隣のトレイを覗きこんだ。
「いふくん何食べてんの?」
半分くらい食べ進んだところだろうか。
いふくんの前にある食器に乗っているのは、なんだかよく分からない魚みたいなやつ。
多分日替わり定食かな。
選ぶのも面倒くさくて、考えることもなく毎日券売機で日替わり定食の食券ボタンを押しているに違いない。
「おじいちゃんみたいなん食べるじゃん」
からかうように言うと、「ふん」と鼻であしらわれた。
どうでもいいけど、相変わらずきれいに食べるよね…。
本当にどうでもいいけど。
箸を持って、僕もそんないふくんの隣で「いただきます」と手を合わせる。
目の前にあるこのラーメンも、ここでの僕のお気に入り。
ただ健康を考えると毎日食べるわけにはいかないから、こうしてたまに注文する。
自分へのご褒美だったり、ストレス発散だったり理由はさまざまだ。
どこにでもあるような食堂だけど素朴な味がなんだか懐かしく感じて、他のどんな店のものよりもここのラーメンが一番好きだったりする。
割った割り箸で、麺を持ち上げた。
あつあつのそれからはふわぁと湯気が立ち上る。
ふーっと息を吹きかけ、あーんと大きく口を開けた。
…その時、だった。
『ハリーコール、ハリーコール! 1階正面玄関! ハリーコール!』
何の前触れもなく、不意に天井から流れてきたマイク越しの声。
院内に響くスピーカーからの声に、僕は割り箸を持つ手を止めた。
それと同時に隣でいふくんが…その周りに座っていた人たちも、ガタンと大きな音を立てて椅子から立ち上がる。
「行くぞほとけ! ぼーっとすんな!」
即座に身を翻すいふくんの大きな声が、僕の頭上に降り注いだ。
楽しみにしていたラーメンを思うと「ふゎぁい」なんてふにゃっとした返事が口から漏れたけれど、それでも僕も急いで立ち上がった。
食堂を出て、まっすぐに階段へと走る。ここは10階だけどエレベーターなんて使っている暇はない。
白衣の裾を翻して走るいふくんに続くと、同じように食堂から飛び出してきた人たちや、途中のフロアから合流してきた人たちに出くわした。
その数は数えきれない。
多分余裕で何十人もいるはずだ。
それら全ての人が一斉に階段を駆け下りるのだから、迫力に圧されるようなこの光景は何度見ても慣れることがない。
これが『ハリーコール』。
入院患者だけでなく外来患者やその付き添いの家族、出入りする業者など…院内で急病人が出たときや緊急事態が発生したときに、職員は放送で招集をかけられる。
これを聞いた医師や看護師は、手術中や診察中など手が離せない状況でない限り指定場所へ向かわなくてはならない。
ハリーコールが要請されるということは、例えば最悪心停止であるとか重篤なことが多く、一分一秒を争う。
大勢の人の波に乗るのはとても走りにくかったけれど、いふくんと一緒に階段を勢いよく駆け下りた。
今回放送で指定された1階正面玄関は、到着したときには医師と看護師、それに誘導係を担う事務員たちで既に溢れかえっていた。
そしてその真ん中で、大声で周りに指示を飛ばしている人物がいることに気づく。
「AEDとカート持ってこい!処置室に運ぶぞ!」
人が溢れ返って壁のようになっていて、僕の位置からその姿は見えない。
でも声で分かる、これはあにきだ。
さすが集中治療医。現場に駆け付けるのも、周りの医師や看護師に指示を出すのも早い。
ひょいと背伸びして覗きこむと、的確に指示を出すあにきの隣で、りうちゃんが倒れた患者に胸骨圧迫を行っている。
「あとハリーコール解除要請!」
「はいっ」
あにきは怒鳴るように大きな声で指示を飛ばし続ける。
周囲を段取りよく促し、幾人かの医師と看護師が阿吽の呼吸で対処していった。
人がたくさんいるせいで、緊迫した現場だと言うのにただ後ろで見ていることしかできない。
やがて救急カートが到着すると、手際よく乗せてあにきやりうちゃんたちは忙しなく走り去って行った。
相変わらず、こういう時のあにきはかっこいい。
後ろ姿を見送りながらそう感心していると、再度院内放送が流れた。
『ハリーコール、解除』
招集するときの放送よりは緊迫感の薄れた声音。
その音声を合図に、集まっていた何十人…いや百人を越えていたかもしれない。
それくらい大勢の人たちが、わらわらと散らばって帰って行く。
「俺らも戻るか」
何も手助けすらできず、立ち尽くしていただけの僕たち。
隣でいふくんがそう言ったから、「そうだね」と短く応じた。
「お前のラーメン、もう伸びきっとるやろうな」
ニヤリと笑って言ういふくんの言葉に、そうだった、と思い出す。
久々で楽しみにしていたラーメンだったけれど、これは誰が悪いわけでもないから仕方ない…うん。
何とか自分にそう言い聞かせる。
「あのラーメンいふくんにあげるよ。代わりに新しいの買ってよ」
「何でやねん。定食食っとったのにそんなに食えるか。しかも何で俺がお前におごらなあかんねん」
