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駅からタクシーに乗ると一華に連絡を入れた。

揺られること10分。

郊外に佇む一華の家は、広々とした庭に囲まれ、青いプールが煌めいていた。

外観は洗練されていて、周囲の自然と調和している。

周りに民家はなく、森に囲まれた静かな環境は芸術家として活躍している一華にはとても良い環境に思えた。

「いらっしゃい千尋」

一華は門の前まで出迎えに出てくれていた。

「素敵なお家ね。まるで映画で見る家みたい。私のお家とは大違い」

一華の後に続き敷地に入り玄関まで行くと若い男性が重厚な木の扉を開けた。

「いらっしゃい一華のお友達の千尋さんでしょ?」

「はっはい、初めまして!一華、こちらは?」

長めの前髪をセンター分けした、日本人離れした美男子。

年齢は二十代だが私より若い感じだ。

「ルイっていうの、私のパートナーってとこかな。パリに住んでいた頃から一緒に住んでいるの」

「日本風に言えば居候です」

ルイ君がくしゃっとした笑顔で言った。

「い、居候?」

どういう関係だろう?

「私は食事の準備をするから。ルイ、千尋をアトリエに案内してあげて。あそこなら暇つぶしにはなるだろうから」

「ウィ。さあ、どうぞこちらへ」

ルイ君に促されて玄関に入る。

薄暗い照明に包まれた玄関は、どこか神秘的な雰囲気を漂わせている。

奥へ続く廊下の壁には、幻想的な絵画がいくつも飾られ、一歩足を踏み入れると、まるで別世界へと誘われるような感覚に陥る。

「この絵は?」

一つの絵に目が留まった。

暗い森で火を囲んだ裸の女性たちが踊ったり宙に浮いている。

鶏を掲げて片手に刃物を持った者もいる。

中央の一段高いところに大きな窯が炊かれていて、女性が二人で何かを煮込んでいる様子が描かれている。

他の絵は大勢の天使が描かれたり、聖母マリアとあるのに、明らかにこの中では異質に感じた。

「これは私が描いたの」

「一華が?絵もこんなにすごいのね……」

女性の顔はどれも歓喜の表情を浮かべている。

炎に照らされた一糸まとわぬ体は艶めかしく肉感的で、煽情的だ。

見ているうちに彼女たちの声が聞こえてくる錯覚を覚えた。

「これはなにをしているの?」

「サバトよ。魔女の宴」

「魔女……」

「中世の魔女狩りで多くの魔女が殺された。でも魔女と言っても私たちと同じ人間だったの。異質なものを恐れ排除する『正気の者たち』による狂気の犠牲者」

私はしばしその絵に見入ってしまった。

「でも本当に魔女がいたんじゃないかって思ってる。本当の魔女は絶対に見つからないし誰にも気がつかれない」

一華は本当の魔女を描いたのだろうか。

改めて絵に魅入った。

「行きましょう。千尋」

一華に声をかけられて我に返る。

廊下の突き当りにある扉を開けると、眩しさに思わず目を瞑った。

「ここはリビングです」

大きな窓から圧倒的な陽の光が降り注ぐ。

玄関から廊下までが薄暗かったためか必要以上に明るく見える。

窓の外には緑豊かな庭と、陽光を受けてキラキラと輝いている青々としたプールが見える。

天井は高く、部屋は30畳ほどの広さがあり、手前には上質な革張りのソファがゆったりと配置され、奥に10人は座れそうなテーブルがある。その脇にもう一つテーブルあり、花が活けてある花瓶と、黒い布をかけられた大きな何かが置かれている。なんだろう?

私が聞こうと思ったら「キッチンはリビングの奥にあるから後でね」と、一華は微笑むとリビングの奥にあるキッチンに入っていった。

「アトリエにはここを抜けていくんですよ」

リビングの奥、キッチンの反対側にある扉を開くと薄暗い廊下に出た。

つきあたりにある扉を開くと、私の目の前には燦燦と降り注ぐ陽光を反射するかのような青々とした芝生が一面に広がっていた。

表からはわからなかったが母屋の裏に一華のアトリエが建っている。

中庭を突っ切る形で続いている渡り廊下を歩いていると、あるものが目についた。

「あれは?」

中庭の隅に大きな犬小屋があり、中には精悍なドーベルマンが三匹いた。

ほんのわずかだが独特の臭いが風に乗ってくる。

「うちのガードマンです。いくら郊外でも最近は物騒ですから」

ルイ君が笑って言う。

アトリエも天井が高く広い。大きな窓が配置されてふんだんに陽の光を取り入れている。

中央に大きな作業台が置かれ、その横に大きな粘土彫刻が置かれていた。

「これが今現在取り掛かっている一華の作品です」

「すごいですね……見ているだけでぞっとするくらい」土台の上に裸の女が二人、争うようにしながら虚空の一点に手を伸ばしている。顔は必死の形相。土台にはまだスペースに余裕がある。千尋は鬼気迫るものを作品から感じ取る。

