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「おはよう。」
「お、元貴。…おはよ。」
「わっ、あ、元貴、おはよ〜。」
今日は、いつもと少し違う、どこかよそよそしい二人の朝の挨拶から始まった。
キッチンで何かゴソゴソやっていた背中に声をかけた瞬間、二人は揃ってビクッと肩を跳ねさせて、間の抜けたような顔で振り返った。
「あ、あの…元貴、花壇の水やりお願い出来る?」
涼ちゃんに至っては、今までそんな事、ぼくに頼んだ事なかったのに、口どもりながら『花壇の水やりをお願い』と言い、その明らかに怪しい態度に気付いてはいながらも、ぼくは涼ちゃんのお願いを叶えるために玄関から庭に出た。
ホースを手にして蛇口を捻る。
水が勢いよく飛び出す音だけが、静かな朝に響いた。
まあ、二人が何をコソコソしてるのか、本当は分かってるんだけどね。
朝イチでスマホに届いていた、母親からの【誕生日おめでとう!】の文字。
そう、今日、9月14日は、ぼくの19歳の誕生日だ。
だからきっと、朝から妙に落ち着かない二人は、ぼくの誕生日をお祝いしようとしてくれてるんだと思う。
水やりを終わらせたぼくは、ベランダの窓を開け、まだキッチンでなにやらやっている二人に声を掛けた。
「ぼく、ハンモックでのんびりしてるから、朝ご飯出来たら教えてー!」
どう?ぼくって優しくない?
声を掛けた事で、二人も安心して準備ができるはず。
案の定、キッチンからは『おっけー!』と若井の明るい声が返ってきた。
未だに乗る時のバランスがよく分からないハンモックに恐る恐る手を付き乗り込むと、揺れと格闘しながらも、何とか寝転がった。
「ふぅっ。」
一息吐いて落ち着くと、ぼくはゆっくりと目を閉じた。
まだほんの少し揺れているその感覚が、心地よい。
朝の光は、やっと落ち着きを取り戻したように優しくて、
頬をなでる風には、ほんの少しだけ秋の匂いが混じっていた。
その穏やかさに包まれていると、自然と頬がゆるんでしまう。
今日は、いい一日になりそうだ。
そんな事を思いながら、ぼくは久しぶりに“一人の時間”を満喫する。
思えば、いつも誰かしらと一緒に過ごしているぼく達は、8月に入ってからは、寝る場所も一緒で、一人になる時間って、お風呂やトイレの時ぐらいだったような気がする。
だから、こうして一人で何もしないでぼーっとしたのは、本当に久しぶりだった。
自分でも分かってるけど、ぼくは寂しがり屋だと思う。
だから、このいつも誰かがいる生活に、息苦しさを感じたことは一度もなかった。
でも、こうして一人で風に吹かれていると、たまには“ひとりの時間”も悪くないかも、なんて思ってしまう。
そのうち、またハンモックに揺られに来ようか…なんてぼんやり考えていたら、リビングの窓がガラガラッと開いて、若井と涼ちゃんがひょこっと顔を出した。
「「ご飯出来たよー!」」
二人の元気なその声に、自然と笑顔になる。
そんな自分に、やっぱりぼくは、根っからの寂しがり屋なんだな、と改めて思った。
「ありがと。今、行くー!」
・・・
パンッ!パンッ!
