テラーノベル
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雨だった。
港を吹き抜ける潮風が、濡れたコンクリートを撫でていく。
積み上げられたコンテナは黒い壁のように並び、雨粒が鉄を叩く音だけが静かに響いていた。
錆の匂いと、潮の匂い。
その奥に、火薬の匂いが薄く混じっている。
鈴木たちはコンテナの影へ身を潜めていた。
遠くには黒い車が数台。
霧矢が双眼鏡を下ろす。
「……いた」
その一言だけで、鈴木の胸が強く脈打つ。
「ルー…」
冬橋が低く言った。
「まだ動くな」
鈴木は返事をしない。
コンテナの隙間。
黒いコートを羽織った女が煙草を咥え、誰かと言葉を交わしている。
横顔は穏やかだった。
まるで、何も背負っていない人間みたいに。
その姿が。
鈴木には、崖の上で笑っていた少女と重なった。
⸻
その時だった。
乾いた銃声が港に響く。
一発。
続いて二発。
怒号が飛び交う。
車のドアが乱暴に開き、黒服たちが一斉に走り出した。
「情報漏れてるぅ!」
霧矢が軽く言った。
冬橋が舌打ちする。
敵対組織だった。
港が、一瞬で戦場へ変わる。
霧矢はもう拳銃を抜いている。
先程までの笑顔はない。
引き金を引くたび、人が倒れる。
迷いは一切なかった。
「鈴木クン、下がって」
「でも!」
「今はダメ」
その声に怒りが混じっていた。
鈴木は初めて聞いた。
霧矢が、誰かを止めようとする声を。
⸻
その時。
ルージュと目が合う。
ほんの一瞬。
時間が止まった。
「……チョモ」
唇だけが動いた。
そして、走り出す。
鈴木も反射的に駆けた。
「鈴木!」
冬橋の声が背中を叩く。
それでも止まれない。
雨が顔を打つ。
息が苦しい。
コンテナを抜ける。
港の突き当たり。
車留めブロックの向こうには、暗い海が広がっていた。
ルージュが立ち止まる。
庵野
4,308
#御本人様とは一切関係ありません
ゆっくり振り返る。
雨に濡れた髪が頬へ張りついていた。
「……しつこいね」
その足元。
誰かが落とした拳銃。
鈴木は拾い上げる。
震える手で。
ルージュへ向ける。
銃口は、小刻みに揺れていた。
ルージュはそれを見て、小さく笑う。
「撃てる?」
答えられない。
「チョモ、昔から優しいもんね」
一歩。
また一歩。
ルージュは銃口へ近付いてくる。
恐れていない。
まるで、その結末を受け入れているみたいだった。
「ねぇ」
雨音の中で微笑む。
「私、本当はチョモのこと好きだったよ」
鈴木の呼吸が止まる。
「凛子よりも」
世界が揺れた。
「……なんだよ、それ」
「チョモだけだった」
ルージュは笑う。
泣きそうな笑顔だった。
「私のこと、ちゃんと見てくれたの」
「でも」
雨粒が頬を流れる。
「チョモは最後には凛子を見てた」
少しだけ俯く。
「だから、嫌だった」
静かな声だった。
怒りじゃない。
嫉妬でもない。
何年も腐り続けた、子どもの感情だった。
⸻
ルージュは鈴木の目の前まで歩いてくる。
そっと銃口へ触れた。
冷たい指先。
「撃ちなよ」
「復讐したかったんでしょう?」
鈴木は引き金へ指を掛ける。
力を込める。
でも。
動かない。
どうしても撃てない。
ルージュは目を細めた。
「……やっぱり」
少しだけ笑う。
「チョモだ」
⸻
後ろで、小さく靴音がした。
霧矢だった。
二人を見つめている。
その顔に笑みはない。
鈴木は気付かない。
霧矢が静かに息を吐く。
「……ごめん」
誰へ向けた言葉だったのか。
誰にもわからなかった。
パンって。
乾いた銃声。
ルージュの身体が震える。
胸が赤く染まる。
時間が止まる。
鈴木はゆっくり振り返った。
硝煙の上がる拳銃を片手に持った霧矢。
その顔は、どこか苦しそうだった。
「……なんで」
掠れた声。
霧矢は静かに答える。
「鈴木クンは」
少しだけ目を伏せる。
「撃たなくていいから」
ルージュがふらつく。
それでも笑った。
鈴木を見る。
「ほらね」
血を吐きながら。
「チョモは……撃てない」
その声は、どこか安心したようだった。
「……ごめんね」
最後に、小さく笑う。
その身体が後ろへ傾いた。
大きな水音。
海が飲み込む。
波紋だけが、暗い海へ静かに広がっていった。
⸻
鈴木は動けなかった。
手には拳銃。
撃てなかった拳銃。
身体の震えが止まらない。
「……俺が」
掠れた声が漏れる。
「俺が撃つべきだった……」
霧矢は首を横に振る。
「違うよ」
静かな声だった。
「鈴木クンは、撃たなくてよかった」
「じゃあ!」
鈴木が叫ぶ。
「なんでお前が撃ったんだよ!」
雨音に負けそうな声。
霧矢は少しだけ困ったように笑う。
「鈴木クンが」
一度言葉を切る。
「壊れると思ったから」
その一言に。
鈴木は何も返せなかった。
遠くでサイレンが鳴る。
冬橋が駆け寄ってくる。
雨は降り続ける。
冷たく。
静かに。
海へ落ちた血も、涙も、すべてを洗い流すように。
鈴木だけはわかっていた。
殺したいぐらい憎かった。
でも、 僕には多分殺せなかった。
だからそれを見かねた霧矢ががルーを撃った。
殺してくれた。
殺してしまった。
もしかしたら、殺さずに済む方法があったかもしれない。
でももうこの世にルーはいない。
その事実だけは、雨では流れてくれなかった。
コメント
5件
ちょっと思うことが溢れすぎているのですが、ここまで読んで本当に心が震えました。鈴木はあれほど憎かったルージュを撃てなくて、そこにはやっぱり優しさと、失いたくない居場所があるからで、その一線を越えたら壊れてしまう。霧矢は感情がわからないと言うけれど、しっかり過去に負った傷があり、本人が気づいていないだけでちゃんと人間だと思ったし、
えっと、もう…読んだあとしばらく動けなかった😭💦 雨の描写がずっと心に沁みて、ルーの「好きだったよ」が本当に胸に刺さった…。鈴木が撃てなかったのも、霧矢が代わりに撃ったのも、全員の優しさと切なさが詰まってて苦しい。最後の「♡♡♡てしまった」って一文で完全にやられた…。めっちゃエモかったです、ありがとうございます…!