テラーノベル
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夕方のスタジオには、音がまだ残響していた。壁に吸い込まれたコード進行が、消えたあとも空気を振るわせる。
若井は、少し眉を寄せて真剣にギターを抱えていた。
足を組んで座ったまま、手元をじっと睨みつけるように見つめている。
「……ここか。」
ピックを握る指が動く。
爪の隙間、薄く残った黒のネイルが練習で禿げかけていた。
あれだけ何度も弾いて、弦を抑える指先は少し赤い。
一度、爪の先から血がにじんだこともあるのを元貴は知っている。
だから。
たまらなかった。
「…若井。」
声をかけると、若井がぱっと顔を上げる。
目が合った瞬間に、少し気まずそうに笑った。
「…悪い、ちょっと音詰まってた。」
「わかるよ。」
元貴はゆっくり歩み寄る。
若井の肩越しにギターの指板を覗き込んだ。
その姿勢は自然と、若井を包むようになる。
体温が、背中越しに伝わる。
「……ここは、こう。」
元貴の手が、若井の手を覆う。
ピックを持つ指をそっと添えて、角度を直す。
長い指。
爪の縁が少し欠けている。
弦を何千回も弾いた証拠。
「…あぁ、わかった。ありがとう。」
若井の声は低く、素直だった。
耳の後ろが赤くなってるのを、至近距離で見てしまう。
(あぁ、ずっとこうしてたい。)
背中に胸を預けるようにして、元貴は少しだけ重みをかけた。
若井が微かに身を強張らせる。
でも、拒まない。
(頑張ってるな。)
(抱きしめたい。)
(好きだ。)
そう思った。
でも、言わなかった。
⸻
練習は終わった。
スタッフが先に荷物を片付けて帰る。
藤澤も「お疲れー!」と手を振って出て行った。
若井も、肩からギターケースを下げて「また明日な」と笑った。
「おう。」
その一言を返すのがやっとだった。
元貴の胸の中は、もつれるほど熱くて、苦しかった。
スタジオの扉が閉まる音。
足音が遠ざかって、廊下も静かになる。
完全な無音。
元貴は立ち尽くしたまま、息を吐いた。
そして、
そっと視線をやった。
若井のギターが、立てかけてあった。
若井が置き忘れていったわけじゃない。
明日のレコーディングのために、置いていくことにしただけ。
(若井。)
足が自然にそのギターへ向かう。
弦を軽く弾くと、若井の音がした。
分身みたいにそこに立ってる。
今日も一緒に音を作った、大事な相棒。
若井が、血が滲むほど押さえた弦。
指板の跡。
「……若井。」
そっと手のひらを伸ばして、撫でる。
ボディを優しく愛でるように摩る。
何度も何度も。
指先が震えた。
ギターを抱き上げた瞬間、
何かが決壊した。
微かな振動が手首から二の腕に伝わって、
まるで若井に抱きつかれているみたいだ。
「お前、ほんとバカみたいに真面目でさ……。」
呟きがスタジオの壁に跳ね返る。
「……はぁ……。」
元貴の指先が、ギターのネックをしっかりと掴む。
自分の熱が移るのを感じながら、
ゆっくりと、舌を這わせた。
金属のフレットを越えて、指板を舐め上げる。
若井が押さえていた場所。
あの長い指。
熱心で、不器用で、綺麗な手。
「……っ、若井……。」
苦しくて、吐息が荒くなる。
腰が疼く。
ズボン越しに自分を押さえた手が、自然に動き始める。
「……っ、は……、ああ……。」
ギターを、若井そのものだと思い込む。
重みも、形も、冷たさも、全部。
「……っは、若井……好きだ、ほんとに……。」
息がどんどん荒くなる。
唇が乾いて、無意識に舐める音がする。
スタジオに響くのは、擦れる布の音、自分の吐息、そして弦が軋む微かな音。
「お前、ほんと、ほんと……愛おしくて……。」
ギターのネックを自分の下腹部に擦り付ける。
自分の脚の間に挟むようにして座り込み、 腰を前に押し付ける。
ゆっくり、でもどんどん我慢できなくなる。
「若井……若井……っ」
名前を呼ぶたび、腰が跳ねる。
ギターの冷たいネックが、布越しに自分を刺激する。
頭がぼうっとする。
視界が滲む。
若井の声を思い出す。
「ありがとう。」
あの素直な声。
(ずっと聞いてたい。
ずっと側にいたい。
でもこんなの、お前に知られたら、嫌われるだろ。)
「……好きだって……言ったら……嫌か?」
独り言が止まらない。
理性が、もうどこにもない。
「聞かせたい……お前に、俺の声……。」
指がギターを強く抑える。
弦が震えて、高い音を吐き出す。
その音に、自分の声が被る。
「っ、あ……ああ……若井……!」
座席を蹴る。
腰が前後に動く。
弦に擦れる音が、吐息と絡む。
「若井……、はっ……好きだ……、好き、だって……!」
声が反響する。
誰もいないのに、誰かに聞かせるように。
それは全部、若井への告白だった。
「……っ、若井……っ、声……、出ちゃう……。」
喘ぎ声が大きくなる。
止められない。
もう限界だ。
「っ……はぁ、あ……ああっ ……イく、イく……っ!」
一人きりのスタジオ。
大きく響いた自分の喘ぎ声に、ゾクリとした背徳感が走る。
「若井っ……あああ……!」
布越しの下腹部が痙攣して、熱いものを吐き出す。
布の中が濡れる感触に、瞼を強く閉じた。
全身が震えた。
頭が真っ白になる。
しばらくそのまま、動けなかった。
「……は……、っ、若井……。」
ギターを抱きしめるように、額を押し付ける。
汗が、ギターの塗装に冷たく付いた。
「……っ、好き……、本当に……。」
涙が出そうだった。
愛おしくて、憎くて、欲しくて、離したくなくて。
全部自分だけのものにしたくて。
「……お前が好きすぎて、どうしようもないんだ。」
そう囁いて、やっとギターをそっと元に戻し、
最後にもう一度優しく撫でた。
さっきまで自分を擦りつけてた場所を指でなぞるように愛おしむ。
どこかで汚したことを悔やみながら、でもそれ以上に興奮していた自分に気づいて背筋が震える。
「……好きだよ、若井。」
そう呟いて、元貴はスタジオを出た。
廊下の冷たい空気が、火照った顔を撫でた。
コメント
2件
今回も良すぎで死ぬ( ´ཫ`)グハ