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このもどかしさが胸にキュンって刺さります💘 続き楽しみにしています!
「おはよう。」
「おはよ。」
「おはよ〜。 」
窓の外は、急に秋の気配をまといはじめていて、 夜のエアコンも要らなくなり、ようやく暑さの終わりが近づいてきたように思う。
ぼく達の、長いようで短かった夏休みも、今日で終わりを迎えようとしていた。
今朝も変わらず、涼ちゃんの微妙なスクランブルエッグを食べながら、夏休み最後の日をどう過ごそうかと話していたその時…
事件は起こった。
「そういえば、元貴、課題終わったの?」
それは、若井の何気ない一言。
ぼくは得意気に指を折りながら、1つずつ出された課題を終わらせた事を告げていくと、最後に若井が『え?』と声をあげた。
「課題とレポート合わせてやらなきゃいけないのって全部で5つじゃない?」
「え…4つじゃなくて?」
「いや、英語の演習問題が抜けてるじゃん。」
「え、英語ってレポートだけじゃなかったっけ?」
「いや、演習問題もあるって。」
「…ガチ?」
「ガチ。」
こうして、ぼくの絶望した気持ちと共に、夏休み最後の日の幕が切って降ろされた。
・・・
「ねえー、なんでもっと早く教えてくれなかった訳?!」
「はいはい。文句言ってないで頑張れー。」
「寄りにもよって演習問題とはねぇ。…あ、そこ間違ってるよ。」
「てか、若井はもう終わってんだよね?!見せてよ!そしたらすぐ終わるじゃん!」
「それが、人にお願いする態度なのかなー?」
「ぐぅっ…。」
「元貴、自分でやんないと力になんないよ?教えてあげるから頑張って。」
「もおー!涼ちゃんって無駄に真面目だよね?!」
「ほらほら、口じゃなくて手を動かすー。」
「ううー!若井嫌い!」
若井と口喧嘩して、涼ちゃんにたしなめられながら、ぼくはなんとか課題を進めていく。
本来なら、夏休み最後の日はのんびりゲームでもしながら過ごそうと思っていたのに、思い描いていたものと、真逆の過ごし方をしている今、過去の“うっかり者の自分”を心から恨んだ。
お昼ご飯は三人でカップラーメンを啜り、ササッと済ませ、午後に突入。
午前中はぼくを見守ってたのに、飽きたのか、若井は一人でゲームをし始め、ぼくの味方は、午後も変わらず、ぼくの面倒を見てくれている涼ちゃんだけになった。
「えーん!涼ちゃん優しい。涼ちゃん大好き。」
「あはは〜。僕も元貴の事大好きだよぉ。」
午後も、半泣きになりながら問題を解き続け、最後の問題にようやく辿り着いた頃には、窓の外がすっかりオレンジ色に染まっていた。
「だあー!終わったあー!!! 」
何とか日が沈む前に終わらせたことに、ぼくは自分で自分を褒めたくなった。
そして、最後までずっと付き合ってくれた涼ちゃんには、心の底から感謝の気持ちでいっぱいだった。
「涼ちゃーん!ほんとにありがとうっ!」
思わず勢いよく抱きつくと、涼ちゃんは優しく笑って『お疲れ様〜』と呟きながら、背中に手を回してポンポンと撫でてくれた。
その手のぬくもりが思いのほかくすぐったくて、 自分からハグしておいてなんだけど、なんだか顔が熱くなるのを感じたぼくは…
「…ぼく、これ片付けてくるね!」
赤くなっているであろう顔が見られる前に、机に広げた勉強道具をバッと抱えて、慌ててリビングを後にした。
自室で、明日の準備を整えた後も、なんだか胸がわさわさして落ち着かなかったぼくは、リビングには戻らず、そのまま廊下を抜けると、玄関を開け、日が暮れ始めている外に出た。
そして、風に吹かれ、少しだけ揺れているハンモックにゴロンと寝転がった。
ここは、最近のぼくのお気に入りの場所だ。
