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「壱月とはね、いろんなことを話したの」
しばらくの後、まだブロックでなにかをつくっているふたりを見ながら、私は口を開いた。
「たくさん、ひどいことも言った。最初は憎かった。……でも、壱月はちゃんと私も花斗も愛してくれているって、今はわかるから」
「それは、見てるだけでもわかるわよ」
母がふふっと笑うから、私はまた照れくさくなる。
ごまかすようにため息をついたけれど、私の口角は勝手に上がっていたらしい。
「愛音、いい顔してる」
「え?」
慌てて顔を上げると、母はクスクス笑いながらコーヒーを嗜んでいた。
「ずっと死んだ魚みたいな目をして生活してるって、お姉ちゃんに聞いてたの。お姉ちゃん、自分だけ幸せになるのがすごく後ろめたかったみたい。でも愛音、今はとっても生き生きしてる」
「そうかな?」
恥ずかしくなってコーヒーカップで口元を隠した。
母は「そうよ」と笑う。
「高校生の頃の愛音を思い出すの。……恋する乙女って感じ」
「はぁっ!?」
母は「うふふ」と笑う。
「好きなのね、彼が」
「……うん、大好き」
母とこんな話をするのは、とても照れくさい。
けれど、そう伝えたら、びっくりするくらいに心が軽くなった。
「愛音はよく頑張った。いっちばん手のかかる時に、ひとりでよくやったわ。だから……これからは、彼にたっくさん甘やかしてもらいなさい」
「何それ」
「お母さんはね、お父さんに甘やかしてもらえなかったからねぇ……なんて、ふふっ」
母は昔を懐かしむように目を細める。
もうすでに甘やかしてもらいまくっています、なんて、言えない。
「お父さんが甘やかすのは、決まってお姉ちゃんと愛音ばかり。だからお父さん、愛音のこと本当はとっても心配してるのよ。口には出さないけどね」
「え……」
私は家を追い出されたあの日のことを、思い出していた。
すると脳裏に浮かぶのは、心配そうに眉を下げる父の顔だ。
忘れていた。
最後に、父がどんな顔をしていたかなんて。
「今度、帰ってきなさいね。愛音の実家は、あそこなんだから」
「うん、ありがとう」
「私もお父さんに話しておくから」
「……ご迷惑を、お掛けします」
母にペコリと頭を下げると「そういうところは変わらないわね」と母は笑った。
「生きてる間に迷惑かけなさい。愛音は、お母さんの子どもなんだから」
そう言う母は、とても頼もしい。
私は、こんなふうにはなれてない。こんなふうになりたい。
後悔と、感謝と、憧れ。いろいろな感情があふれてきて、目頭がかっと熱くなる。
私はそれを誤魔化すように、コーヒーを飲み干した。
やがてブロックに飽きたらしい花斗はひとりで滑り台で遊び始める。
壱月はすっかり冷めたコーヒーを飲みに、こちらに戻ってきた。
「壱月さん」
母に名を呼ばれ、壱月は背筋をしゃんとする。
「はい」
「愛音を、よろしくお願いいたします」
突然頭を下げた母に狼狽えた壱月は、コーヒーを慌ててテーブルに置くと口元を拭い、頭を下げた。
「こ、こちらこそ! こんな私ですが、よろしくお願いいたします」
「たーっくさん、甘やかしてあげてちょうだいね」
母のその言葉に、壱月は顔を上げ目をぱちくりさせる。
私と母は目配せして笑いあった。
*
カフェを出て駅に着くと、母は壱月に向き直る。
花斗は壱月の腕の中で、うとうとしながら目元をごしごし掻いていた。
「さっき愛音には伝えたんだけどね。今度は、うちにいらして」
「え……」
一瞬言葉に詰まった壱月は、それでも「はい」と丁寧に答えた。
「そんな気を張らなくてもいいわ。お父さんには、私から伝えておく。壱月さん、いい方よって」
「あ、ありがとうございます」
壱月は花斗を落とさないように抱きかかえ、小さく頭を下げる。
母はふふっと笑いながら、そのまま去っていった。
「お義母さん、優しいな」
「うん……あんなふうに、なりたい」
「……俺も」
私たちはふたり並んで、去っていく母を見送った。
コメント
1件
第59話読みました!壱月くんとお母さんの対面シーン、めっちゃじんわりきました…。「生きてる間に迷惑かけなさい」って言葉、ガチで刺さった。愛音が「こんなふうになりたい」って思う気持ち、すごくわかる。壱月くんが「俺も」って言うのもグッときた。次は家族揃っての食事シーンとか見たいなあ🔥
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