テラーノベル
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ルージュが海へ落ちてから、一週間が過ぎた。
ニュースでは、港湾部で発生した組織間抗争として処理された。
回収された遺体はない。
人気ヨガインストラクター・安西口紅は、ただ「失踪した人物」として報じられただけだった。
世間は数日騒ぎ、やがて別の話題へ移っていく。
何もかも、静かに消えていった。
まるで、最初から存在しなかったみたいに。
⸻
雨だった。
しぇるたーの縁側。
雨粒が軒先を叩く音だけが静かに響いている。
鈴木は煙草を指に挟んだまま、火をつけずにぼんやりと庭を眺めていた。
もう何本目かわからない。
結局、一度も吸っていない。
「また持ってるだけ?」
後ろから声がした。
霧矢だった。
コンビニ袋をぶら下げ、缶コーヒーを一本放ってよこす。
鈴木は危なっかしく受け止めた。
「……危ねぇって」
「あは、反射神経ちょっと良くなった?」
「お前基準で言うな」
「ゴリラと比べちゃダメかぁ」
「誰がゴリラだ」
そのやり取りを聞いていた子どもたちが笑う。
「なおとはゴリラ!」
「ちからつよいもん!」
「うわ、裏切り者しかいない」
霧矢が大げさに肩を落とす。
子どもたちは楽しそうに笑いながら走っていった。
また静けさが戻る。
雨音だけが残った。
鈴木は缶コーヒーを見つめたまま、小さく口を開く。
「……夢、見るんだ」
霧矢は何も言わない。
「海に落ちる音」
「……」
「何回も聞こえる」
霧矢は少しだけ目を伏せた。
「そっか」
それだけだった。
慰めもしない。
励ましもしない。
ただ、その一言だけが雨音の中へ溶けていく。
鈴木は苦笑した。
「……お前なら見ねぇのか」
霧矢は少し考える。
「たまぁに見るよ」
意外だった。
「あんまり忘れないようにしてる」
静かな声。
「オレ、すぐ忘れちゃうから」
「まぁその夢を見るまではキレイに忘れてんだけどね」
鈴木は横を見る。
霧矢は笑っていた。
でもその笑顔は、少しだけ寂しそうだった。
⸻
夕方。
冬橋は事務室で書類を整理していた。
寄付金の明細。
学校との連絡帳。
施設の修繕費。
机の上だけ見れば、どこにでもある保護施設だった。
鈴木は入口で立ち止まる。
「冬橋さん」
「ん?」
「僕…ここにいていいのかな」
冬橋の手が止まる。
鈴木は俯いた。
「復讐もできなかった。」
「助けることもできなかった。」
「結局、中途半端で。」
冬橋は書類を閉じる。
「それでいい」
短く言った。
「中途半端だから、お前はまだここにいる」
鈴木は顔を上げる。
冬橋は少し笑った。
「全部終わらせた奴は、大抵帰ってこねぇ」
その言葉の意味を、鈴木は聞かなかった。
聞かなくてもわかったから。
廊下の向こうから子どもの笑い声が聞こえる。
「なおとー!」
「ひろとがまた転んだー!」
「うわ、またぁ!?」
霧矢の慌てた声。
冬橋は深く息を吐く。
「……世話が焼ける」
そう言いながら立ち上がる背中は、どこか嬉しそうだった。
#御本人様とは一切関係ありません
@Somi. 👻🍼
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鈴木も、小さく笑う。
自然と笑えたことに、自分で少し驚いた。
⸻
夜の 屋上。
街の灯りが静かに瞬いている。
扉が開く。
「いた。」
霧矢だった。
缶ジュースを片手に歩いてくる。
「合六サンから伝言。」
鈴木は振り返らない。
「“いつでも来ていい”だって。」
少しだけ考える。
そして首を横に振った。
「行かねぇよ」
「あは。」
霧矢は笑う。
「知ってた。」
風が二人の間を吹き抜ける。
鈴木がぽつりと聞いた。
「お前は?」
「ん?」
「ずっと合六のとこにいるのか」
霧矢は夜景を見つめた。
「まぁ、追い出されるまでは。」
「でもさ」
少しだけ笑う。
「最近、任務終わるとここ帰って来ちゃうんだよねぇ。」
鈴木が顔を向ける。
「……帰る?」
霧矢は一瞬きょとんとした。
それから。
「あ。」
小さく声を漏らす。
そして照れ臭そうに笑った。
「……そっか。」
「帰ってるんだ。」
その笑顔は、どこか子どもみたいだった。
自分でも、今初めて気づいたような顔。
鈴木は少しだけ笑う。
「それ、居場所ってやつじゃねぇの」
霧矢は返事をしなかった。
ただ、照れ隠しみたいに缶ジュースを一口飲んだ。
夜風が静かに吹き抜ける。
港で終わったはずの物語は、 誰かを失ったまま、 誰かに救われたまま、 それでも静かに続いていく。
壊れた人間は、元には戻れない。
それでも。
帰りたいと思える場所が、ひとつでも残っているのなら。
人はきっと、また前を向いて歩いていける。
コメント
2件
うわあ、最終話か…読み終わってじわじわ来てる。 「帰る場所」って言葉がめちゃくちゃ刺さったわ。霧矢が「帰ってるんだ」って気づくシーン、なんかこっちまで泣きそうになった。冬橋さんの「全部終わらせた奴は大抵帰ってこねぇ」も重い…。ルージュの存在が静かに消えて、でも確かに傷跡を残してる感じが切ない。重くなりすぎないラストの温度感、すごく好きです。お疲れ様でした!