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#茜
💎星乃葵@ペア画中.ᐟ💎
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りおりんご🍎
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今中希美
28
その使いが、舜太の宿舎を訪れたのは、初雪の降った夜のことだった。
外套の肩に雪を積もらせた男は、名も告げず、一通の書状だけを差し出して、深く頭を下げた。
蝋に押された印を見て、舜太は、わずかに目を細めた。
太陽を貫く一本の矢。黒の第一王子の紋だった。
文面は、短かった。
北の部族の件で、話がある。弟の目の届かぬ場所で、三日後、国境の古い烽火台にて。
それだけだった。
「受けるか否かは、お任せすると、主は申しております」
使いは、返事を待たずに、雪の中へ消えた。
舜太は、書状を、燭台の火にかざした。
紙の端が、橙色に縮れ灰になって落ちた。
第二王子に知れれば、裏切りと取られる。
それは、分かっていた。
それでも、舜太の指は、迷わなかった。
あの男の話を、聞かなければならない。
二人の王子の危うい均衡のうえに、自分は立っている。
自分が立つ場所さえも、まだ、選べない。
出立の朝、柔太朗は、中庭に立っていた。
腕に、畳んだ外套を抱えている。
「どこへ?」
「国境の視察や。数日で戻る」
口から出た言葉は、驚くほど滑らかだった。
柔太朗は、少しの間、舜太を見つめた。
それから、腕の外套を差し出した。
「雪になるそうだから」
白の職人の手による、厚い毛織りだった。
縁に、小さく、月の意匠が縫い取られている。
「……ありがとう」
「気をつけて」
それだけだった。柔太朗は、何も尋ねなかった。
それが、かえって、重かった。
門を出てから、太智が、静かに言った。
「柔太朗様には」
「言うな、なにも」
太智は、言いかけた言葉を、飲み込んだ。
外套の肩には、まだ、柔太朗の部屋の香の匂いが、残っていた。
国境の烽火台は、雪の荒野の只中に、黒い影のように立っていた。
かつて、赤と黒の境で、狼煙を上げるために築かれた砦だという。
今は、見張りの兵もなく、石壁の隙間から吹き込む風が、低く唸っていた。
太智は、馬を繋ぐ場所で待つことになった。
舜太は、一人、軋む扉を押して、中へ入った。
石造りの部屋には、暖炉の火が、赤く燃えていた。
その前に、毛皮の外套を羽織った男が、椅子に深く腰を掛けている。
屈強な体躯。獲物を値踏みするような眼光。
以前、向き合ったときと、何も変わっていなかった。
護衛は、扉の外に二人だけだった。
「来たか。元、王子」
「お招きに、与りました」
舜太は、扉の内側で、一礼した。
第一王子は、顎で、向かいの椅子を示した。
「弟には、何と言って出てきた」
「国境の視察、と」
「従順な駒は、出がけの言い訳まで、手際がいいことだ」
皮肉だった。舜太は、表情を変えなかった。
「以前、お会いしたとき、あなたは俺に、駒としての分をわきまえろと、おっしゃいました」
「言ったな」
「根絶やしにする、とも」
「取り消す気は、ない」
第一王子は、杯を傾けた。
「だが、あの時の俺は、お前を、ただの敗残の王子としか思っていなかった。すべてを奪われた非力な王子と。……今は、違う。駒にも使い道がある。使い方次第で、盤上の形が変わる駒もある」
舜太は、黙って、その言葉を受け止めた。
「お前の父は、見事だった」
不意に、第一王子が言った。
「城壁の上で、最後まで剣を振るっていた。矢を受けても、膝をつくまで、退かなかった」
舜太の指が、膝の上で、強く握られた。
あの夜の城壁が、目の前に蘇る。
燃える矢。
崩れ落ちる父の背中。
声にならなかった、自分の叫び。
すべてを奪われてただ逃げた、夜。
「戦だった。謝る気はない」
「……求めておりません」
声は、驚くほど平らだった。
「ただ、その話を、ここで、おっしゃるとは思いませんでした」
「お前が、取引の席につく以上、避けて通れる話ではない」
第一王子は、舜太を、まっすぐに見た。
「憎んでいるだろう。それで、いい。憎しみで判断を曇らせるような男に、用はない」
舜太は、数拍、黙った。
それから、静かに言った。
「憎んでおります。それでも、ここに座っております」
第一王子の口元が、わずかに動いた。
「本題に入ろう。弟の狙いを、お前は、どこまで分かっている」
「後継を、傍系から立てるおつもりのようです」
「それだけか」
第一王子は、杯を置いた。
「あれは、王になるつもりはない。王を作るつもりだ。子のない身で、傍系の若造を王座に据え、自分は、その後ろで、権力を握り続ける。……そのために、お前の領土と軍と交易網が、要る」
「……」
「お前に、黒の血を引く養子を迎えさせようとしているのも、同じだ。赤と黒の国を、内側から、一滴の血もだ流さず、弟の手の内に収めるためだろう」
舜太は、息を止めた。
その話を、自分は、まだ、誰にも話していない。柔太朗にさえ。
「……どこで、それを」
「俺にも、耳はある。弟の天幕にも、お前の宮廷にも」
第一王子は、愉快そうに、笑った。
舜太は、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