「千尋さん。僕に敬語なんか使わなくて良いですよ。その方が僕も楽なんで」

「そう?」

「いい香り…素敵な香水ね」

「一華が調合してくれるんです」

「この前ホテルでも嗅いだかな」

「一華とペアなんですよ」

「ああ、じゃあ一華がつけてた香りね。でもホテルでは微妙に違う感じがしたから」

ルイ君はニコッとして首を傾げた。

アトリエから奥に続く倉庫へ案内されると、今まで一華が手掛けた彫刻や絵画があった。

そのどれもが素晴らしい。

昼食が出来上がったので三人テーブルに着いた。

「すごい料理ね!ホテルでも思ったの。一華の料理って味も盛り付けも芸術的だわ!」

「料理が好きでやっているうちに上達したの」

「だから僕たち、ほとんど外食はしないんです。一華の料理の方が三ツ星レストランよりおいしいですから」

「ルイ。いいすぎ」

一華が苦笑する。

「いつもこんなお料理を作って食べてるの!?私には真似できないけど羨ましい」

料理に目を奪われていたが、一華の後ろにさっき気になった布をかけられたものがあるのに気がついた。

「あれはなに?さっき来たとき気になったの」

「あれね。ルイ」

促されてルイ君が立ち上がり、布をとる。

「あれって、もしかして中学のときに全国コンクールで受賞した作品だよね!覚えてる!」

1メートル四方のごつごつした岩のようなものから無数の棘のようなものが出ている土台から、無数の手が絡み合いながらある一点に向かって、なにかを掴もうと伸びている。タイトルは「蜘蛛の糸」

「本当に天から垂れ下げられた蜘蛛の糸が見えるみたい……昔も見たけど今見てもすごい作品ね」

「これが私の原点。これを作ったから今の私があるの」

「さっきルイ君に連れられて行ったアトリエにあった作品も同じコンセプトのもの?どこか似ている気がしたから」

「さすが千尋はわかってくれてる。そうなの。日本に帰ってきた新しいスタートとしてもう一度作ってみようと思って。これほどふさわしい作品はないわ」

改めてみると、この作品の凄さがわかる。

一華がこの作品を作るのにどんな情念を込めたのかはわからない。

だけど見た人の心をとらえて離さない。

そう。まるで蜘蛛の糸を掴もうとする手に自分の心臓を掴まれるような。

恐さに魅入られて他のものでは満足できない。

そういうものがこの作品からは滲み出ているような気がした。

「狂人の業よ」

「狂人……?」

一華が何を言っているのか、私は首を傾げた。

「私の個人的な感覚だと、着想から完成まで集中力を持続させる。それって常軌を逸した状態だと思うの。ある種の異常さ、狂気的なもの」

「そんなこと」

「私が言っている狂人、狂気というのは悪いことではないわ。所謂、狂人のイメージはここ数百年の間に積み重ねられてきたもので、大昔なら狂気は理性を越えた神がかり的なものだった。例えば神を降ろしてその言葉を伝える巫女とそれを信じる人たち。大昔は神聖なものでも今の価値観で言えば、狂気的な状態だし、それを信仰するのも狂っていると思われる」

一華の言葉を私は黙って聞き入っていた。

私の周りにこういう価値観でものを話す人はいなかった。

もちろん、昔の一華も。

「こういう言葉があるの。狂気は、未開の状態では発見されることはありえない。狂気は、ある社会のなかにしか存在しない。つまり、狂気というのは、狂気とされるものを孤立させるような感情のあり方、狂気とされるものを排除し、つかまえさせるような反感、嫌悪のかたちがなければ存在しないってね」

「そんな難しいこと考えてるの?」

私の知っている一華から、今目の前にいる一華に強い興味がわいた。

「ミシェル・フーコー。フランスの哲学者。他にも思想史家、政治活動家、作家と様々な面を持っている人の言葉よ」

「なんだかとっても難しいお話ね。ただ、私が今の話で感じたのは、社会で認知されなければ、可視化されなければどんな狂気も存在しないのかなって。社交的で内の狂気に人の皮をかぶせていれば自由に狂気の翼を羽ばたかせることができる。例えば赤ずきんの狼みたいに成りすまして……あっ!あれはばれちゃったんだっけ」

