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こちらはirxsのnmmn作品(青桃)となります
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ご本人様方とは一切関係ありません
小児科医青×天才外科医桃
麻酔科医の赤さん
小児科の看護師水さん
のお話です
水視点→桃視点
食堂に戻ると、いふくんが残した日替わり定食の残骸と伸び切ったかわいそうな僕のラーメンが変わらずそこに残されていた。
うぅ…絶対もうおいしくないやつじゃん…。
でももう新しいものを買うのも何か違う気がするし、仕方がない。
覚悟を決めて冷たくなったラーメンを食べよう、そう思って箸を持とうとした時だった。
コトン、と、脇からトレイの上にお皿が一枚置かれた。
ラーメンを押しのけるようにして居座ったその皿の上には、僕がこの食堂で2番目に好きな卵サンドとミックスサンド。
目を丸くして顔を上げると、片手にトレイを持ったないちゃんがそこにいた。
苦笑いを浮かべながら「さっきのお詫びー」と言って、いふくんが座っていた僕の隣の席に座る。
「え、お詫び…?」
繰り返した僕の声を無視して、ないちゃんは自分の目の前にあるいふくんが残していったトレイを傍らに押しのけた。
「ここ、まろ座ってた?」なんて言って笑う。
よくわかるなぁなんて思ったけれど、ないちゃんの持つトレイに乗っているのがいふくんと同じ日替わり定食だったから何となく察してしまった。
…ただし、いふくんが食べていたものより小鉢のおかずが3つほど多い気はする。
「ないちゃん、お詫びって何で? 事情聞いたけど謝るのはこっちの方じゃん。ないちゃんは正しいこと言ったんだし」
言うと、ないちゃんはまた苦笑を浮かべた。
手を合わせて「いただきます」と声にしてから、左手に持った箸で器用に魚を一口サイズに切り分けていく。
「まぁ間違ったことは言ってないつもりだけどさ、あそこで大声で言うべきではなかったかな、って」
いふくんにも毎回感心させられるけど、ないちゃんもとてもきれいに食べるなぁなんて見ていて思う。
行儀よく上品に食べるのがいふくんなら、ないちゃんは皿の上に何も残らないくらいきれいに食べ尽くすイメージだ。
食べられない魚の骨と皮を丁寧に箸で取り除きながら、ふふ、と小さく笑って続けた。
「見苦しいところをお見せしました」
自嘲気味にふざけた口調で言うものだから、僕も少しだけ唇を持ち上げて笑い返す。
だけどないちゃんは次の瞬間にはすぐに笑みを消して、何かを思い出しているのか少しだけ遠い目をしたように見えた。
「完全に八つ当たりだった」
「八つ当たり…?」
予想だにしていなかったそんな言葉が飛び出したせいで、僕はまた目を丸くした。
そんなこちらを振り向きながら、ないちゃんは小鉢のおかずにも箸を伸ばす。
バキュームカーか何かのように、口の中へときれいに吸い込まれていくのは見ていてちょっと気持ちがいい。
「俺が高校生のときの話なんだけどさ」
もぐもぐとおかずを噛んで、飲み下す。
そして次のおかずを口に入れるまでの間に喋るものだから、ないちゃんはゆっくりとしたテンポでそう話し始めた。
「毎朝幼馴染と学校に行ってたんだけど、そいつが放っておくと全然朝起きれない奴でさ。毎朝俺が叩き起こして学校行ってたんだよね」
ないちゃんの話に耳を傾けながら、僕ももらったサンドイッチに遠慮なく手を伸ばす。
ミックスサンドの中に入っているきゅうりが、口の中でパリパリと音を立てた。
「ある時、そいつが一回だけ委員会の仕事があるとかで先に行ったことがあって。起こしてやらなきゃっていういつもの使命みたいなものがなくなって、完全に油断した。その日俺が寝坊しちゃったんだよね」
話が核に近づいていくせいか、ないちゃんは今度は一旦箸を置いた。
目の前の大きな窓の外に、見るとはなしに目線をやる。
その視界には緑いっぱいの公園や大きな街並みが映っているはずなのに、彼が意識を飛ばしているのはきっと目の前のそれではなく、過去の思い出なんだろう。
「慌てて学校に行こうとして、電車に飛び乗った。その日は1限の前の時間に小テストがある日でさ。絶対落としたくない教科だった」
だけど学校のある駅に着いて降りようとしたところで、ないちゃんは異変に気付いたらしい。
すぐ近くにいたおじいさんが、胸を押さえているのに気がついた。
苦しそうに目を固く閉じ、息が荒く浅くなっているのが分かる。
声をかけようとしたけれど、ちょうど電車が駅に着いてドアが開いた。
小テストのことが頭をよぎる。
そして気が付いたら、胸の内で躊躇いを残しながらも足はホームへと降り立っていたらしい。