笑いながらそんな軽口を叩き合い、来た道を戻ろうとした時…だった。
「…、…!!!!!」
何を言っているのかまでははっきりと聞こえない、それでも確かな怒鳴り声が聞こえてきた。
持ち場に帰り始めた人混みの中、その声の主に聞き覚えがあって僕といふくんは同時にそちらを振り返る。
周りの職員たちも何事かと目を向けていた。
視線の先にいたのは、予想通り誰よりも目立つピンクの髪。
「ないちゃん…?」
これほど人がいるところで、彼が声を荒げるなんて珍しい。
どうしたのかと思ってよく見ると、彼が対峙しているのはうちの小児科の研修医2人だった。
「え、何…?」
目を見開いてそれを見守っていると、ないちゃんは最後に彼らに何かを言ってくるりと身を翻した。
白衣の裾がなびき、苛立ちが混じったように靴音を立ててこちらへ歩いてくる。
外科の病棟へ戻るんだろう。
地面を睨むようにしてつかつかと近寄ってきたないちゃんは、やがて立ち尽くしたままの僕らの目の前まできて顔を上げた。
僕と…ううん、いふくんに気づいて、その目がまた睨むように細められる。
「自分のとこのレジデント(研修医)の教育ぐらい、ちゃんとしとけ」
すれ違いざまに、いふくんに向けて不機嫌な声がそう告げた。
そしてそのまま、もうこちらを見ることもなく歩き去って行ってしまう。
「ないちゃ…」
呼び止めようとした僕の肩をぐっと引いて、いふくんが遮った。
代わりに彼は、さっきまでないちゃんやうちの研修医の近くにいたらしい事務員の女の子に声をかける。
「ごめん、何があったか分かる? 知っとったら教えてほしいんやけど」
急に声をかけられて驚いたその事務の子は、目を見開いて自分よりかなり背の高いいふくんの顔を見上げた。
そしてそれから、少し気まずそうに目線を落とす。
まだすぐ近くにいる研修医2人の耳に届かないように、彼らに背を向けてぽつりと話し始めた。
「あの研修医の先生2人の会話を聞いて、近くにいたないこ先生が怒っちゃって…」
「あの子たち何の話してたの?」
今度は僕が重ねて問うと、彼女はまた一瞬躊躇するように目を伏せた。
告げ口するようで気が引けるんだろう。
それでもいふくんの無言の圧を感じたのか、言葉を継ぐ。
「『ハリーコールでこれだけ大勢来たって、結局何かできるのは数人だけなんだからこんなに来る意味ねぇよな』って。 『多少サボったってバレなくない?』って…言って、ました…」
「…それは…」
あー、頭痛い…。
思わず自分のこめかみの辺りを押さえて、隣のいふくんを横目で見上げた。
こんな発言をするのがうちの科の研修医だなんて思いたくもない。
舌打ちでもして不機嫌さを表すかと思ったけれど、いふくんは意外にも普段通りに冷静なままで再び彼女に尋ねた。
「それで、ないこ先生は何て?」
「『ここにいる医師や看護師全員がそういう考えだったらどうなる!? 誰か行くだろう、自分が行かなくても誰かがやってくれるだろう、そんな甘えた考えで人の命が救えると思うな!』…て、いうようなことを仰ってました…」
おずおずと話す彼女の言葉に、僕は小さく息をついた。
…反論の余地もない、正論すぎる。
「分かった、ありがとう」
にこりと笑って、いふくんはお礼を言った。
それに少し頬を染め、彼女はぺこりと一度頭を下げるとそのまま小走りで去っていく。
…さて、どうしたものかな。
いふくんと相談しようかと思ったけれど、ちょうどその時例の研修医2人が僕らの近くを通り抜けるところだった。
すれ違いざまにその会話の声が耳に届く。
「んだよあのピンク、腹立つわ」
「他科のくせに口出してくんじゃねーっつーの」
怒られて逆ギレといったところだろうか。
まぁ確かに、公衆の面前でああも怒鳴られては周りの目もあり恥ずかしい気持ちにもなるのだろう。
それでもこれはさすがに見過ごせない。
「あのねぇ、君たち…」
そんなこと言ったらダメだよ、と声をかけようとした。
だけどそんな僕の隣で、僕が言葉を継ぐよりも早く、低く這うような声が響いた。
「…は?」
たったその一文字分の声だったのに、言いようのない圧に空気がビリと強張ったのが分かる。
その声に、研修医2人も驚いてこちらを振り返った。
僕といふくんがすぐ近くにいたことに、今初めて気づいたらしい。
「あ、いふ先生…」
「今何て言うた? お前ら」
ドスの利いたような声に、彼らが一瞬身震いしたのが分かった。
眼鏡の奥の目を細め、睨むように一瞥してからいふくんはわざとらしいくらいのため息を漏らす。
「2人共、ちょっとこのまま俺の部屋来て」
そう言って、彼らの返事を待たないままいふくんは身を翻す。
そして何かを思い出したかのように、最後に首だけをこちらに傾けた。
「ほとけ、俺の食器全部片づけといて」
「…あ、うん…分かった」
小さく頷いた僕の前で、研修医の2人はがくりとうなだれたようにいふくんの後について歩き出す。
ご愁傷様。
怒ったいふくんはないちゃんより怖いよ。………多分ね。
(続)