ここは日本。かつて平和“だった”國
眩しい朝。会いたくなかった太陽。重たい体。もう何もかもが煩くて、体をゆっくりと起こしたのは、日本国岡山県に在住する中学生、国本蘇。蘇と書いてヨミと読む。こんな変哲な名前も大嫌いだ。こんな日常なんてなくなればいいのに、明日に世界が滅亡すればいいのに、となんとも物騒なことを思っていた蘇だが、どこか心の片隅で、こんな変哲のない日常も続いていくのではないかと期待していたのだった。
感じていた平和。果たしてそれは何だったのかと蘇は思う。あんなに退屈だった時が懐かしかった。
中華人民共和国が軍事侵攻してきたのはつい一ヶ月前で、突拍子もないものだった。経済面でも弱り、政府への不信感を抱いた国民の間に付け込もうと入り込んできた訳である。
しかし当初日本はアメリカが守ってくれるだろうという謎の信頼感に抱かれて、束の間の平和を過ごしたが、やはりアメリカがまともに動いてくれるはずもなく、呆気なく九州地方を占領し、日本に急接近、福岡から山口へ伸びた関門橋から本州への進行を宣言している。自衛隊はあくまで米軍が来るまでの間接材であり、攻撃に適したわけではない。自衛隊はあまり役立つことが期待されない。
………と、以上がテレビやラジオ内で公表されている情報である。表向きでは本当に大変で、対策をしていないようにも見えたが、日本に限ってそんなことは決してない。実際、いくつか計画が出されている。まず一つは憲法の改正だ。第九条さえ無くなればという意見をもつ政治家も少なからずいるもので、これさえ無くなれば他の国と協定や同盟を結び、武器を手に戦うことだってできるわけで、反撃可能になる。二つ目は早いうちの無条件降伏。こればかりは中国の言いなりにならない保証はなく、日本という国もろともなくなり日本省なんかになってしまうかもしれないが、犠牲者の少ない方法としては一つの手だ。三つ目、これはもしかしたら君達は信じがたいかもしれないが、まず松代大本営跡を知っているだろうか。長野県信州にあるもので、大日本帝国という国が戦争が激化するなか、朝鮮人も巻き込んで強制労働を行い、作らせた地下であり、ここに大本営や皇居などを移す予定だった…らしい。つまりそこを再活用し、簡単に言うと日本国民大疎開作戦である。こんな情報が入ってくるのは蘇の父が内務省で働く議員?らしきものなためであって、蘇はそのような話題に直接関わったことがない。
そんな物騒な話題を聞いてもまだ戦争なんて言葉は程遠くて、憲法だって、なくなるもんかと思っていた。でもそれは平和ボケした頭が戦争という言葉を避けていただけであった。
総動員でタイサク
結果を下したのは中華人民共和国侵攻から四ヶ月も経ってからだった。テレビのカメラマンも新聞記者も、会見こぞって聞き入り、どんどん質問を投げつけた。結果は賛否両論のものであったから。つまり、三つ目の松代大本営跡に疎開することが決まったのである。正直私は疑問符が頭の上にずっと浮かんでいて、これは夢なんじゃないかとかエイプリルフールであるだとか思っていた。松代大本営跡はテレビで見たことがあるが、太陽が見上げてもなくて、薄気味悪くて足場の悪い、デメリットしか目につかない場所だった。なぜ政府がこの決定を下したのかもよくわからないが、もしこれが本当なら、と大きな不安が頭を侵食していった。
政府の動きは速い。これが日本クオリティだろうか。中華人民共和国からの恐怖から逃れようと、どんな場所にしろ安全な場所を求めていた日本人達は、なにかに追われるようにして速攻に準備を終えた。松代大本営跡に移るための準備を。
私も既に引っ越しの準備を終え、空になった家を出た。父と母、それに弟は先に出ていった。つまり私が一番最後という訳だ。私の住所は松代大本営、松田町、二丁目、2-11となっている。住所と地図だけ渡されても、それがどこだかいまいちわからなかった。
