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「おいふうはや。そろそろ起きろ」
身体を揺すられる感覚に意識が浮上していく。薄っすらと目を開けると、ぼやける視界にかざねの顔が映った。
「…眠い…」
「実況者は活動時間が破綻してるからな。分かるが、夜になる前にあいつらを集めた方がいい」
その言葉に、今日やるべきことを一気に思い出す。身体を起こし、伸びをする。それだけで随分と目が醒める。
「朝飯…ってより昼飯だけど作るから、顔洗って来い」
「分かったよ」
洗面所へと向かい、ばしゃばしゃと顔を洗う。タオルで拭いている時にふと鏡へと目を向け、気付いた。
「…影が…」
体中に這っている影。昨日までは辛うじて服に隠れて見えていなかった。だが今は、首元から僅かに覗いている。
「浸食が、進んでる…?」
浮かんだ言葉を口にした瞬間、恐ろしさが込み上げた。これは、確かに呪いなのだと。
何時までもこの場所にいれば、かざねに心配をかけてしまう。そう思い、急いでリビングへと戻った。
「ほら、コーヒー」
そんなふうはやにっ気付いていないのだろう。かざねはマグカップに淹れたコーヒーを差し出してくれた。ふうはやが好んで飲んでいる、ブラックのそれ。
「ありがと」
受け取り、一口飲む。温かく、苦いそれはふうはやの心を平静へと戻させる。
キッチンからはいい香りがしてきていた。少し待っていれば、サラダとスープ、そしてフレンチトーストをかざねは出してくれた。
「こんな料理出来たっけ?」
「失敗する程難しいもんでもないぞ」
「いや、かざねが料理しているの意外でさ」
「流石に俺だって最低限のものは作れるよ」
フレンチトーストには蜂蜜をかけて。頬張れば、優しい甘さが口いっぱいに広がった。
他愛のない話をしながら、二人で食事を進める。何時も通りに過ごしていれば、二人が呪いに侵されているなど分からない。それ程、穏やかな時間が流れていた。
「洗い物くらい俺がやるよ。世話になったし」
「なら頼むわ」
食後、ふうはやがキッチンに立って洗い物をする。その間にかざねはメンバー達と連絡を取ってくれていた。
「午後にはりもこんもしゅうとも来れるってさ」
「分かった。集合するのは俺の家でもいいか?」
「いいよ。荷物持って行きたいだろ」
食器を洗い終わると、冷蔵庫に保管してくれてあった食材達を袋に詰め、かざねと共に外へと出る。天気は快晴。綺麗に晴れ渡った空に昨夜の暗さは感じない。
影に襲われた公園の横も通り過ぎるが、影は何処にも見えなかった。かざねは言う。あれらは、夜に出現するのだと。
ふうはやの自宅へと到着し、かざねを中に通す。袋に詰めてあった食材を冷蔵庫へと仕舞い、ソファに座るかざねの為に茶を淹れた。
「…日常生活を送る上で、何か異常とかはないのか?」
自分の分のマグカップを持ち、ソファに座りながらふうはやは問う。聞きにくい内容ではあったが、聞いておきたかった。
「特にはないよ。普通に飯も食べれるし睡眠も摂れる。…まあ、身体が欲してるっていうよりは、何時もの習慣がそうさせてるような感じだけど。だから実際には、人間的な欲求は何も満たさなくても平気なのかもな」
そう言うかざねの表情を見て、ふうはやは何と言えばいいのか分からなくなってしまった。悲しんでいるようにも、まだ受け止め切れていないようにも見える。だが、仕方のないことだった。彼等はある日、突然謎の事態に巻き込まれただけなのだから。急に自分の全てを変えられてしまって、戸惑わない方が無理というもの。
「ふうはやはさ、大丈夫なのか?」
かざねはふうはやのことを心配する。突如として突きつけられたことに、確かに彼の心は伴っていない。しかし今は、メンバー達のことを把握して打開策を考えなくてはいけないと、リーダーとして何かしなくてはという感情の方が大きかった。
「大丈夫って訳じゃないが、やんなきゃいけないことの方が多いだろ? 辛気臭く下を向いてる時間なんてないさ」
その言葉に、かざねはふうはやらしいなと淡く笑った。それが何を意味するのかは分からなかった。
ぼんやりと時間を過ごしていると、チャイムが鳴る。丁度一緒になったのだと言いながら、りもこんとしゅうとが尋ねて来た。