「そうね。でも千尋の感じたこと、私は正しいと思う」

一華は笑いながら言った。

「ちょっと話が難しくてついていけないよ。もっと軽い話しようよ」

ルイ君が言うと一華は口に手をあてて笑った。

「ねえ、変な質問なんだけど、二人は本当どういう関係?パートナーって?恋人同士とはまた違うの?」

話題を変えようと思い、一華とルイ君のことを聞いた。

「普段は面倒だから、恋人ってことで紹介しているけどね。なんだろう、こうして一緒に住んでいるし、体の関係もあるけど、だからといってお互いを縛らない関係ってことかな?」

「でも、縛らないとは言っても好きは好きなんでしょ?普通の恋人とどう違うの?」

「例えば、私が誰と遊ぼうと寝ようとルイが誰と遊ぼうと寝ようと、お互い自由。干渉しない。欲しくなったら互いに求めればいい。そういうことよ」

「それってセフレってこと?」

「ううん。セフレはただの玩具。そこに人格とか必要ない物。でも私とルイは互いの人格は認めている。だからこうして一緒に住んでいられるの。こういうのも理解されなければ狂ってるように見えるのかもね」

一華はクスッとすると私を見た。

「私にはできないなあ……どうしても干渉しちゃう。それに明さんを裏切るのも嫌だし……」

「背徳感が香しい毒酒になるんじゃない?それか退屈へのスパイス」

「そんなそそのかさないでよ」

そう言って笑ってから続けた。

「でも、いいなって気持ちもあるの、こんな素敵な家に素敵なパートナー、そして自由。そういうのに憧れちゃう自分がいる。何が嫌ってわけじゃないんだけどね、今の生活。私は満たされているんだけど、明さんのことも愛しているし、でもなんかが足りない、どこか退屈で、このまま時間が経っていくのか、そんな不安があるの」

「ねえ、私のアートスクールに通ってみない?」

「スクール?」

「ええ。彫刻が主体だけどスクールを開催してるの。生徒は千尋みたいに専業主婦の方が多いから新しい友達もできるだろうし、殻を破るきっかけになるかも」

「私の殻?」

「そう。殻」

ゆで卵をエッグスタンドから手に取ると、優雅な手付きで殻をむく一華。

その瞳が私をとらえて離さなかった。

一華の家で自分だけが美味しい料理をいただいたのが、明さんにちょっと申し訳なく思ったのもあり、夕食を頑張った。

私にしてはここ最近ではかなり手が込んでる。

幸いにも今日は明さんの帰りがいつもより早かったので二人そろっての夕食がとれた。

「なんだかいつもより御馳走だね。どうしたの?」

「ううん。ただ、明さんが久しぶりに早く帰ってこれるからうれしくて」

「ごめんね。いつも帰りが遅いから千尋に一人で食べさせてしまう」

「いいのよ。お仕事なんだから。私はそういうの平気なの。でも二人一緒ならうれしいのはあたりまえじゃない」

「千尋」

ふいに明さんが私を見つめて呼ぶ。

「いつもありがとう」

私ははにかんで首をふった。

2人での食事は会話が弾み、今日、一華の家に言った話題になった。

「凄かったのよ!一華の家!もうドラマか映画に出てくるみたいな素敵な家なの!」

スマホで撮った写真を見せた。

「それはすごいね!」

「それに一華は料理もプロ顔負けなの。私なんて恥ずかしくなるくらい!私ももっと勉強しなくちゃ」

「いいよ。千尋の料理は今でも十分美味いし、俺は好きだな」

「ありがとう明さん」

食事が終わり二人で晩酌をした。

「アートスクール?」

「そうなの。一華が開催しているの。誘われてね。私、通ってもいいかな?」

「かまわないけど、千尋がそういうことに興味があったなんて知らなかったよ」

「興味っていうか、これも何かの縁だし。知らないことをやってみるのもいいかなって。それに生徒も私みたいな専業主婦が多いんだって」

「そうなんだ。そういえば小川さんはご結婚は?」

「彼女、縛られるのが嫌みたい。でも一華がもしも選ぶ男性がいたらきっと素敵な人なんだろうな……明さんみたいに」

一華が選ぶ相手は明さんの様に素敵な人。

私はそのことをもう一度繰り返した。

夜も更けて、ベッドに入ると求め合った。

昼間の二人にあてられたのか、なんだか自分でも今日は昂っている。

心の高揚は体の反応にも比例した。

私が昂れば明さんも興奮するのか、いつもよりも私を求める行為は激しかった。

ねえ一華。あなたの気持ち、私はずっと前から気付いていた。気付いて知らない顔をしていたの。あなたにもわからないように。そんな私を見てあなたはどうだったんだろう?それをずっと考えていたの。あなたが私の前からいなくなっても。

私の心臓をつかむあなたの手が冷たくも温かい~収穫祭~

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