テラーノベル
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休日の朝、莉月はまだ夢の世界にいた。枕に顔を埋め、微かな寝息を立ててうとうとと揺られている。外は柔らかな朝日が差し込み、静かな空気が部屋を満たしていた。
――そのとき、信じられない悲鳴が隣の家から響いた。
「うわぁああああっっ!?!? なんだこれぇぇええ!!!」
莉月は瞬時に目を覚まし、布団を蹴り飛ばして立ち上がった。
間違いない。幼馴染の優希(ゆうき)の声だった。しかし、ただの寝坊やゲームの叫びではない。どこか、血の気が引くような切迫感と混乱が混ざった、まるで世界が崩れるような声だった。
「……まさか、何かあったのか?」
寝間着のまま玄関を飛び出す。冬の空気に触れて身震いしつつ、莉月は急いで隣の家の方へ駆けた。廊下を駆け抜ける足音に、心臓が早鐘のように鳴る。
そして窓がバンッと開く。そこに立っていたのは――
「……え?」
優希の顔立ちは変わっていない。目も鼻も口も、幼馴染そのもの。しかし身体は、昨日までとはまるで違っていた。肩は細く華奢で、腕も柔らかく、腰のラインは緩やかに丸みを帯びている。髪はふわりと艶やかに揺れ、胸元も間違いなく女性の形になっていた。
目が吸い寄せられる。自然と視線が胸や体のラインに向かい、頭の中が真っ白になる。
「……お、お前……胸あるじゃん……」
思わず口に出てしまった。無意識だった。見るつもりはなかった。だが、現実が目の前にあるのだ。手も動いてしまい、胸や肩のラインを無意識に追ってしまう。
「ちょっ、どこ見てんだコラァ!!」
バシッ!と肩を叩かれ、莉月は「いってぇ!」と声を上げた。
優希の顔は真っ赤で怒りと困惑が入り混じっていた。
「ご、ごめん! いやだって……急に女になったら、目が行くのも仕方ないだろ!」
「普通じゃねぇよ! 変態かお前は!」
莉月は慌てて視線を逸らす。昨日までのイケメンの優希が、今では目の前で可愛い女の子になっている。現実感がなく、心臓が落ち着かない。
「とにかく……どうすんだよ、これ」
「俺が聞きてぇわ! 朝起きたらこうなってたんだよ!」
優希は半泣きで莉月の袖を掴む。その手は柔らかく、小さく震えていた。
「なあ莉月、幼馴染だろ!? 男に戻る方法、一緒に探してくれ!」
莉月は深く息を吐き、額を押さえる。
「……わかったよ。とにかく落ち着け、優希。順番に整理しよう」
心の奥では動揺と不安が渦巻いていた。昨日まで“イケメンの優希”だったのに、今は“可愛い女の子”になっている。声も、体温も、肌の感触も、全てが現実だった。
とりあえず家の中に招き入れ、リビングで座らせた。
「……まず、服だな」
優希の目が床を見つめる。パジャマは胸元が浮き、身体に合わなくなっている。細すぎて腕の部分もぶかぶかだ。
「はぁ……どうすんの、これ」
「とりあえず落ち着け。俺が手伝う」
莉月は優希の肩に手を添えて、パジャマの袖をまくり直す。
優希は少し顔を赤らめたが、抵抗せずにじっとしている。
胸元のラインに触れた瞬間、莉月は思わず視線を逸らした。
「……ま、まずい……見ちゃった……」
「ちょっと、また見ただろ!」
優希は手で莉月の胸を軽く叩く。痛みではなく、怒りと照れの入り混じった感触。莉月は顔を真っ赤にして俯いた。
「ご、ごめんって! 本当に無意識だったんだ!」
「信じられねぇ……まったく……」
二人のやり取りを聞きながら、莉月は心の中で小さくつぶやく。
“なんで俺、こんなにドキドキしてんだ……?”
落ち着いたところで、二人は今後の方針を話し合った。
「学校、どうするんだ?」
「とりあえず今日は休む……? でも、ずっと家にいるわけにもいかない」
莉月は机の上に資料を広げ、考え込む。
「……うーん、学校に行くなら、誰かに説明しないとまずいな」
「いや、無理だろ……。女になったことをクラスに言えるわけない」
優希は膝を抱えて小さくうなだれる。
「じゃあ……どうすんだよ、莉月。俺、男に戻らなきゃいけないのに……」
莉月は少し考え、やがて提案した。
「とりあえず、誰かの親戚とか、いとことかってことにしてごまかそう」
「いとこ……か」
優希は目を細め、少しだけ頷いた。
「光希……とか、どうだ?」
「……うん、いいんじゃないか。それで行こう」
こうして、優希は学校では“光希”として過ごすことになった。
男に戻る方法を探すまでは、莉月と二人で協力してこの状況を乗り切るしかない。
朝のドタバタが落ち着いた後、二人は窓の外を見つめた。
小鳥がさえずり、太陽がゆっくりと昇っていく。
けれど、昨日までの世界はもう戻らない。優希は確かに女になってしまった。
莉月の胸の奥には、幼馴染としての感情と、なんとなく特別な感情が混ざり合う。
一方の優希も、不安と戸惑いの中に少しだけ、どこか楽しみのようなものを感じていた。
――こうして、莉月と光希の奇妙な日常が静かに、しかし確実に始まったのだった。
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