キッチンに行くと、扉の前で待ち構えていた二人が、笑顔でクラッカーを鳴らして出迎えてくれた。
「わあっ、びっくりしたあー!」
「「元貴っ、誕生日おめでとう!!!」」
「わー!ありがとうー!…って、気付いてたけどね。」
やっぱり二人がコソコソしていたのは、ぼくの誕生日をお祝いしてくれる為だったらしい。
嬉しい気持ちがこみ上げてきたけど、ちょっと照れくさくて、つい『気付いてた』なんて、可愛げのないことを言ってしまった。
言った後に、(せっかくサプライズで準備してくれたのに、嫌な事言っちゃったかな…)と思ったりもしたけど、二人はそんなの全然気にしてない様子で…
「ほらー。やっぱり一緒に住んでんのにサプライズは無理あるって言ったじゃーんっ。」
「あはは、やっぱ無理があったねぇ。でも初めて祝うお誕生日くらいサプライズしたいじゃない〜。」
そんな風に、サプライズがうまくいかなかったことを笑いながら話す二人を見て、ぼくは改めて、 この二人に出会えて、本当に良かったなぁ、なんて思ったりした。
「さっ、朝からご馳走だよ〜!」
ひとりで勝手にしんみりしていたところに、元気な声と一緒に涼ちゃんが肩にポンっと手を置いてきた。
そして、そのまま導かれるようにダイニングテーブルへと連れていかれる。
「わあっ、めちゃくちゃ豪華じゃん!」
椅子に腰を下ろし、目の前に広がる“これぞパーティー”という感じの料理たちを見渡す。
ピザ、お寿司(生魚な苦手なぼくの為に、玉子多め)、オードブル、そしてなぜかラーメン(これは絶対に若井が頼んだやつだと思う)まで。
思いつく限り頼みました!って感じのラインナップに、思わず吹き出してしまった。
「よく朝からこんなに用意出来たね。」
お祝いしてくれるんだろうな、とは思っていたけど、まさかここまでとは。
ぼくが目を丸くしてそう言うと、若井と涼ちゃんは声を揃えて…
「配達員さんに感謝だね!」
と、満足そうに笑った。
「「「いただきまーす!!!」」」
豪華な朝食を食べながら、今日は何するのかと聞くと、若井がニッと笑ってこう答えた。
「それは元貴がやりたい事だよっ。」
なにそれ?と思わずぼくが首を傾げてると…
「今日は、ゲーム三昧です!」
涼ちゃんが両手を広げて宣言するように言った。
続けて若井が、少し得意げな顔で言う。
「どうせ暑いからって、元貴はどこにも行きたがらないと思ってさ。」
「よく分かってんじゃん!」
そう言って、ぼくは思わず若井にハイタッチをした。
・・・
今日はお菓子と朝に食べきれなかったご馳走達をリビングのテーブルにずらりと並べていく。
あとは飲み物だけだったので、ぼくはコーラを取りに冷蔵庫に行こうとしたら、涼ちゃんにパッと腕を掴まれ引き止められた。
「元貴は主役なんだから!ゆっくりしてて!」
慌てるようにそう言う涼ちゃんに、『ああ、まだ何かあるんだな』と察しが付いたぼくは、飲み物は涼ちゃんにお任せして、素直にソファーへと戻る。
まあ、冷蔵庫に近付けさせたくないって事は、きっとケーキが入ってるんだろうな。
そう思ったけど、それは流石に言わずにおいてあげることにした。
その後はいつも通り、白熱した戦いを繰り広げて、気付けば太陽の代わりにお月様が空に浮かんでいた。
部屋の中はすっかり暗くなり、テレビの光に照らされたテーブルの上には、もはや食べ物の姿はほとんどなかった。
「タイム!ちょっとトイレ!」
さあ、もう一狩り行こうか…というところで、若井がソファーから立ち上がり、小走りでリビングを出ていった。
そして、しばらくしてキッチンの扉が開くと同時に、どこからともなく“HAPPY BIRTHDAY”のメロディが流れはじめた。
ロウソクの灯ったケーキを手に、にやにやと笑いながら若井が登場する。
ケーキの存在なんてすっかり忘れていたぼくは、不意打ちの演出に思わず笑ってしまい、ゆらゆら揺れるロウソクの灯りに照らされながら、ちょっと照れくさそうに顔をほころばせた。
「改めて!元貴、お誕生日おめでとう!」
「おめでと〜! 」
「…ありがとっ。」
二人からの『おめでとう』の言葉がやっぱり嬉しくて、 ぼくは、ロウソクの火を吹き消す前に、ほんの少しだけ、その灯りを見つめていた。
フーッ、とロウソクを吹き消すと、若井がソファーから立ち上がり、リビングの電気をパチリと点けた。
急に明るくなった室内に、目がチカチカする。
瞬きを繰り返しながら目の前のケーキに視線を戻すと…
暗がりでは気づかなかった“それ”の正体に、ぼくは思わず息をのんだ。
なんと、目の前に置かれていたのは、二人が作ってくれた手作りのバースデーケーキだったのだ。
