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苺プリンをぶちまけたあと、10分ほどしてから食堂を出ることになった。
変な薬が盛られていなかったら、美味しく頂くことが出来ただろうに――
……そう思うと、何とも悲しい気持ちになってしまう。
ちなみにその後、もう一度勧められはしたが、気乗りしない旨を伝えたらあっさりと引き下がってくれた。
とは言え、薬の一件はフェリクスさんの差し金ではあるのだろう。
「――ところで今日の目的は、お城の案内をして頂けることですか?」
苺プリンの一件で吹っ切れてしまい、ついつい単刀直入に聞いてしまう。
フェリクスさんは歩きながら、私に背を向けながら返事をした。
「はい、そうです。
国王陛下から、アイナさんに城内の案内を命じられております」
……む、意外と素直な?
しかしそこまでは、今までの流れから察することは出来ている。
「私たち、今日は突然登城するように言われて来たんですけど……何か理由があるのでしょうか」
「さぁ……? 私はそこまでのことは伺っておりませんので」
相変わらず背を向けたまま、フェリクスさんはあっさりと答えてくる。
それが本当なのか、違うのか。……今のところ、確認する術は無い。
苺プリンに薬を盛ったことも同様で、聞いたところで、あっさりと『知らない』と答えてくるだろう。
状態異常の『幻覚』にしようとしていたのだから、恐らくこれから何かを吹き込もうとしたり、判断を誤らせようということがあるのだとは思う。
……まさか、本当に幻を見せたいわけでもあるまいし。
それなら、そこまで気付いていることは黙っておこう。
ここはできる限り刺激を与えないように、おべっかの1つでも使っておくことにするか。
「――そうなんですか。
でもお城の良いところをたくさん見せてもらえて、とても為になります」
「はっはっは。それは何よりです。
この後も、引き続きよろしくお願いいたします」
フェリクスさんは機嫌良く、そんな言葉で返してきた。
疑念を持っていなければ私も素直に聞いていただろうけど、今はさすがに……ね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次に私が連れて来られたのは、薄暗い資料室だった。
たくさんの本棚が並べられており、本や紙の束が大量に保管されている。
照明は薄暗く、窓からの光も強く感じてしまう。
兵士の二人は資料室の入口で待たされているため、この部屋には私とフェリクスさんの二人きりだ。
こういう雰囲気の部屋は結構好きなんだけど、一緒にいる人が少し残念……かな。
「――この資料室は、一般の方は入れないんですよ」
「え? 私は入っちゃって大丈夫なんですか?」
「はっはっは。さすがに許可は取っていますので。
自由に見ることは出来ませんが、ここでは私の話を聞いてください」
「はい」
その後に始まったのは、この国の歴史の話。
建国からのざっとした流れと、ここ100年ほどの簡単な流れ。
何でもこの王国は300年ほど前から存在しており、直近の100年間は領土を堅持してきたそうだ。
「100年も領土を減らしていないって、凄いですね!」
……多分。
きっと、凄いことなんだろう。……多分。
「はい、これも素晴らしい統治があったればこそです。
そのおかげでヴェルダクレス王国は、世界に類を見ない平和を享受できているのです」
……なるほど。
確かに街の外には魔物が普通にいるけど、街の中は平和そのものだもんね。
私の平和の基準は元の世界……日本が基準になっているわけだけど、日本以外の治安までを含めて考えれば、この国は十分に平和といっても問題ないだろう。
「戦争が行われているだなんて、この国ではなかなか考えられませんしね」
「その通りです。アイナさんも是非、この平和の一端を担って頂けますよう、期待しておりますよ」
「ありがとうございます。まだまだ未熟な腕ですが、精進して参ります」
「はっはっは。アイナさんの腕で未熟なら、誰が熟達しているものか教えて頂きたいですな」
私の言葉に、フェリクスさんは満足そうに頷いていた。
……何だかこの先の、嫌な展開が徐々に見え始めた気もするけど――
「――あ。大きな地図……」
ふと視線を移した先、資料室の奥の方に、大きな地図が壁に掛けられているのを見つけた。
中心にあるのは、私も良く知るこの大陸。
しかしその周りには、私の知らない形の大陸がいくつも描かれていた。
「はい、世界地図ですね。全大陸が描かれているものは貴重なのです。
アイナさんも、あまり見たことは無いでしょう?」
「そ、そうですね。珍しいっていうか――」
……実は、初めて見たんだけどね!
元の世界では、世界地図なんて本屋で気軽に見ることが出来たけど、私はこの世界での世界地図の価値をまだ知らない。
戦争がよく起こる前提であれば、敵国には詳細な地理情報を渡せない……つまり、軍事機密になってしまうわけで。
「ご承知の通り、中央に描かれているのが我が国のある、この大陸です」
さすがにこれは、クレントスで買った地図でよく見ているものだ。
そして私が知っているのは、ここから南の大陸――
「南の大陸には、アリムタイト王国があるんですよね」
「はい、我が国とは友好関係がありまして、交易が最も盛んです。
東側のドルミナス共和国との国交はありませんが、アリムタイト王国を経由して、一部の工芸品が入ってくることはありますね」
「ふむふむ……」
東側……というと、この大陸からはクレントスが一番近いのかな?
いや、クレントスは港町って感じじゃなかったし、海に近いかと言われれば、そこまで近くもないか。
もし交易が出来ていたなら、『辺境都市』なんて呼ばれていないだろうし……。
「アイナさん、何か気になることでも?」
「あ、大した話では無いのですが……。
クレントスからは、ドルミナス共和国と交易はしないんだな……って思いまして」
「ふむ……。
そこは『しない』のではなく、『できない』のです」
「え? あ、やっぱり国交が無いですもんね」
「それもあるのですが、クレントスとドルミナス共和国の間の海域を、そもそも渡ることが出来ないのです。
岩礁が多い上に潮流が激しくて、世界でも1、2を争う難所なのだとか」
「へぇ~……。
なるほど、だからクレントスは辺境都市なんですね」
「そうですね。海を渡ることが出来れば、きっと今とは違った発展を遂げていたでしょう」
なるほど、なるほど。
クレントスは私が最初に訪れた街だから、やっぱり思い入れが強い部分がある。
そんな小さな知識でも、知ることが出来たのは嬉しいことだった。
……それにしても、クレントスを辺境と言わせしめる潮流も……いつかは見てみたいものだ。
きっと凄く、激しいものなんだろうな。
その後も私は、フェリクスさんからたくさんの話を聞かされた。
何となく、どの話も『この国凄い!』というところに繋げているように思える。
思い返してみれば、今日は最初から『このお城凄い!』という話ばかりだったから、これもその延長なのだろう。
きっと苺プリンを食べて『幻覚』に掛かっていたら、この話ももっと凄く感じていたのかもしれない。
そう考えると、薬を盛ったのはフェリクスさんで間違い無いんだろうなぁ。
……例えば、『料理長によろしく』と伝えられた時点で、薬を盛るようにしていたとか。
しかし、そこまで分かってしまえば何ということは無い。
今日は『この国凄い!』から繋がる部分に注意しておけば良いのだ。
これから何があるのか、何を試されるのか……。
ずっと不安ではあったけど、注意するところが分かってしまえば今日の|道標《みちしるべ》になる。
そう考えると、心の負担が一気に軽くなった気がした。
――改めてフェリクスさんの話に耳を傾けてみると、今は『循環の迷宮』の話をしているところだった。
この話も最終的には『この国凄い!』に繋がるんだろうけど――
……そこは私も、6階の入口までだけど、よく知っている場所だ。
ここは素直に聞いて、少しくらいは懐かしんでみることにしよう。