テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
145
怜
200
44
Xで太宰の包帯の裏側はリストカットっていうのを見ました。便乗します。
太宰がリスカ常習化しちゃって中也もかんかくおかしくなってるはなし。
両方狂ってます
玄関の鍵を開けて、重いドアを押し開けた瞬間、鼻先をかすめたのは、ありふれた夕飯の匂いではなかった。
「……またかよ」
中也はため息すら置き去りにして、靴を脱ぎ散らかしたまま廊下を静かに進んだ。
リビングのソファ。薄暗い間接照明のなかで、だらしなく長身を横たえている包帯女――太宰治は、こちらを振り向きもせずに、手元でちいさく「カチ、カチ」と金属音を響かせていた。
「おかえり、中也。今日の夕飯はね、味噌汁にしようと思って豆腐を買っておいたのだけど、冷蔵庫に入れる前になんだかとても、こう、手首が寂しくなってしまったんだよ」
「お前の手首の寂しさと豆腐に何の関係があるんだ。ほら、貸せ」
中也は迷いのない足取りでソファに近づくと、太宰の細い指先から、カッターナイフを取り上げた。
慣れた手つきで刃を引っ込め、ポケットにねじ込む。
「駄目だろ、お前またかよ」
その口調には、怒りも、驚きも、ましてや悲壮感など微塵も混じっていない。近所のノラ猫がまた庭の植木鉢をひっくり返したのを咎めるような、極めて平坦で、生活に馴染みきった声音だった。
「だって、今日の夕焼けがあまりに綺麗だったから。これはもう、静脈の一本でも ビッ といかないと自然に対する冒涜かなって」
「どんな自然保護活動だ。座れ、手ぇ出せ」
中也は手早く救急箱を引きずり出してきた。
カチャリと鳴るプラスチックの箱。中には、一般家庭の救急箱にはおよそ不釣り合いな分量の、医療用ガーゼ、滅菌パッド、伸縮包帯、そして大容量の消毒液が、整然と並んでいる。
ソファに寝そべっていた太宰は、のそりと身を起こすと、素直に左腕を差し出した。
白い手首には、すでに無数の、新旧入り乱れた赤黒い線が走っている。浅いものから、少し肉が覗いている程度のものまで様々だが、どれも致命傷には程遠い。加減を熟知した、職人芸めいた「いつもの傷」だ。
そこから、じわりと赤い液体が溢れ、床に敷いたバスマット(太宰がリストカットをする際、床を汚さないために自ら敷くルールになっている)の上に、ぽた、ぽたと落ちていた。
中也は脱脂綿にたっぷりと消毒液を含ませた。
それを、躊躇なく新鮮な傷口にぐっと押し当てる。
「いたたたたたた! 痛い! 痛いよ中也! 鬼! 悪魔! ポートマフィアの良心(自称)のくせに、か弱い乙女に大層な暴挙を!」
「お前が自ら進んで切り刻んだんだろうが! じっとしてろ、汚れが残ると化膿する」
「化膿して腕の一本でも腐り落ちたら、それはそれで退廃的で素敵じゃない? 片腕の美女、太宰治。ふふ、響きがそそるねえ」
「飯が食いにくくなるだけだろ。ほら、痛かったら切るなよ」
あきれ果てた声で中也が言うと、消毒液の激痛に涙目を浮かべていたはずの太宰は、即座に、しかし満面の笑みで言い放った。
「それはやだ!」
きっぱりとした、微塵の迷いもない拒絶だった。
まるで、大好きな甘味を「もう食べるな」とでも言われた子供のように、純粋で、わがままな笑顔。
「切るからこそ生きてる実感が湧くとか、そういう高尚な理由じゃないんだよ? 単にね、この、すーっと刃が皮膚を通る瞬間の、なんとも言えない『今日も生きてて損したなぁ』っていう、じんわりした諦めがクセになるんだ。だから、やだ!」
「堂々と居直るんじゃねえ。……チッ、しょうがねえな」
中也はため息をつきつつも、手元の作業を止めない。
太宰の細い腕を固定し、慣れた手つきで新しい包帯を巻いていく。
一巻き、二巻き。包帯が太宰の白い肌と、血の滲む赤を、均一な白さで覆い隠していく。その光景は、もはやこの家における「夕食前の軽いストレッチ」と同義だった。
