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何度入っても緊張するな、と思いながら、蓮太郎は唯由について部屋に上がった。
ローテーブルの前にちんまり座る。
唯由はキッチンに向かいながら、
「大失敗ですよ~」
と眉をひそめていた。
「なにが?
中華粥がか」
別に盛大に焦げていようが食べるぞ、と思っていたが、そういうことではないようだった。
「いや~、中華粥、コトコト炊いてたら時間かかるな~と思って」
お腹空いてるんでしょう? 雪村さん、とキッチンでこちらに背を向けたまま唯由が訊いてくる。
話してる間に、唯由はだし巻き卵を焼き、ししゃもを焼き、ささっとおかずを作っていた。
こいつ、うちの研究室で働かせても、手際良さそうだな、と思わず、スカウトしそうになる。
ぼうっとしているように見えるが、腐っても秘書か。
なんだかんだで会社の人事って見る目があるようだと変に感心していた。
「最近、お粥が、ぱぱっと作れる調理器具とかあるんでしょう?
買っとけばよかったなと思って。
家を出る前、お義母さまがあれ買ったら? とか言ってたんですよね~」
「……シンデレラに最新調理器具を買い与える継母ってどうなんだ?」
「いや~、結構なんやかんや、買ってくれてましたよ。
料理に関するものは。
自分も美味しく食べたいからみたいで。
珍しいスパイスとかも。
最初は私、料理全然駄目でしたからね。
美味しく食べたかったみたいで」
まあ、今でも私の料理、そんなに上手くないですが、とか話しているうちに出来上がったようだった。
大きな土鍋に入った二人分の中華粥に、だし巻き卵にししゃも。
「足りますか? これで」
と唯由が訊いてきた。
ああ、と言っている間に、黒いお椀にお粥をよそってくれる。
赤いクコの実がのった、ほかほかの湯気が上がっている中華粥は、貝柱と鶏ガラがいい感じに効いていて美味しかった。
「うん、美味い」
と言ったが、唯由は、じっとテーブルの上を見つめ、
「小さな土鍋二個、の方がよかったですよね。
お椀につぐより、そのまま食べた方が、クコの実の位置も動かなくて見た目綺麗だったかも」
と言い出す。
何処こだわってんだ、と思いながら、蓮太郎は言った。
「いや、少し冷めた方が食べやすいからお椀でいいぞ」
「そうですか、すみません。
実は土鍋どころか、食器類、まだ一個ずつしか買ってないんですよね~」
そういえば、れんげもお椀も一個しかないようで、唯由はステンレスのスプーンにご飯茶碗だった。
「今度買っときますね」
と言ったあとで、唯由は、ハッとしたようだった。
また食べに来てください、と誘っている感じになったからだろう。
「えーと、まあ……ひとつじゃ、やっぱり、あれですもんね」
とよくわからないことをごにょごにょと言う。
蓮太郎は食べる手を止め、唯由を見つめて言った。
「……俺が買ってやるよ、二人分の食器。
また作ってくれ」
唯由はちょっと赤くなったようだった。
「じ、自分で買いますからいいですっ。
あっ、お茶、持ってきますねっ」
とまだグラスにお茶はあるのに、冷蔵庫の方に行ってしまう。
可愛いな……。
そういえば、うたた寝していたと言っていた。
仕事で疲れているのだろうに作ってもらって申し訳なかったな。
唯由が作ってくれた料理に、ぜひ、最大の賛辞を送りたい!
と蓮太郎は思った。
なんと言ったら、唯由は喜んでくれるだろうか――?
最も彼女が喜んでくれるだろう賛辞の言葉を知っているのは、ひとりしかいない気がしていた。
なんだかんだで憎い相手だろうに、唯由がせっせと料理を作っていたのは、食べたときの褒め言葉が、唯由の心をくすぐるものだったからなのでは……?
