「うわ、もうこんな時間か」
時計を見ると既に深夜に近い時刻。仕事に没頭していたことで、何時の間にか時間が経過していた。先日もこんな日があったな、と思いながら椅子から立ち上がる。凝り固まった身体を伸びをして解し、キッチンへと向かう。
「腹減ったなー」
こんな時刻だが、身体は空腹を訴えている。簡単に料理を作り、食べることにした。
「何作ろっかなー」
冷蔵庫を開き、食材を物色している時だった。不意に外に感じる違和感。
「え?」
今迄感じたことのないもの。しかし、身体が勝手に求めているような感覚。これを、ふうはやは少し前に経験している。
「…行かなきゃ」
何故か、そう思った。
暗い、昏い夜の街。至る所に設置されている街灯は、何故かまばらにしか点灯していない。
違和感しかない街中を、ふうはやは確かな足取りで進んで行く。その視界の先に、影が踊った。
「…腹、減った」
ぽつりと呟いた言葉。彼は気付かない。その瞳が、飢えた捕食者のようなものへと変化していることを。
影はふうはやを狙うようにして襲いかかってくる。考える間もなく、身体が動いた。
影の攻撃を避け、手で掴んだ。そして思い切り引き裂いた。何故、こんなことが出来るのかは分からなかった。だが、考えることなくふうはやは影を口へと運ぶ。
腹へと影が飲み込まれる。しかし次の瞬間、痛みが身体を這った。
「う、ぁ…!」
同時、視界を覆ったのは真っ赤な色。同時に痛みと苦しみの感情が脳へと叩き込まれる。その大きさに意識が飛びそうになる。だが、身体を何者かに殴られたことで意識は元へと戻った。
「な、何だ…?」
頭を軽く横に振り、状況を確認すると別の影が自分に攻撃をしてきたことに気付いた。その後ろには、別の影もいる。
何時の間にか、ふうはやは幾つもの影に囲まれてしまっていた。
「え、これって中々ピンチ?」
感覚的に影と戦うことは出来た。だが、それが何でで、どんな力を振るうことが出来るのかを彼はまだ理解していない。そのような状況で、何体もの影と戦うことが出来るのか。
背筋を冷や汗が流れる。深く考えずにこんな状況に足を踏み入れたことに少しばかり後悔をする。だが、戦うしか乗り切る方法はなさそうだった。
「さっきみたいに、影を引き裂ける…のか?」
ほぼ無意識化で行われた攻撃。今は頭が冷静さを取り戻している。だが、逆に自分で動かなくてはいけないことの方が、危機を招いているのではないかとも思えた。
自分の手を見詰める。この手が、影を引き裂いた。何の変哲もない、見慣れた手。
影が、再び動きだした。まるで壊れた玩具のような動きで、ふうはやに飛びかかる。
考える前に再び身体が動いた。その手が、影を切り裂いた。その時、ふうはやは見たのだ。自分の手が、鋭い爪を有するナニカに変質していることに。
しかし、状況は待ってくれない。何体も襲ってくる影達。それらを引き裂きながら、ふうはやは再び飢餓感に襲われ始めていた。
「何で…っ⁈」
先程感じた痛み達は、影を食ったからだと考えられる。ならば、この飢餓感に負けて影を食えば、あれを再び経験することになる。これだけ敵がいる状況下で、再び動けなくなることは避けたかった。
だが、飢餓感はどんどんと増す。それらを如何にかする為に、そちらへと意識を向けすぎた。気付いた時には、背後に影。
「しまった…!」
この距離では避けることは出来ない。ダメージを受けることを覚悟した時だった。影が、真っ二つに裂かれて消えたのは。
「え?」
「危なっかしいな」
そこに立っていたのは、見慣れた人物。だが、手には見慣れぬ武器を持っている。
「しゅうと⁈」
巨大な鎌。それを見て思い出す。しゅうとが言っていたことを。
「この場を乗り切る。集中して!」
「わ、分かった!」
影を倒すことに意識を向ける。ふうはやから少し離れた場所で、しゅうとも戦闘を繰り広げていた。
自身の身体程もある巨大な鎌を軽々と振り、次々に影を切り裂いていく。彼は言っていた。 “死神”と。その姿はまさしくそれだった。
二人で対処をしたことにより、然程時間を掛けずにその場を鎮静化させることが出来た。最後の影を切り裂くと、しゅうとは鎌を消してその場に膝を付く。荒い息をついており、身体に不可が掛かっていることは明白だった。
彼の元へと行かねばならない。そう、想うのにふうはやの身体はしゅうとの元へと行けなかった。
地面に残る、影の残滓。それを手にし、彼は躊躇うことなく口へと放り込んだ。