「ヨミちゃん!あんたやっと来たのかい?」
誰かと思えば近所の佐藤さんだ。
「あ、まぁ…準備に時間がかかって…。」
元気のない声で言った。
「あんたちゃんと食ってるんだろうね?元気がないじゃないの。あ、それと、ヨミちゃんはうちん家の近くよ?」
良かった。知ってる人が近所らしい。
「そうですか、それは良かったです。その…父と母と弟は先に来てましたかね?」
迷子になってないか、少し不安だった。なんてったって父は方向音痴だ。
「あー、きみちゃん達は先に来てたね。大和君も一緒だったよ。」
とハイテンションで佐藤さんは言った。…全く、この人のテンションにはついていきにくい。
「じゃあヨミちゃんも来るかい?どうせわかんないだろ?」
佐藤さんは優しく手を引いてくれた。
「ありがとう…ございます。」
ざわざわと皆忙しそうに準備しているのにも関わらず、コツコツと靴の音が響く。いつ見てもとても不気味だった。壁にはなんか鉄の棒?みたいなのが刺さっているし、時々湿っている。下にはレールが引いてあるところもあった。なにに使っていたのか…。
「着いたよ。」
佐藤さんは立ち止まった。岩にドアが立てつけられている。見るからに狭そうな部屋だった。
「きみちゃん!ヨミちゃんを連れてきたよ!」
佐藤さんが叫ぶと、きみちゃん―私の母は出てきた。
「無事に来れて良かった!」
と母が言ったのと同時に弟の大和が出てきた。
「ねーちゃん!」
私よりも良い運動神経と頭。恵まれた顔。私より何もかも秀でているのに家族は私を大切にしてくれた。よく弟ばかり贔屓するなどという家庭を耳にするが、私は本当に恵まれていると感じる。…佐藤さんに関してはちょっとノーコメントだ。
「さ、夕食を作っているわよ。荷物は一旦置いて早く入りなさい。佐藤さんも食べていきますか?」
母は優しく言う。
「じゃあお言葉に甘えようかね!」
佐藤さんは元気に返した。
「ねーちゃん!今日はカレーだよ!」
大和ははしゃぐ。
嗚呼、どこに移っても家族は家族。結局幸せな日々が続くだろ。
学校の友達
ここ、松代大本営跡へ引っ越してきて何日か経った。眩しい太陽がなくたって、毎日朝はとても憂鬱だ。寧ろその気持を大きくさせる。
「ヨミー!朝よー!」
向こうで母の声がする。起き上がるのを面倒くさがっていたら大和が起こしに来た。
「ねーちゃん早く起きろよ!学校遅刻するぞ!」
こんなところに来ても変わらずにある学校。
佐藤さんは特別な例として、全く違う県の人だって近くに引っ越してきた。ということは学校もクラスがガラッと変わる訳だ。人間関係が苦手な私としては本当に憂鬱で仕方ない。
少し古い洗面台で歯を磨き、ショートカットの髪を整える。新しい学校の制服は玄関にかかっていた。
「え゙…ダッサ…。」
第一印象はこれだ。緑の細長い棒タイに紺色の重いジャンパースカート。芋臭いったらありゃしない。でもこんなものにだって親が働いたお金がかかっている。仕方なく着ることにした。全身鏡を見てまた絶句する。地味に私に似合っている気がするのだ。もう…本当に嫌だ。全部。
朝はチーズトーストだった。チーズが伸びて面白いと思っていると、大和が
「ねーちゃん、チーズどっちが伸びるか勝負な!」
くだらない勝負を仕掛けてきた。でも弟がまだこんなに可愛らしいことが嬉しくもある。
「……くっそ!ねーちゃんの方が伸びてる!」
「まあねーちゃんだからね。」
結局この勝負は私の勝ちだ。くだらないけど、負けず嫌いなのでつい意地を張ってしまう。
私は鏡に向かって自分に聞かせる
「この世で一番幸せなのは、結局私なのです。」
ニヤリとした口元を誰も見ることはなかった
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