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藤堂の殺意を退けた藤井渚は、勝利を確信しながらも、すぐにこの街を離れることはしなかった。彼女の最後の目的は、藤堂の精神的な支配下に戻ってしまった伊織を、物理的にも救い出すことだった。藤堂は、社会的地位を失い、復讐が失敗に終わった絶望の中で、伊織を手放すことができなくなっていた。彼は伊織を連れて帰京することを諦め、岡山のホテルに滞在を延長し、伊織を徹底的に監視していた。

藤井渚は、藤堂の動向を探り、二人が宿泊しているホテルの裏口から侵入する隙を伺った。

そして、藤堂が、伊織を独り占めするために、ホテルのルームサービスを拒否し、自ら食料を調達しに出かけた、ほんの短い時間。その瞬間を、藤井は見逃さなかった。

藤井は、合鍵業者に頼んで作成させたスペアキーで、藤堂が伊織と宿泊するスイートルームのドアを、静かに開けた。

部屋に入ると、伊織はソファに座り、ぼんやりと外を見ていた。彼の顔には、藤堂の支配的な愛による疲れと、深い諦めが浮かんでいた。

「伊織くん!」

藤井が呼びかけると、伊織はハッと顔を上げた。そこに立っているのが、自分を解放しようとして、藤堂にすべてを奪われたはずの藤井渚だと分かると、伊織の目から涙が溢れた。

「渚……どうしてここに? 蓮が戻ってきたら……」

伊織は、恐怖で体が震えた。

「大丈夫。私が来たんだ。もう君を、あの暴君の支配下に置いておくわけにはいかない」

藤井は、伊織に近づき、彼の頬を優しく包み込んだ。

「君は、私と自由になることを選んだはずだろ。君の居場所は、あの男の鎖の中じゃない。私と一緒に行くんだ、伊織くん」

藤井の言葉と、その瞳の力強さに、伊織の心に再び希望の光が差し込んだ。伊織は、藤堂に完全に支配されたと思っていたが、藤井の存在が、まだ自分の中に抵抗の意思が残っていることを思い出させた。

「でも、蓮が……」

「逃げるんだよ。とりあえず岡山を出よう。もう、彼の支配は終わりだ」

藤井は、伊織の最小限の荷物を一つにまとめると、伊織の手を強く引いた。

「さあ、行くよ。君の人生を取り戻しに行くんだ」

伊織は、藤井の手の温かさを感じながら、もう一度、自由を掴むために立ち上がった。

二人が部屋を飛び出し、エレベーターで急いで降りている最中、ホテルに藤堂が戻ってきた。

藤堂は、自分の部屋のドアが開いているのを見て、すぐさま異変を察知した。部屋には伊織の姿はなく、ただ、彼の愛の痕跡だけが残されている。

「伊織……! お前、また……!」

藤堂は、絶望と怒りに顔を歪ませながら、エレベーターの方向を見た。エレベーターの表示は、ちょうど1階に到着したことを示している。

藤堂は階段を駆け下り、二人がホテルから飛び出すのを必死で追いかけた。

しかし、藤井は事前に手配していた車に伊織を乗せ、運転手に指示を出していた。

藤堂がホテルの正面玄関にたどり着いたとき、藤井と伊織を乗せた車は、スピードを上げて街の喧騒の中へと消えていくところだった。

車の中で、伊織は後部座席から、追いかけてくる藤堂の姿を見た。藤堂は、絶望と狂気に満ちた顔で、手を伸ばしている。

「蓮……」

伊織は、涙を流しながらも、藤井の腕の中に身を寄せた。

「これで終わりだ、伊織くん」

藤井は、伊織の頭を優しく抱きしめた。

藤堂の独占的な愛の支配から、伊織は藤井渚の手によって、ついに解放されたのだった。藤堂の愛は、彼の孤独と狂気の中で、永遠に伊織を追いかけることしかできなくなった。

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