イチゴが苦手なぼくのために、イチゴの代わりにバナナがたっぷりと盛り付けられていて、
ふわふわの生クリームの上からは、チョコレートソースがとろりと流れている。
バナナの優しい黄色とチョコの濃い茶色が混ざり合った、ちょっと不格好だけど、どこよりも“ぼく専用”なチョコバナナケーキだった。
「…これ、作ってくれたの?」
ぼくがそう尋ねると、若井と涼ちゃんは顔を見合わせて、照れたように笑った。
「うん。夜中にこっそりねぇ。」
「生クリーム泡立てるの、マジで腕パンパンになったー!」
ふたりの笑い声に、ぼくの胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
「…ありがとう。めっちゃ嬉しい。」
そう言うと、ふたりはまた笑って、ぼくの肩をぽんぽんと叩いた。
何気ないやりとり。
でも、こんな風に祝ってもらえる今日という日が、どこよりも特別に思えた。
三人で仲良く、不格好な、だけど今まで食べたどのケーキよりも美味しいケーキを食べていると、ふいに涼ちゃんが、『実は!これだけじゃないんです!』と言って、モグモグと口を動かしながらリビングを出て行った。
涼ちゃんの後ろ姿と、にやにやしている若井を見ながら、『 これ以上、何があるんだろう…』と不思議に思っていると、涼ちゃんは少し小さめのデコレーションされた袋を手に戻ってきた。
その明らかに“プレゼント”であるそれを見ると、ぼくは思わず声を上げてしまった。
「まじで?!」
だって、豪華な食事に手作りケーキまで用意してもらって、もうそれだけで、胸がいっぱいだったのに。
それに加えてプレゼントまで用意してくれてたなんて…。
「誕生日って言ったらプレゼントでしょ!」
「そうだよ〜。でも、ちょっと予算オーバーで、僕の若井との合同プレゼントなんだけどね。」
そう言って、涼ちゃんはほんの少しだけ申し訳なさそうに眉を下げた。
けれど、ぼくにとっては、食事もケーキも、その準備の時間も全部がプレゼントだったから、逆にこんなにしてもらっていいのかな…と、胸の奥がじんわり熱くなってしまった。
「…開けてもいい?」
涼ちゃんからプレゼントを受け取ると、ぼくはそわそわと二人に目をやった。
「もちろん!」
「開けて開けてっ。」
二人のその言葉に、早速わくわくしながら袋を開けていくと、中から小さな箱が出てきた。
「わあ!これ、欲しかったイヤホンだ!!!」
箱のパッケージを見た瞬間、少し興奮してしまった。
手の中にあるその小さな箱は、最近発売されたもので、自分でも買おうかずっと悩んでいたものだったからだ。
きっかけは、前に涼ちゃんに借りたイヤホンだった。
「良かったぁ。前に、元貴に僕のイヤホン貸した時に、“これいいね!”って言ってじゃない?それで、最近、あのイヤホンの最新版が出たから、これがいいかなって。」
「でも、これ結構高いよね…? 」
「そ!だからおれと涼ちゃんの合同プレゼントって事。」
「喜んで貰えて良かったぁ。」
涼ちゃんはホッとしたように笑い、若井はどこか得意げに腕を組んでいた。
正直、欲しかった物が貰えた事は、もちろん嬉しいけど、それ以上に、あの時に何気なく言った一言を涼ちゃんが覚えてくれていたことが、何よりも嬉しくて堪らなかった。
ぼくはプレゼントを胸に抱えたまま、改めて二人を見て、ぎゅっと気持ちを込めて言った。
「涼ちゃん、若井!本当にありがとう!」
こんなふうに胸がいっぱいになった誕生日は、きっと初めてだ。
こんなにも大切にされてると感じた一日は、他にない。
だから、ぼくの中でこの日が、間違いなく“最高の誕生日”になった。
・・・
日付けが変わる少し前。
今日一日はしゃぎすぎて、お腹もいっぱいで眠たくなったぼく達は、いつもより少し早めに布団に入っていた。
「ねえ、元貴。今日の誕生日、どうだった?」
右隣から涼ちゃんの声がする。
「…うん、最高だったよ。」
そう答えると、少し間を置いてから、左隣から若井の声が続く。
「来年も、その次も、毎年祝ってあげるから。楽しみにしててよ?」
「ふふ、じゃあ、ずっと一緒に居てもらわないと困るねっ。」
涼ちゃんの笑い声がして、ぼくも思わず小さく笑ってしまう。
きっとこの先も…
嬉しいことも、ちょっとした喧嘩も、照れくさい気持ちも全部含めて、三人で過ごしていけたらいいな、と願いながら、ぼくはそっと目を閉じた。
こうして、夜の静けさと、隣から聞こえる二人の寝息に包まれながら、ぼくの19歳の誕生日は、ゆっくりと静かに終わっていった…
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