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藤堂の独占的な愛情に包まれ、伊織は満たされた日々を送っていた。自分の存在が特別であるという事実が、彼の内側から自信を引き出していた。しかし、その満たされた日常に、ある日、小さな影が差し込んだ。それは、伊織が図書室で藤堂を待っていた時のことだった。
藤堂は、クラスの課題の打ち合わせがあると言って、少し遅れて来ることになっていた。伊織が窓際の席で本を読んでいると、図書室の入口から、賑やかな声と共に見慣れた金髪が入ってきた。藤堂だ。
しかし、藤堂は一人ではなかった。彼の隣には、女子生徒──佐伯という、クラスでも藤堂と並んで社交的で明るい人気者がいた。
二人は、かなり親しげに話している。佐伯は藤堂の二の腕に軽く触れながら、笑い、藤堂もそれに応じて楽しそうに笑っていた。
「蓮くん、これ見てみてよ!」
佐伯はそう言って、手帳のようなものを取り出し、藤堂に差し出した。
「お、いいぜ。佐伯が最近凝ってるっていう、あのイラストか」
藤堂は、佐伯の手帳に顔を寄せ、二人で何かを覗き込んでいるようだ。伊織の席からは、手帳の中身までは見えない。ただ、藤堂の顔が、伊織と一緒にいる時と同じくらい、いや、もしかするとそれ以上に、夢中になって楽しそうに見えた。
伊織は、その光景に心臓が冷えるのを感じた。
(……藤堂くん、あんなに楽しそうに笑ってる)
伊織は、本を持つ手がかすかに震えるのを感じた。佐伯は、藤堂の隣にいることが当然のように振る舞っている。そして、藤堂もそれを拒否していない。
伊織は、彼らが何を共有しているのか気になりながらも、胸の奥がチクチクと痛んだ。自分は、藤堂と本の話はするけれど、彼の趣味や熱中していることについて深く話したことがなかった。佐伯は、藤堂と何か特別な趣味を共有している。その事実に、伊織は言いようのない焦燥感を覚えた。
藤堂は、伊織に**「お前は俺の」**と言い、独占してくれた。その言葉は伊織にとっての安心の檻だったはずだ。しかし、その「俺の」世界の一部が、自分ではなく、別の誰かと共有されている。その事実が、伊織の胸に鋭い痛みを突き刺した。
伊織は、自分が藤堂に嫉妬していることに気づいた。藤堂は、自分の世界を伊織に開いてくれたけれど、藤堂の世界は、伊織だけのものではないのだ。
ようやく手帳から顔を上げた二人は、楽しそうに何か話し始めた。そして、佐伯が少し離れたところで伊織に気づき、藤堂の肩を軽く叩いた。
「あれ、蓮くん。伊織くん、待ってるよ」
その一言で、藤堂はハッとしたように伊織の方を見た。いつものように、伊織に向かって明るく手を振る。
「伊織! 待たせてごめんな。課題のことでちょっと佐伯と話しててさ」
藤堂が伊織の元に歩み寄ってくるが、伊織は体が固まって動けない。
「さっきまで、佐伯と最近ハマってるイラストの描き方をチェックしてたんだ。お前、何か聞きたいことあるか?」
藤堂は、いつものように伊織の肩に腕を回そうとしたが、伊織は無意識にそれを避けてしまった。
「……別に。僕は、そういうの、詳しくないから」
伊織の声は、自分でも驚くほど冷たかった。藤堂は、伊織の普段とは違う態度に戸惑ったように目を丸くした。
「え、伊織? どうしたんだよ。機嫌悪い?」
伊「悪くないよ。ただ、僕は藤堂くんみたいに、誰とでも楽しく趣味の話を共有したりしないから」
伊織は、自分で言った言葉の棘に、自分が一番驚いた。
藤堂は、伊織の頬を両手で包み込み、伊織の視線を強引に合わせた。
「おい、伊織。どうしたんだ。もしかして、嫉妬してる?」
藤堂の真剣な、しかしどこか嬉しそうな瞳が、伊織を射抜く。
「……してないっ」
「してるだろ。可愛いな、伊織。でも、安心しろよ。俺が誰と何を共有しようが、俺が一番必要としてるのは、お前だけだ」
藤堂はそう言うと、伊織のメガネを外し、ポケットにしまい、伊織の唇にキスをした。公然の図書室での行動に、伊織の頭はパニックになった。
「あの趣味は、ただの暇つぶしだ。でも、俺の物語のヒロインは、お前だけだろ?」
藤堂の独占的な愛の言葉と、公衆の面前での大胆な行動が、伊織の嫉妬心を一気に溶かしていった。