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第20話:地下に眠る“歌のない枝”
都市樹のさらに下、
記録も届かず、光も通わぬ**“根下層(こんかそう)”**。
そこは、古い命令すら記録されずに失われていく沈黙の空間。
だが、あるひとつの枝だけが、今も形を保っていた。
「これが……“歌のない枝”」
ルフォは思わず息を飲んだ。
金の羽に付いた湿気が重く、
尾羽の褐色が、苔に似た細い根に触れていた。
眼前に広がるのは、
枝とは思えない静けさを持つ、異常な構造物。
音の反響もなければ、命令を拒む反応すらない。
まるで、“生きることを選ばずに、ただ存在している”ような枝。
シエナがそっと前に出る。
ミント色の羽は、ここでは青黒く見え、
尾羽はまるで光を吸収しているかのように、沈黙したままだった。
肩のウタコクシは、わずかに翅を震わせた。
けれど、音も共鳴も発さず、ただ空気の密度を感じ取っている。
「……この枝、記録にも、命令にも、共鳴にも、一切反応していない」
ルフォの言葉に、空間が応えない。
だが、近づいた瞬間――
枝の先端が、わずかに開いた。
何かを呼び込むのではなく、
「ずっと待ちつづけていた存在」に対する反応。
そこに見えたのは、
一本の未使用の棲家構造。
誰も住んだ痕跡はなく、
命令も、歌も、匂いも、記録されていない。
だが、確かにその枝は、
「誰かを受け入れる形」をしていた。
「……これは、歌うことを前提にしていない棲家だ」
ルフォは羽をたたみ、
尾羽でそっと地面をなぞる。
反応はない。
けれど、その無反応こそが、
「誰にも命令されずに用意された」ことの証明だった。
シエナは、尾脂腺から静かに香りを漂わせる。
その香りは「はじまり」と「空っぽ」を含んだ、ごくわずかな青実の匂い。
すると、枝の奥が、ほんのわずかに“震えた”。
それは動作ではなかった。
ただ、誰かがその香りに似た存在を待っていた記憶だった。
この“歌のない枝”は、
命令されることを拒んだのではない。
命令の意味が分からない誰かを、最初から受け入れるために存在していた。
それは、「歌わなくてもいい」と伝える棲家。
どこにも記録されない、
それでもずっと、誰かを待っていた場所。
ルフォが小さく笑った。
「……もしかして、こういう枝が都市の“基礎”だったりするのかもな」
シエナは尾羽で一回、光を反射した。
それは「うん」の返事だった。