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食堂を出て、今後の「営業活動」について考えながら街を歩いていると、広場の方から甲高い怒鳴り声と、鎧が擦れる騒がしい音が聞こえてきた。
「魔法陣の反応がないからって、呪いのせいにするな! そんな報告、領主様が納得するわけないだろう!」
声の主は、燃えるような赤髪を高い位置でポニーテールにした少女だった。軽装の鎧を纏い、腰には身の丈に合わない大剣を下げている。彼女の周囲には、情けない顔をしてうなだれる兵隊のような姿の男たちが数人。
「……あ、自警団のリーダーのミラだ。猪突猛進で有名だけど、腕は確かなのよ」
ルーシーが小声で解説してくれる。ミラと呼ばれた少女は、苛立ちをぶつけるように周囲を見渡し、僕の燕尾服姿でぴたりと視線を止めた。
「おい、あんた! 見ない顔だが……その格好、さっき広場でイカサマ天秤を暴いたっていう魔導師か?」
「魔法使いじゃない、マジシャンだと言っているんだが」
「マジシャンでも何でもいい! あんた、イカサマを見抜くのが得意なんだろ? 頼む、知恵を貸してくれ! このままじゃ、うちの団が『無能の集まり』として取り潰されちまうんだ!」
ミラはなりふり構わず僕の腕を掴んだ。……この世界の女性は、やっぱり腕力が物理法則を無視している気がする。
「いいか、状況を説明する。昨日の夕方、商人組合の蔵に領主様への献上品を一時保管するため運び込まれた。その中に『人魚の涙』という真珠があったんだ。商人の野郎どもが大勢でドタバタと荷物を運び入れて、最後には組合の責任者であるガストの旦那が、一点の曇りもなく全品揃っているのを確認した。それから鍵をかけて、うちの団員が見張りについたんだ。なのに……!」
「今朝見たら、真珠だけが消えていた、と」
「そうなんだよ! ガストの旦那は『魔法で消えたに違いない』って泡吹いて倒れるし、このままじゃうちの団は解散だ! 頼む、あんたのその目で、蔵を見てくれないか!」
僕はミラの剣幕に押され、ルーシーを伴って現場へと向かった。
蔵の前には、顔面蒼白な自警団員たちが整列していた。
「……ミラ、こいつらが昨夜の見張りか?」
「ああ。どいつもこいつも『誰も通っていない』って言い張りやがって。お前らシャキっとしろ!」
ミラに怒鳴られた自警団員たちのすぐ脇で、これ見よがしに爪の手入れをしていた小柄な男がいる。
男は商人組合側の人間らしく、自警団の安っぽい鎧とは対照的な、仕立ての良い上着を羽織っている。ひょろりと細い体に、不釣り合いなほど大きな商人の帽子を被ったその姿は、どこか滑稽だが、その口元には隠しきれない嘲笑が浮かんでいた。
「おやおや、ミラ隊長。部下を怒鳴っても宝石は戻ってきませんよ? そもそも、天下の自警団様が見張っていて『誰も通っていない』なんて、笑えないジョークですねぇ」
男は、僕の燕尾服を鼻で笑うように一瞥した。
「それに、連れてきたのは魔導師……まさか、占いで真珠の行方でも探そうってわけじゃないでしょうね? ガストの旦那も泣いていますよ。無能な番犬を信じたばかりに、領主様への献上品の真珠を、魔法で『お掃除』されてしまったんですから」
「なんだと、この……!」
ミラの拳がプルプルと震える。今にもその大剣で、男を帽子ごと真っ二つにしそうな勢いだ。僕はその肩を軽く叩いて制す。
「……なるほど。確かに『魔法』で消えたと考えるのが、一番楽だろうね。タネがわからない観客にとっては、不可解な現象はすべて奇跡に見えるものだ」
僕はシルクハットの縁を軽く直し、男に視線を据えたまま言葉を続ける。
「でも、マジシャンは奇跡なんて信じない。そこにあるのは、常に冷徹な『物理法則』と『人間の心理』だけだ。……ミラ、蔵を開けてくれ。中の『仕掛け』を拝ませてもらおうか」
「ふん、どうぞご自由に。……せいぜい、神隠しの犯人でも見つけてみることですね」
男は皮肉げな笑みを残し、ひらひらと手を振って自警団員たちの間を抜けていった。