「…なんだか、大変な状況になってるね」
早速と昨夜、ふうはやが経験したことを話せば、りもこんは眉間に皺を寄せる。側では、カーペットに腰を下ろしていたしゅうとが曇った表情をしていた。
「かざねが助けてくれて助かったよ。あんな状況、俺だけだったらやばかった」
あのまま彼が来てくれなかったらあの場で意識を失い続けていた。その間に何かをされていたかもしれない可能性を考えるとぞっとする。
そして話は、それぞれが受けた呪いについてになる。ふうはやは昨日の件を境に呪いが顕在化。それが“人喰い”由来のものであると話した。
「まだ全然よく分かってねぇけど…。でも、喰らいたい衝動はすげえ大きかった」
「コントロールするのが困難になりそうなんだよね。俺は話した通り」
かざねの呪いに関し、全員は眉間に皺を寄せる形になる。信じたくはないが、彼の肉体が既に死んでいるという状況に、事の大きさを感じる。
「この呪いを何とかすれば、かざねの身体は元に戻る?」
「それは分からん。だけど、前に進むしかない」
彼は努めてあっけらかんと言うが、どれ程の苦しみが伴っているか。自身の肉体が呪いに侵食され、既に死んでいるなど、事実だと分っていても受け入れられるものではない。
現在、今迄と同じように動けているから多少は良いのかもしれないが、それでも彼の心を思うと苦しくなる。
「で、りもこんとしゅうとは?」
自分への話題を反らす目的もあったのかもしれない。かざねはそう言って二人に話題を振った。それを察したのだろう。次はしゅうとが口を開いた。
「かざねは知ってるけど、俺も既に呪いは発現してる。ふうはやとりもこんには言ってなかったけど、影とも戦った経験はあるよ」
「しゅうとは、どんな呪いを?」
「俺は、死神って言えば分かりやすいかな」
しゅうとは話す。自分は、死神が持つ大鎌を出現させることが可能だと。そしてそれで影を切り裂くことが出来ると。
「凄い能力だな」
「見た目としては結構派手かもね。鎌、中々大きいし」
パッと見、一番分かりやすい形をしている。が、唯の能力でないことはふうはやとかざねの件から分かる。
「…呪いの影響だとは思うんだけど、使用後に凄く身体に負担がかかるんだよね」
「成程。身体にダメージがかかってる感じなんだな」
しゅうとが一瞬言葉を詰まらせたことにふうはやは気付かなかった。要約をするとしゅうとは頷き、りもこんへと話を振る。
「りもこんは?」
「俺なんだけど、何かしら呪いを受けたであろうことは分かるんだ」
そう言って彼は服の袖を捲る。そこにあったのは、鋭い爪で引っ掻かれたようにも見える、幾つもの筋。
「パソコンから出て来た影に襲われた後、こんなのが出現してた。君達の話を聞いてると、何時俺にも何かが起こるんじゃって考えこんじまう」
「確信はないけど、いずれ何かしらの影響は出てくると思う。俺達三人がそうだったからさ」
ふうはやが見た『呪いを完成させよ』『さあ、始めよう』という謎のメッセージ。存外に何者かが介入してきている故の現状であると考えることが出来る。ならばりもこんにも、起きては欲しくないが何かが起きると考えることは自然だった。
「とりあえず、夜に気を付けりゃいいのか?」
「今の所、襲われてるのは夜だしね」
「気を付けつつ、情報を集めよう。俺達が今どんな状況に置かれてるのか、ますます分からなくなってきてるし」
明らかに異常な世界。しかし、今迄と同じ部分もあり、何が何処まで重なり合っているのかも分からない。
結論として、今迄と同じ通り仕事をこなしながら調査もしていくことになった。
「実況者でよかったかも。時間の融通は何とか付けやすいし」
「とは言っても両立は中々辛いぞ?」
「そこはどうにかするしかねぇな」
「まあ、無理せず進めていこうか」
「そうだな」
ある程度の話はまとまった。そろそろ時刻も夕方に差し掛かっている。何かに巻き込まれることを避け、三人は早めに帰宅することになった。
「逐一、連絡は取り合おうな。些細なことでも共有したい」
「おっけー」
「分かったよ」
「変化があったらすぐに言うわ」
そう口々に言いながら、彼等は帰宅して行った。静かになった自宅にて。ふうはやは呟く。
「早いとこ、解決したいな」
これから歩むことになる昏い道を、知らぬまま。