「俺じゃなくても、きっと誰かが声をかけるだろう。電車の中にはこれだけ人がいるんだから、誰かが助けてあげるだろう。自分にそう言い聞かせながら、頭は遅刻を回避することでいっぱいだった。今思うと本当にくだらない。小テストを落としたところで死ぬわけじゃない。なのに高校生の俺にとっては、それでもそんなくだらないことが自分の世界の中心だったんだよ」
窓の外を見据えていた目が、ふっと伏せられる。
そんなないちゃんの胸の痛みが伝わってくるようで、僕は鼻の奥がツンとするのを実感した。
「学校には間に合った。小テストもちゃんと受けた。でも頭の中は自分が見捨てたおじいさんのことでいっぱいで、結局点数もボロボロだったよ。罪の意識に苛まれたのはテストが終わって少し冷静になった頃。胸を押さえて苦しそうに呻くあの人の姿が瞼に焼き付いて離れない。どうしよう、自分が見捨てたように周りの誰もが「誰かが助けるだろう」って知らないふりをしていたら。あのまま手遅れになって、命を落としていたら。怖くて仕方なくなった。もしかしたら、自分が無視したことで人が一人死んでしまったかもしれない」
下校時刻になって、ないちゃんは慌てて駅へ向かったらしい。
駅員さんを捕まえて、朝急病人が出なかったか尋ねた。
必死の形相の高校生に驚いたような顔をしながらも、駅員さんは教えてくれた。
確かに急病人が出て救急搬送されたけれど、周りの人が声を上げてすぐに対処してくれたおかげで命に別状はなかったようだと。
「すごいホッとした途端、足も手もぶるぶる震えてきてさ。それで誓ったんだよね、もう二度と知らないふりはしない。自分にも助けられる命があるかもしれないって」
そこまで言って、ないちゃんは再び置いていた箸を持ち上げた。
また自嘲気味な笑みを口元に浮かべる。
「だから、完全にさっきのは八つ当たりだよ。高校生の頃の自分が人を助けられなかったことに対する苛立ちを、あの研修医の子たちにぶつけただけ」
そう言って困ったように眉を下げて笑うから、僕の方が泣きそうになるのを必死でこらえた。
高校生の時のないちゃんの気持ちを考えたら、まるで自分のことのように胸が軋む。
「でも、ないちゃんは間違ったこと言ってないよ。おかげであの子たちも早いうちに大事なことに気づけたんだから」
はっきりとそう言い切る僕の言葉に、ないちゃんはわずかに片方の眉を持ち上げた。
そしてそれから、ふにゃり、と破顔する。
「うん…ありがと」
言い合わせたわけではなかったけれど、2人してお互いから目線を外し、前を向く。大きな窓の外を眺めるようにして遠い目をしながら、並んで残りの昼食をお腹の中に片付けた。
懐かしい話をしてしまったな、とは思った。
ただ、黙って聞いてくれていたいむが最後に告げた言葉に少し救われた気もした。
かなり遅くなったその日の仕事帰り、家の近くのコンビニに寄る。
もう今日はコンビニ弁当でいいや。
明日も忙しいし、さっさと食べて寝てしまおう。
そう思いながら店内をうろついていると、一番奥にある棚の前で見知った影を見つけてしまった。
青い髪を揺らす、そいつの目の前にあるのはどうやら酒の棚。
今日も飲むつもりかよ。そんなことを思うと思わず笑ってしまって、俺は静かにそちらに近寄った。
「おつかれー」
真後ろに立ってから声をかけると、まろはびくりと肩を揺らす。
持っていた酒の缶を落としそうになるものだから、2人して慌ててしまう。
「あっぶな、気をつけろよ」
「急に声かけてくるからやろ。びっくりするやん」
何とか寸でのところで落としかけた缶を持ち直し、まろはぶつぶつと文句を言った。
その手に持つかごにはおつまみやらまろが好きなチョコのお菓子やらが入っていて、医師なんて立場でありながらのその不健康さにまた笑ってしまう。
「飯食えよ、ちゃんと」
言いながら、俺はそのかごにぽいぽいと弁当や単品の総菜なんかを放り込んだ。
昔から俺の方がまろより遥かに食べる量が多い。
まろの好みそうな2色丼みたいな小さめの弁当もぽいと入れると、あいつは抗うこともなく甘んじて受け入れていた。
そしてそのまままっすぐレジへと向かう。
「何、奢ってくれんの?」
わざと声を弾ませて言ったけれど、まろは笑い返しはしなかった。
ただ一つ真面目な顔のまま小さく頷く。
そもそもまろはこういう時大体奢ってくれるけど、いつもならその前に「割り勘だ」とか「むしろないこが奢れよ」なんてふざけたりするのに、今日はその気配がない。
「今日はうちの研修医が迷惑かけたし、お詫び」
続いたまろのそんな言葉に、俺は思わず目をぱちぱちと瞬かせた。
すぐ隣の整った顔を見上げる。
「んぇ、別にそんなんいいのに。いやむしろ俺の方がお前にひどいこと言ったしね」
「あれは正論やん」
レジカウンターにかごを置くと、愛想のない店員がバーコードを通し始める。
ピッピッと聞き慣れたその音に耳を傾け、互いにそれきり黙りこんだ。
正論だとしても、完全に俺のあれは八つ当たりなんだよな。
こういうところが自分の甘さで弱さだとも思う。