幾つも、幾つも。
落ちていた影を口へと運び、咀嚼し、嚥下する。
満たされる飢餓感。だがそれと同時、脳裏に流れ込んでくるのは痛み、悲しみ、後悔…怨嗟。
それらは鋭い刃となってふうはやの精神を削る。最早、脳が処理出来るものではなかった。瞳からぼろぼろと涙が零れる。脳が、悲鳴を上げる。
荒い息を付きながら、しゅうとがふうはやの側に来ようとしてくれていた。大丈夫だ、心配ないと言うことも出来ず、ふうはやの身体は傾いていく。
完全に倒れる前に、誰かが身体を受け止めてくれた。視界に入った白髪に一瞬の安堵を覚え、ふうはやの意識は沈んでいった。
目を覚ました時、寝かされていたのはソファだった。少し前に使わせてもらったそれ。
「あ、起きた?」
家主であるかざねが、ふうはやが目覚めたことに気付いて声を掛けた。身体を起こせば、ラグの上でしゅうとが寝ていることに気付く。
「しゅうとはまだ起きないと思う」
水の入ったコップを渡しながら、かざねはそう言った。と、奥の部屋から物音がして、りもこんが姿を現す。
「え、りもこんもいたのか?」
「かざねから連絡もらってさ。俺も丁度、皆と共有したいことがあったから」
話していると、しゅうとが目を覚ましたようで軽く呻きながら目を開く。彼にも水を渡し、覚醒してきたところで話が始まった。
「ふうはや、自分の使える力にデバフが掛かること、分かった?」
その言葉に頷く。戦ってみて知った。
ふうはやは影を切り裂くことが出来る。しゅうとの助言により、身体能力も向上してまるで獣のような動きをすることが可能なことも分かった。しかし代償として強烈な飢餓に襲われる。その飢餓感の侭に影を食えば、何かの映像と感情のようなものが流れ込んできて自身の精神を蝕む。
「近接戦闘としてはかなり強いけど、代償も中々ある感じだな。あの飢餓感は抗うのはかなり難しい」
「呪いが影響してるからな」
「しゅうとが戦ってるとこ、初めて見た。本当に死神みたいなんだな」
「まあね」
しゅうとは死神のような鎌を出現させ、影を切り裂く。あの鎌で倒せば、影が再生しようとするのを阻止出来るという。その代償として肉体へのダメージが大きい。
「なあ、りもこんの共有したいことって何だ?」
尋ねると、りもこんは持っていたタブレットの画面を全員に見せた。
「これなんだけど…」
それは、都市伝説やら怪奇現象やらに関することが載っているページだった。実体験という設定で、幾つもの経験談が投降されている。
「真実だと思わないで見るのが一番いいんだけど、それにしても気になる投降が色々あってね」
」
見知らぬ世界にいる気がする。
影が襲ってきた。
目の前で人間が影になった。
特に気になるものが幾つかあった。自分達に当てはまるようなものもある。
見てみると、全てが何時も同じなのに違う気がする。夜、外に出ると何者かが見ているように思える。そういった内容が幾つも投降されていた。
「何だこれ…」
「俺達と同じ状況だと仮定してもいいとは思う。で、そうだとしてこれも見てほしい」
別のページを開く。するとそこには『影喰(かげはみ)』という言葉があった。
「何か、あの影に名前があるみたい」
他のページからの情報と合わせると、ここは現実世界とリンクしている世界で、人を襲う影が存在している。その影は元は人間で、何故影になるのか、人を襲うのかなどは分かっていない。そういった内容であることが分かった。
「この影喰が俺達が戦っている相手ってことだよな?」
「多分。でも、これと呪いがどう関連しているのかまでは分からない。引き続きの調査が必要になる」
「戦う中で得られる情報もあるかな?」
「可能性はあるかもね」
戦うことが必要な理由も詳しくは分からない。唯、戦わない選択肢はないと、そう漠然と彼等は感じていた。それが自身に掛けられた呪いのせいなのか。はたまた違う因果か。
「もしかしたら、積極的に戦った方がいいのかも?」
りもこんが呟く。それもあくまで仮定の話。否定するにも肯定するにも情報が圧倒的に不足している。その答えを誰も出すことが出来ぬ侭、夜は更けるのだった。
コメント
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初コメ失礼します!一気見させて頂きました! 作品のクオリティが高く、フォローさせて頂きました! (?)