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藤堂は、スマホを握りしめたまま、ホテルの一室で怒りに燃えていた。自らの社会的地位と、伊織の心という最も大切なものを奪われた絶望。そして、その全てを一人の少女に覆された屈辱。「転校生……ッ。あの女さえいなければ……!」
彼の脳裏に浮かんだのは、すべてを支配下に置くための一つの結論だった。藤井渚という存在を、この世から完全に消し去る。そうすれば、証拠も、復讐の実行者もいなくなり、伊織の心に残る「自由」の記憶も、やがて薄れるはずだ。
藤堂は、憎悪に駆られた獣のようにホテルを飛び出した。向かう先は、昨日伊織から奪い取った紙ナプキンに記された、藤井渚の住む家の近くシェアハウスだった。
藤堂が藤井の住む家のドアを乱暴に叩いたのは、夜も更けた時間だった。
ドアが開くと、そこには普段着姿の藤井渚が立っていた。彼女は、藤堂の狂気に満ちた形相を見ても、驚く様子一つ見せず、静かに藤堂を部屋の中へ招き入れた。
「来ると思ったよ、藤堂くん」
藤井の声は、以前のような震えや弱々しさが一切なく、冷たい静寂を纏っていた。
「黙れ! お前さえいなければ、伊織は俺の隣で幸せだった! 俺のすべてを破壊しやがって!」
藤堂は叫びながら、ポケットから隠し持っていた鈍く光る小型のナイフを取り出した。その目は正気を失い、殺意に満ちている。
「これで終わりだ、転校生。お前がいなくなれば、全て元通りになる!」
藤堂は、ナイフを藤井の胸元に突きつけるように、一歩踏み出した。
しかし、藤井渚は一歩も引かなかった。彼女は、刃物と、その背後にいる狂気に満ちた藤堂の目を、一切物怖じせずに見つめ返した。
「そう思ってるんだね。私が消えれば、全てが元通りになるって」
藤井は、わずかに微笑みさえ浮かべた。その表情は、藤堂の狂気すらも受け止め、それを超越しているかのようだった。
「残念だけど、君の負けだよ、藤堂くん」
藤井は、ナイフの切っ先が当たる寸前のところで、静かに言葉を放った。
「君は、私に物理的な力で勝った。でも、私は君に伊織くんの心という、もっと大切なものを賭けて勝負した」
「黙れ!」
藤堂が怒鳴り、ナイフをさらに押し込もうとする。
「ねえ、藤堂くん。君は、私を殺すかもしれない。でも、君は伊織くんを二度と支配できない。なぜなら、君は伊織くんに自由の味を教えた私を殺すことで、伊織くんの心の中で、私を永遠の殉教者(ヒーロー)にすることになるからだ」
藤井の言葉は、藤堂の胸に突き刺さるナイフよりも鋭く、藤堂の狂気を寸前で凍結させた。
「君が私を殺せば、伊織くんは一生、君を復讐の対象として憎み続ける。君の愛が、伊織くんの人生を壊したと、永遠に思い続けるんだよ」
藤井は、冷たい瞳で藤堂の目を見つめたまま続けた。
「君には、それが耐えられる? 伊織くんの憎悪と、彼の中に生き続ける私の存在に、一生苦しめられることが」
藤堂の手は、恐怖と葛藤で激しく震えた。彼は、狂気に支配されていたが、伊織からの憎悪を向けられることだけは、絶対に耐えられない。彼が求めたのは、伊織の愛であり、憎しみではない。
藤堂は、殺意に満ちた表情のまま、ナイフを床に落とした。カラン、という金属音が、藤堂の敗北を静かに告げた。
「……お前は……化け物だ」
藤堂は、憎しみを込めてそう呟くと、崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込んだ。
藤井渚は、ナイフを落とした藤堂に、静かに背を向けた。
「さよなら、藤堂くん。伊織くんの未来に、二度と現れないで」
伊織を巡る戦いは、肉体的には敗北し、社会的にも傷を負いながらも、最後まで精神的な強さと愛の形を貫いた藤井渚の、最終的な勝利で幕を閉じたのだった。
※BL物語は辞めるかもしれません。私がテラーに上げたいと思った物のみ投稿します。