そう蓮太郎は思っていた。
「蓮形寺」
と蓮太郎は唯由に向かい、手を差し出した。
「月子のお母さんに電話させてくれ」
は? と唯由が訊き返してくる。
唯由は自分のスマホから電話してくれたが。
蓮太郎が名乗ると開口一番、月子の母は怒鳴ってきた。
「なんで次々、電話してくんのよ、あんたたちっ。
雪村蓮太郎っ。
あなた、うちに見合い写真が来てるわよっ。
唯由さんっ?
妹の見合い相手と付き合ってるとかなんなのっ。
あなた、やっぱり泥棒猫だったわねっ」
声が大きいので、唯由にも聞こえているようで。
唯由が横から笑顔で、
「やだなあ、お義母さま。
泥棒猫はお義母さまじゃないですか」
と言ってくる。
「このシンデレラ、やっぱり、ハート強いな……」
どんな風に唯由の気分を良くさせる褒め言葉を言っているのか、蓮太郎は、義母、虹子に訊いてみた。
だが、虹子は機嫌悪そうに、
「知らないわよ、そんなこと」
と言ってくる。
「私は思ったままを言ってるだけよ。
あなたも思ったまま言いなさいよ。
唯由さんの料理になら、幾らでも褒め言葉は出てくるでしょう?
唯由さんはあなたが好きなんじゃないの?
あなたが言えば、なんでも喜ぶわよ。
もう切るわよ。
充分な睡眠をとらないと肌が荒れるのよっ」
一気にそうまくし立てられる。
横からまた唯由が口を挟んできた。
「お義母さま、すみませんでした。
今度、安眠できそうな真正ラベンダーのオイルでも送っておきますね」
「そんなものより、早く三条に料理を届けさせなさいっ。
切るわよっ」
虹子がそう叫び、電話はほんとうに切れた。
「お前が継母や嫌がらせする妹とさほどストレスなくやっていけてた理由がわかったぞ。
お前、実は我慢しないな?」
言いたい放題じゃないかと言うと、
「そうですね。
どっちもどっちなのではないですかね?」
と唯由は自分で言った。
「やられっぱなしだと嫌な気持ちが料理にも出てしまうので。
ストレスためないよう、思ったこと、すべて言い返しています」
「……お前をいじめつづける方がストレス溜まりそうだな」
大丈夫です、と唯由は微笑んだ。
「お義母さまがストレスで胃を痛めたら、私が美味しい中華粥を作ってさしあげます」
「何故、そこで中華粥なんだ」
「お義母さまがお好きだからです。
私も好きです。
赤いクコの実のせるの、可愛いですよね」
「……仲がいいのか悪いのか」
と呟く蓮太郎に、
「お義母さまとお母さんもたまに話してますよ。
コブラVSマングースな感じですけど」
と唯由は笑って言う。
どっちがコブラで、どっちがマングースなんだろうな。
どっちもコブラな予感がするが……。
蓮太郎は、鎌首をもたげて、頸部を広げ、威嚇し合う二匹のコブラを思い浮かべていた。
「ともかく、私は一生懸命作ったお料理を美味しくいただいて欲しいんです」
ふと、自分に嫌がらせをする義母と妹のために、慣れない料理をする唯由の姿が思い浮かんだ。
料理本を広げ、せっせと一ページずつ作ってみているところを想像すると、ちょっと泣けてくる。
いや、遠慮なく言い返すシンデレラではあるのだが……。
気がつくと、蓮太郎は唯由の腕をつかんでキスしていた。
だが、すぐに、
はっ、しまった……っ、と思う。
いや、しまった、ではない。
愛人なんだから、キスしてもいいはずだ。
だが、唯由は照れている。
そして、自分も照れている。
「か、帰ろう、もうっ」
と蓮太郎は立ち上がった。
だが、唯由は、
「帰しませんっ」
と腕をつかんでくる。
お前、照れながら、なにを言っているっ、と思ったが、唯由は叫んだ。
「デザートにゼリーを作ったんですっ。
もうできた頃ですっ。
食べるまで帰らないでくださいっ」
全部食べていただくまでは帰しませんっ、と言う勢いの唯由に、
……確かにせっかく作ってくれたのに悪いな、と思った蓮太郎は、結局戻って食べた。
お互い目も合わせないまま、チャカチャカと急いで。