「大体お前、昨日も切ったろ。一昨日もだ。週休二日制って言葉を知らねえのか」
「労働じゃないもの。私のライフワークだよ? ライフワークに休日を求めるなんて、それこそ怠惰の極み。私は勤勉な自殺志願者なのだよ」
「自殺志願の割には、毎回ちゃんと急所を避けてやがる」
「それは中也の看病が手慣れすぎているからだよ。私が本当に死のうとしたら、中也は泣いちゃうでしょう?」
「泣くかよ。せいぜい、高級ワインを開けてお祝いのダンスを踊ってやるさ」
「嘘ばっかり。この間、私がちょっと深めにいっちゃって意識を失いかけた時、必死な顔で抱っこして闇医者に走ったのはどこの帽子掛けかしら?」
「あの時は締切前の書類がお前のデスクに山積みだったからだ。お前に死なれたら、あのクソみたいな残務処理が全部俺に回ってくる。死なせてたまるか」
ふん、と鼻を鳴らして、中也は包帯の端をハサミで切り、テープで留めた。
見事な、どこに出しても恥ずかしくない綺麗な包帯裁きだった。
「はい、おしまい。豆腐、どこにある」
「冷蔵庫の真ん中の段。あ、あとね中也、ネギも刻んでおいておくれ。今日はなんだか薬味がたくさん欲しい気分なんだ」
「手首切って血ぃ流した奴が、健康的なメニュー要求してんじゃねえよ……」
中也は立ち上がり、救急箱を元の位置に片付けながら、キッチンへと向かった。
ソファに残された太宰は、新しく巻かれたばかりの、真っ白な包帯を見つめ、それから手首を小さく曲げてみせた。
「うん、今日も完璧な巻き心地。さすが中也、私の専属看護師に任命してあげてもいいよ」
「誰がなるか、ボケ。これ以上、俺のスキルを無駄な方向に伸ばさせるな」
キッチンから、まな板と包丁の規則正しい音が響き始める。
トントントントン、と、小気味よい音がリビングに満ちていく。
太宰はソファに寝転がったまま、天井を見上げた。
手首はまだ、消毒液のせいでじくじくと熱い。この熱さが、自分が今、生きてこの部屋に存在していることの、唯一の証明のようだった。
「ねえ、中也」
「あ? なんだよ、ネギは今刻んでる」
「明日はね、もっと綺麗に切れる気がするんだ」
「……」
まな板の音が、一瞬だけ止まった。
しかし、すぐにまた何事もなかったかのように再開する。
「そうかよ。明日はもう少し、バスマットの端に血をこぼさないように気をつけろ。洗濯するのは俺なんだからな」
「善処するよ。でもね、中也が洗濯してくれると思うと、つい甘えちゃって、わざと少しはみ出させたくなるのが乙女心というものじゃない?」
「その乙女心を引き裂いて、今すぐその豆腐の代わりに鍋にぶち込んでやろうか?」
「おやおや、バイオレンス。でも、中也のそういう荒々しいところ、嫌いじゃないよ」
太宰はくすくすと笑いながら、包帯の巻かれた左腕を顔の前にかざした。
夕暮れが完全に終わり、部屋の窓の外は、深い夜の青に染まりつつある。
明日も、明後日も、きっと同じように、彼女は手首を切り、彼は怒りもせずにそれを手当てするのだろう。
世間一般の「愛」や「日常」からは、ずいぶんと外れた、血の匂いのする、けれど何よりも温かい、二人のいつもの夜が、ゆっくりと更けていく。
コメント
10件
私も包帯の裏リスカ説めっちゃ推してる リスカに消毒液想像しただけで左腕に激痛
2人の歪み切った日常(習慣)が最高でした!! 太宰さん♀︎の自称癖を本当は止めるべきだろうけど、それが太宰さん♀︎にとっては良くないこととわかってる中也と、何だかんだ文句を言いつつも丁寧に毎回、治療してくれる中也に甘える太宰さん♀︎の関係が大好きです!! これからも、“普通”からかけ離れながらも2人の日常を楽しく過ごして欲しいです!
ふふふふふふこういうのだぁい好き('▽') 太宰さんの包帯の裏リスカ説のったぁ!(?) このくらいくるってる方がいいってものよ(?)