空を見上げれば、夏の名残と秋の気配が、同時に流れているような気がする。
今日で夏休みが終わる。
それだけで感傷に浸るには十分だった。
今年の夏は、本当に色んな事があった。
笑って、泣いて、また笑って。
……胸がドキドキして、時には苦しくなって。
初めての感覚に戸惑って、悩んで…
でもその全部が、ちゃんと“ぼくの夏”だった。
この前の夜、涼ちゃんが冗談めかして言った言葉。
そして、それに対する若井の答え。
『んな訳ないじゃん。』
その一言を聞いてから。
その時から、ほんの少しだけ。
本当に少しだけだけど、ぼくの中で何かが変わり始めた気がする。
例えば今日もそうだった。
課題が終わってなかったと気づいたとき、 ぼくが真っ先に助けを求めたのは、涼ちゃんだった。
今までなら、若井に泣きついて、 涼ちゃんに咎められても、丸写しでなんとか済ませていたと思う。
だけど、今日は、そうしなかった。
どうして?と聞かれても、うまく答えられない。
ただ…無意識に、そうしていた。
まるで、“選ばないようにしてる”みたいに。
それが、何を意味してるのかは、まだ自分でも分からないけど…
けれどきっと、ぼくの中で、何かが少しずつ動き出している。
そんな、気がしている…
「こんなとこに居たんだ。」
ふと、聞き覚えのある声が聞こえ、目を開けると、そこには若井が居た。
今の今まで若井のことを考えていたぼくは、 なんとなく気まずいような、落ち着かないような気持ちになった。
「うん。疲れちゃって。」
そう言って、いつものように笑ってみせたけど、上手く笑えてたかはよく分からない。
「ちょっと詰めて。」
若井は、いつもと変わらない調子でそう言うと、ハンモックに手をついた。
どうやら、一緒に寝転がるつもりらしい。
断るのも変だし、ぼくは少しだけ横にズレると、若井のスペースを空けてあげた。
「ありがと。」
若井はそう言うと、隣にゴロンと横になった。
二人ともTシャツ姿だから、むき出しの腕が自然と触れ合う。
その瞬間、ぼくの胸が…..ドクン、と跳ねた。
思わず息を呑んで、そっと横目で若井を見る。
若井は、黄昏時の淡い光に照らされながら、静かに空を眺めていた。
横を向いているから表情は分からないけど、 少なくとも、ぼくの動揺には気付いていないらしい。
そう思ったら、少しだけ、ホッとした。
若井はそのまま、ぼくとは目を合わせずに、ぽつりと呟いた。
「今日、先におれを頼ったら見せてあげたのに。」
そう言う若井の表情はやっぱり分からないけど、口調はいつもの若井で、からかいにでもきたのかと思い、ぼくは、少しだけ悪ノリした感じで返した。
「えぇー?なに?涼ちゃんを頼ったから嫉妬でもした?」
それは、自分の中のわずかな後ろめたさを誤魔化すつもりでもあった。
そして、若井からは笑いながら否定する返事が返ってくると思っていた。
それこそ、『んな訳ないじゃん』って。
だけど、若井から返ってきたのは予想もしなかった一言だった。
「うん。そうかも。」
そう言って、若井は首を回して、空からぼくに視線を移した。
若井と目と目が合う。
若井の顔には、ふざけた様子なんて微塵もなくて、ぼくは思わず息を呑んだ。
真っ直ぐで、静かな瞳が、隠していたぼくの心の奥を覗いているようで、慌てて若井から目を逸らした。
「元貴の面倒を見るのはおれの役目だしさー。ふっ、惜しいことしたねっ。」
でも、次の瞬間からはいつもの若井に戻っていた。
片方の口の端をちょっとだけ上げて、からかうような笑顔を浮かべる。
あの真剣な表情なんて、まるで幻だったみたいに。
「意地悪!もう!大変だったんだから!」
ぼくも、それに応えるように声を張って返す。
さっきの“あの一瞬”に触れるのが怖くて、なかったことにするように。
でも、胸の奥の違和感は残ったままで…