この男の網は、自分が思っていたよりも、遥かに広い。
自分が立っている危うい場所は、ずっと見張られている。
「俺の話は、単純だ」
第一王子は、続けた。
「俺が王になった暁には、赤と黒の国の独立を、実体で認めてやる。名ばかりの庇護ではない。兵も、税も、後継も、お前が決める」
「見返りは」
「継承争いで、お前が中立を保つこと。弟に兵を貸さず、交易の便宜も与えない。それと、北の部族への派兵だ。三千は出させるな」
舜太は、表情を動かさなかった。
「春まで動かさないとは、すでに第二王子に約束しております。それは、俺の都合です。あなたのためではありません」
「理由は、どうでもいい。結果が、同じならな」
第一王子は、薄く笑った。
「書付が、要るか」
「いりません」
舜太は、即座に答えた。
「あなたが王になれるかどうか、俺には分かりません。なれなかった男の約束は、何の値もない」
「俺に面と向かって言うとは、正直だな」
「正直なほうが、取引は、長続きします」
第一王子は、声を立てて笑った。
「弟が、お前を気に入るわけだ」
暖炉の薪が、ぱちりと爆ぜた。
「もう一つ。白の王子のことだ」
空気が、わずかに張りつめた。
「噂は、聞いている。職人も工芸品も交易網も、あの王子が、実務を握っているそうだな」
第一王子は、杯の縁を指でなぞった。
「王は、一人でいい。富を集め、配る者が二人いれば、配る先が割れる。お前は、赤と白と黄の王だ。ならば、白の実務も、お前が握るものだ。伴侶に預けているというのは、王が二人いるのと、変わらん。
「………」
「お前の赤い国は、なぜ亡びた?権力の分散は、いつか脆く綻ぶ。国を取り戻したお前が気付いていないとは言わせない。……白の王子は、お前の弱み、だ。」
舜太は、答えなかった。
「咎めているのではない。実を取る男は、嫌いではない」
第一王子は、薄く笑った。
「ただ、俺が王になれば、弱みを問う。弟が、とうに問うているようにな」
「白の国は、あの人のものです」
舜太は、思わず、そう言っていた。
声が、低くなった。
「俺が握るものでは、ありません」
第一王子は、何も言わず、舜太を見ていた。
その沈黙の中で、舜太は、ふと、気づいた。
自分は、あの人の大事なものを守るために、そう言った。
そのはずだった。
けれど、同じ頭の片隅で、白の国を取引の札として、数えていなかったか。
あの人を、自分の弱みとして、数えていなかったか。
その考えを、舜太は、すぐに押し込めた。
「お話は分かりました」
舜太は、背筋を伸ばした。
「あなたも、第二王子も、俺に求めているのは、同じです。俺を自分の駒にすること。違うのは、駒を置く盤面だけ」
第一王子の目が、細まった。
「どちらの駒にもなりません」
舜太は、静かに、はっきりと言った。
「どっちにも従わへん。俺の国は、俺が決める」
部屋に、風の唸りだけが響いた。
「中立は、約束できます。ただし、あなたへの借りとしてではない。俺の意志としてです。そして、独立の条件は、こちらから示します」
舜太は、一つずつ、指を折った。
「軍は、一方的な徴発ではなく、相互防衛の協定に改める。出兵は、双方の合意が前提です。内政と後継は、黒の王族が口を出さない。交易と外交は、合意で決める。……黒との断絶を求めているのではありません。従属だけを、終わらせたいのです」
第一王子は、しばらく、黙っていた。
それから、喉の奥で、低く笑った。
「可愛げのない男だ」
「恐れ入ります」
「考えておく。……期待は、するな」
「しておりません」
二人の間に、信頼はなかった。
あるのは、互いの力を認める、冷たい均衡だけだった。
それでも、卓の上には、取引の余地が残った。
砦を出ると、雪はいっそう激しくなっていた。
太智が、凍えた手で、馬の手綱を引いて待っていた。
肩に、雪が厚く積もっている。
「……どないでした」
「取引の余地は、残った。それだけや」
馬に乗ろうとして、舜太は、鞍にかけた手が、微かに震えていることに気づいた。
太智も、それに気づいた。
「手え、震えてますやん。……父上のことですか」
「関係ない」
舜太は、短く答えた。
それから、しばらくして、付け加えた。
「……ある、な」
太智は、何も言わなかった。
ただ、黙って、舜太の肩の雪を払った。
雪の中を、二騎は、ゆっくりと南へ向かった。
柔太朗の縫った外套は、温かかった。
あの人に、何と話そうか。
国境の視察だったと言い、それ以上は、何も言わない。
それが、自分に許された、最も簡単な道だった。
けれど、嘘は、一つ増えるたびに重くなっていく。
舜太は、胸元の鎖を握り、銀の月を、衣の上から確かめた。
振り返らない。
前だけを見て、雪の道を進んだ。
コメント
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うわあ、今回のエピソードめっちゃ重くて良かった…!第一王子との対話、特に舜太の父親の話が出たとこ、グッときた。あの場面で「憎んでおります。それでも、ここに座っております」って言い切る舜太、かっこよすぎる。「どっちにも従わへん」って関西弁混じりの決意も痺れた〜。柔太朗が何も聞かずに外套を差し出す静かな優しさも、切ない。危うい均衡の上でどっちの駒にもならない覚悟、すごく響いた🔥 次が気になりすぎる!