ぜーぜー息を切らしながら、歩に引っ張られ、元来た道を歩いていると、浜辺から大きな声が聞こえてきた。
「おーい、ヤスヒロ~! 出ておいで」
もしかして、さっきの小さい男のコを、捜しているのかもしれない。
「歩、声のするほうに行こう。人助けをするぞ」
「えっ!? 何で?」
「困った人がいたら助けるのは、当り前のことだろ」
すぐに、親父のところに行きたくなかった俺は、無理矢理な理由をつけて、声が聞こえてきた浜辺に、勇んで足を踏み入れた。そんな俺の後ろを、渋々といった感じでついてくる歩。
目の前には最初にこの島で見たイケメン漁師と、山で見かけた細身の男性が手を繋いでいる姿が目に飛び込んできた。
大きな声を張り上げるイケメン漁師に連れられ、細身の男性がどこか困った表情を浮かべながら何か言いかけるところに、無理やり割って入るべく、息を大きく吸い込む。
結構、勇気がいることを理解して戴きたい……だってふたりは、仲良さそうに手を繋いでいるのだから。見るからにふたりの世界を満喫中って感じだしね。
「あのさ人捜し、手伝ってやろうか?」
辺りに響き渡る俺の声に、ぎょっとした顔で振り返りながら、慌てて手を離したふたり。イケメン漁師がじぃっと俺の顔を見つめ、小首を傾げて口を開く。
「……周防先生の息子さん、ですか?」
初見でそれを見破るとか、親父の顔の広さに呆れ果てるしかないな。
「やれやれ。この島では親父のせいで、悪さができないね。内地で小児科医をしている、周防武と言います。コイツは連れのバカ犬」
面倒くさくなり歩の自己紹介を省略してやったら、バカ丸出しの顔をしてくれた。いつもながらの反応に、内心笑ってしまう。
「ちょっ、それって酷くない!?」
「自己紹介くらい自分でやれよ。だからいつまで経っても、バカ犬呼ばわりされるんだ」
そんなやり取りをしている俺たちを、細身の男性が口元を押さえて笑いを堪えていた。さっきまで悲壮な表情を浮かべていただけに、和んでもらえて何よりだ。
「こちらこそ、紹介が遅れてしまって済みません。島で漁師をしている、井上穂高と言います」
「えっと弟の千秋です。はじめまして」
なるほどねー。まったく似ていないから兄弟に見えなかった。むしろ、恋人同士かと思ったんだけど――
「看護学生の王領寺歩です、はじめましてです……」
ふてくされながら自己紹介した歩の後頭部を、振りかぶって殴ってやった。
「あだっ!」
「ちゃんと笑顔で挨拶しろ。よく見てみろ、目の前にいる元ホストの眩しすぎる笑顔をさ! 見習ってほしいくらいだ」
イケメン漁師に向かって指差しして言ってやると、ますますぶーたれる歩。困ったヤツだな、もう……。話題を変えてやるか、仕方ない。
「内輪揉めはこれくらいにして、人捜ししてるんでしょ? もしかしてさっき山にいた、小さい男のコだったりする?」
「そうなんです。かくれんぼして遊んでいたんですが、ちょっと事情があって……」
言葉を濁しながら告げる千秋くんに、隣にいるお兄さんが瞳を細めて遠くを見渡した。
「隠れられる範囲が大体定まっているんですが、いかんせん体が小さいコなので、深みに嵌っていたりしたら、大変なことになっているかもと。あ、葵さん。スミマセン!」
視線の先に女の人がいたらしく、声をかけながら手をあげる。息を切らしながらやって来た綺麗な女の人は、俺たちを不思議そうな顔して見つめた。
「井上さん、康弘に何かあったんですか?」
「男のコの母親です。葵さんこちらは、周防先生の息子さんの周防武さんと――」
「看護学生の王領寺歩といいますっ、はじめましてですっ!」
俺の檄が利いたのか、間髪いれずに自己紹介した歩。それを見て、千秋くんがぷっと吹き出す。
「はじめまして……あの、それで康弘は?」
「俺とかくれんぼしてたんですけど、なかなか見つからなくて。捜すのが下手なのかな」
千秋くんは表情を引き締めながら男のコのお母さんに説明し、隣にいるお兄さんに視線を飛ばす。その視線を受けて、お兄さんは柔らかく微笑みながら口を開いた。
「千秋、いつもの場所は全部捜したのかい?」
「うん。あ、だけど一箇所だけ入れなかったんだ。海の水が満ちたせいで、その場所まで入れなくて。だから康弘くんも、入れなかったと思うんだけど」
「……もしかして、そこにある岩穴のことかい?」
指を差した先にそれがあったんだけど、潮が満ちたせいで岩の見えてる部分が少しだけの状態だった。
(――イヤな予感しかしないぞ、これは……)
「ついこの間、岩場に足を挟めてケガをしたことがあったの。だからもう近づいちゃダメって、言ってあったんだけど」
男のコのお母さんが言い終えない内に、岩場に向かって駆け出していくお兄さん。俺と同じように、感じたのかもしれないな。
「ねぇ千秋くん、君が捜し始めてから、どれくらいの時間が経っているかな?」
名残惜しそうにお兄さんの背中を見つめていた千秋くんに、そっと訊ねてみる。
「多分、5分以上は経ってます」
「そうか。結構時間が経っちゃってるよね。お見合いパーティ宜しく、自己紹介しあっていたし」
5分以上10分未満……だといいけど。
そんなことを考えながら、体を動かすべく屈伸を始めた。山を登ったり下りたりして、充分にこなれていると思ったけど、念には念を入れなければ。
「なにしてんの、タケシ先生?」
アホ面丸出しで、歩が訊ねる。
「心肺蘇生前の準備運動。結構、体力使うからね」
「心肺蘇生って、あの……?」
最後の深呼吸をすべく、うーんと腕を伸ばしながら言うと、男のコのお母さんの顔色がざっと青ざめた。
「あちこち捜して、見当たらなかった。残るはそこにある岩場だけってことは、お子さんのいる確率が高いですよね。だけど大丈夫ですよ。大人よりも子どもの方が、水難事故に関しては救命率が高いんです。体が覚えているんですよ。お母さんのお腹にいたときのことをね。それに――」
気合を入れるために頬をぱしぱし叩いて、改めて向き直って告げたら、多少不安げな表情が和らいだ気がした。
それを確認してから波打ち際に足を進めて、海の水温を計るために手を突っ込んでみる。
――指先がびりびりするくらい、海水が冷たい。
「海水浴に適さないこの低い水温が、お子さんの脳障害を防ぐ役割をきちんと果たしてくれるだろうから」
「悪いっ、手間取ってしまった!」
俺の言葉にかぶさるように大きな声を張り上げながら、男のコを抱えたお兄さんが、突如岩場から出てきた。
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