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まなこ〜友
117
#ますしき
T
5,800
二週間後。私は新幹線で久しぶりに地元へと戻って来た、…のだけれど。
改札を出ても、迎えを頼んでいたはずの雅の姿が見当たらない。
嫌な予感がして電話をかけるが、何度鳴らしても一向に出る気配がなかった。それどころか、二回目には通話を切断された。
五回目もダメなら、今日のお祝いはなし。近場のホテルにでも泊まってやる、とそう心に決めてかけた五回目で、ようやく相手が電話に出た。
「ねぇ、あんたどこ」
『寝坊した』
「彼女の帰って来る日くらい時間通りに来なさいよ!後、電話を切るな!出ろ!」
声を荒らげる私とは対照的に、うちのクズ彼氏は悪びれる様子もない。それどころか、受話器の向こうからはのんびりとした欠伸の声さえ聞こえてきた。
『どっか適当に店入っといてくんね?』
「本当感動的な再会になるはずの予定返して」
『そんなの俺とお前の間に期待してもだろうが』
言いたいことは分かるけれど、開き直るなよ、このクソガキ、と喉元まで出かかった罵声を、外であることを思い出してぐっとこらえ「一時間以内に来なきゃここ出るから」とだけ告げ、一方的に電話を切った。
雅の家からなら、タクシーで急げば三十分で着くはずだ。いつものようにベッドでゴロゴロしてから動き出すような猶予なんて、一分だって与えてやるもんか。
⋆⸜
一時間ほどが経過した頃。約束の時間ぎりぎりに、寝坊した男がようやく私の目の前に現れ、平然と腰を下ろした。
謝罪の言葉よりも先に店員を呼び、アイスコーヒーを注文している。相変わらずマイペースさ。それでいて、クソみたいなムーブで人の怒りを湧き上がらせていた。
私は腕を組み、目の前の男を黙って睨みつける。既に私が頼んだグラスの中は氷が溶け始め、浮き出た水滴がコースターをじわじわと濡らしていた。それだけでも、この男にどれだけ待たされたかがよく分かる。
「一時間も待たせる? 普通」
「悪かったって。寝れなかったんだよ」
「当たり前にここあんた持ちだから」
「はいはい、仰せのままに」
ある意味、期待を裏切らない、いつもの態度に溜息が漏れる。
雅はテーブルに頬杖をつき、ようやく私の顔を正面から見た。目が合うと、ふっと柔らかな笑みを浮かべてくる。
自分の顔の使いどころを熟知しているその表情に、怒りが少しずつ削がれていくのが悔しい。
「おかえり」
「……ただいま」
「てかしばらく見ない内にまた綺麗になったんじゃね」
「痩せたからかしらね」
五月病でやる気を削がれ、それから日に日に増していく夏の暑さにバテていた結果、成功と言っていいのか分からないが、あまり健康的とは言えない減量の仕方をした。
だけど、少しでも体重が落ちたことは個人的に嬉しいので、その言葉は素直に受け取っておくことにした。
「もう痩せなくてよくね? 抱き心地最高なのに」
「はっ倒す、本当」
公共の場で堂々とそんなセクハラ染みた発言をするところも、以前と全く変わっていない。
やはりこの男は、一度どこかに訴えられた方がいいと思う。
雅の軽口に溜息を吐きながら、私は鞄の底に忍ばせていた物の存在を思い出した。手探りで、片手に収まるサイズの箱を二つ取り出し、それを彼の前へ差し出した。
頬杖をついていた雅が、不意に現れたプレゼントに何度か瞬きをして「何これ」と、彼は箱を覗き込んだ。
「開けてみれば?」
促すと、彼は頬杖を解いて箱を手に取った。
中に入っているのは、革製のキーケースと、シンプルなデザインのブレスレット。
これからまた始まる共同生活で、おそろいのケースに同じ家の鍵を入れて、同じ場所へ帰る。そんな日常を夢見て、自分用にも色違いのキーケースを用意していた。
ブレスレットは、少しだけ私の意地もあったと思う。いつもアクセサリーを贈られるたびに独占欲を丸出しにする彼を見ていて、たまには私だって同じようなことをしてもいいのではないか、なんてそんな思いで選んだ。
おそろいだとは口に出せず、反応を窺いながらそわそわとアイスティーを口にしていると、雅が私の左手首に伸びていたブレスレットに触れ、指先で軽くその輪をなぞった。
何も言っていないのに、もう気づかれたらしい。
雅がふっ、と笑みを浮かべる。
「へー、おそろいとかそんな可愛いこと出来たんだ」
「……ただの気まぐれよ」
アラサーの二人がおそろいで浮かれるなんて少し気恥ずかしいけれど、どうせ私たちにしか分からないものだと言い聞かせ、自分なりに勇気を出して選んだものだった。
それなのに、こうもあっさりと見抜かれてしまうと、やはり顔が熱くなるのを止められなかった。
「ありがとう、大事にする」
そう言ってブレスレットを手に取ると、雅はそれを私に差し出して「着けて」と甘えるように言ってきた。
彼にとって甘える仕草は別に珍しくないけれど、久しぶりに向けるその瞳は、どこか幼く愛らしく見えた。
ブレスレットを受け取り、左利きである彼の右手首に、ゆっくりと金具をかける。
こんな独占欲を滲ませた贈り物は初めてで、嫌がられるかもしれないという不安もあったけれど雅は、手首に馴染んだシルバーのそれを少し嬉しそうに眺めている。
やがて彼が視線を上げ、テーブルの上で私の手を優しく握った。
「……何」
「……今回は耐えれたなって。遠距離」
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
辛くて挫けそうな時は、今回だって何度もあった。だけど、今回は雅が信じて待っていてくれた。何度も会いに来てくれた。そして何より、大人になって知った結婚という約束の重みが、離れている間の私を支え続けてくれていた。
かつてまだ幼かった私達が耐えられなかった壁を、二人で乗り越えた。
その事実が、たまらなく嬉しい。
「会いたかった?」
雅は余裕そうな笑みを浮かべて、私を試すように首を傾げた。
普段なら「会いたかったのはあんたでしょ」と意地を張るのに、今日はまったくそんな気にはならなかった。
だって実際、どうしようもなく会いたかったから。
目から涙が零れそうになるのを何とか堪えて、私も笑顔を見せ「…すごく、会いたかった!」と数か月前と全く変わらない答えを言う。
素直に言葉にした私に雅も笑い返してくれて「俺も」と返してくれた。
どれほど不安で、寂しい夜を過ごしても、結局、この男を好きだという気持ちだけは、遠く離れていても一度だって揺らぐことはなかった。
コメント
1件
このエピソード、めちゃくちゃ良かったです。クズ彼氏・雅の相変わらずのマイペースっぷりにイライラしつつも、最後の「おかえり」「ただいま」のやり取りと、おそろいのプレゼントのシーンで全部チャラになってしまいました。特に、以前は耐えられなかった遠距離を今回は乗り越えたという二人の成長が、ブレスレットを着ける仕草の細かさからじんわり伝わってきて。アラサーカップルの可愛さと、積み重ねた時間の重みが琴線に触れました。続きがすごく気になります!