過去を後悔して、未だに罪の意識に潰されそうになることがあるのは何も俺だけじゃない。
知ってるよ。俺のせいで、お前が「あの日何でよりによって委員会があったんだ。そんなもんさぼってでもないこと一緒にいてやれば良かった」って、今でも思ってること。
あの日委員会なんてなかったら、朝起きられないまろを俺が起こしに行っただろう。
そしていつも通り一緒に学校に通う。
そうしたら俺が遅刻を気にして慌てることもなかったし、たとえあのおじいさんに会ったとしても2人ならきっと見捨てるなんて間違った判断はしなかった。
…お前が今でもそんな風に思ってること、ちゃんと分かってるよ。
会計を終わらせて、並んで外に出る。
もう大分遅い時間だからか、道路に人通りはなく静かなものだった。
その静寂を破るように、俺は少しわざとらしい、いつもよりほんの少し高い声で先刻までの話の続きを引き取る。
「そう言えば後でいむに聞いたけど、まろがあの研修医の子たちを直々に説教したんだって?」
「…まぁ、それも俺の仕事やしな」
下の教育だからそれはそうだろう。
だけどまろは「…ほとけのやつ、いらんこと言うなよ」なんてぶつぶつとひとりごとのように不満を転がしている。
それを聞いて、少しだけ彼らに同情に似た気持ちが湧いた。
自惚れるわけじゃないけど、俺が話に絡んだ時に怒ったまろは、静かな圧がけをしてきて相当怖いに違いない。
「…ありがとな、まろ」
夜の冷たい風を頬に受けながら、ぽつりとそんな言葉を継ぐ。
すると目を丸くしたまろが、「いやだからそれは俺の仕事で…」なんて見当違いな答えを返そうとした。
…違う、そうじゃないんだよ。
俺が礼を言いたいのは、お前が今でも俺と同じように共感して胸を痛めてくれること。
あの時、学校が終わって下校する時に俺のために必死になって一緒に駅員さんに尋ねに行ってくれたこと。
自責の念に駆られてどうしようもなく落ち込んでしまった俺の頭を、ずっと撫でて傍にいてくれたこと。
今日もあの研修医たちの言葉に、俺が過去の罪を思い出して息苦しさを覚えているのに気づいてくれたこと。
あの時からこれまで、そうやってずっと寄り添い続けてきてくれたという、そんな事実の方だ。
それでもそれを全て口にするのは、きっとまろの望んでいるところではないと知っている。
だから言葉を飲み込み、全然別のことを口にした。
「まろ、今日はやっぱり酒飲むのやめない?」
言いながら、すっと横に手を伸ばす。
ちょんと触れ合ったそれをどうしようか一瞬ためらっていると、まろの大きな手が当たり前のようにぐっと引いた。
「何、どしたん」
首を傾げながらこちらに目線を送る。
眼鏡の向こうの目が俺の真意を探るように…それでも優しく細められた。
「どうせなら、素面のまろに抱かれたいじゃん」
互いに酒を飲んだときの勢いと流れだけのセックスも嫌いじゃないけれど。
今日はどちらかと言うと、クリアな思考回路で自分に向けられるまろからの感情をただ享受したい。
「明日手術入ってなかった? ないこ」
「差し支えない程度に頑張る」
だからお前もほどほどに頑張れよ、なんて揶揄するように言うと、まろは「んはは」と楽しそうに声を上げて笑った。
多分、この先もずっと俺が抱えている罪の意識は消えることはない。
救える命が増えて、自分なりの償いができるようになったら、いつの日か薄れることはあるかもしれないけれど。
それでも完全になくなることはきっと一生ないだろう。
でもそれも全て、きっとお前が半分背負ってくれるんだろうな。
まるで自分が傷ついたみたいな、自分があの時のことを悔いるような気持ちで…。
「俺、まろとは一生一緒にいる気がするわ」
心の内で思うこと全ては口にできるわけがなくて、ただ集約されてしまうそれだけを声に乗せる。
瞬きを繰り返した後、まろはふっと柔らかく笑ってみせた。
「離れる理由も、そうしたい気持ちも一切ないからなぁ」
当然のような響きを持つそんな言葉が、あっさりと返ってくる。
…ほらな、やっぱりお前も俺と同じこと考えてるじゃん。
長年一緒にいたせいか、もう自分の半身にでもなっているような気分だ。
未来に続く2本の道を想像しては、この先もきっと分かたれることはないんだろうななんて思う。
多分これから何年後も何十年後も、互いの手を掴んでいるんだろう。
そう思うと、今握り返すこの手に力がこもる。
それに気づいたまろがふっと嬉しそうに微笑むから、まるで中学生の初恋みたいに胸がきゅっと音を立てた。
それが自分でもやけに気恥ずかしくなって、握力テストさながらぐぐぐ、と更に全力で力をこめる。
「痛い痛い痛い」
そう言いながらもまろは、その手を振り解くことはない。辺りに響きそうなくらいの大きな声を立てて笑っていた。
コメント
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制作者さんマジで神続きお待ちしてます♥