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「少しずつ」、すごく好きなタイトルだなと思いました。 病院で眠るマナの姿が頭をよぎって、ライが会社を辞める決断をする——あの場面、胸がぎゅっとなりました。「自分でも怖かった」と認めて、カウンセリングに通うと言ったライ。そして「じゃあ、俺も頑張る」と応えたマナ。 あのスープのシーン、ほんの一口で「おいしい」と言えたこと。スプーンを落としたときに、怒鳴るんじゃなくて「大丈夫?」と返せたこと。 大きく変われたわけじゃないけど、絶対に元には戻れないけど、それでも「少しずつやり直したい」と思えるって、すごく勇気がいることだと思います。 ちゃんと変わろうとしている二人の姿が、静かに、でも確かに胸に残りました🤍
伊波ライが会社を辞めたのは、それから一週間後だった。
上司には散々引き止められた。
「今辞めるとか無責任だろ」
「代わりがいないんだけど?」
前なら、逆らえなかった。
謝って、
頭を下げて、
壊れるまで働いていたと思う。
でも今は違った。
病室で眠るマナの姿が、何度も頭をよぎったからだ。
“また傷つける”
その恐怖のほうが、ずっと大きかった。
ライは深く頭を下げ、会社を出た。
最後まで誰も心配なんてしてくれなかった。
けれど、不思議と少しだけ呼吸が楽だった。
───
マナは数日後、退院した。
久しぶりに帰ってきた家は、静かだった。
前なら、玄関を開ける音だけで身体が強張っていたのに。
今日は少し違う。
「……おかえり、マナ」
ライがぎこちなく笑う。
その声に、マナは少しだけ目を丸くした。
「……ただいま」
小さな返事。
ライはすぐに荷物を持とうとした。
「あ、俺やる」
「え、大丈夫だよ」
「いいから」
どこか必死な声だった。
マナは少し迷ってから、小さく頷く。
家の中は綺麗になっていた。
割れた皿も、
荒れたリビングも、
全部片付いている。
テーブルには温かいスープが置いてあった。
「……ライが作ったの?」
「……うん」
少し気まずそうにライが目を逸らす。
「簡単なやつだけど」
マナはそっと席につく。
スープを一口飲んだ瞬間、目を少し見開いた。
「……おいしい」
その言葉に、ライの肩がわずかに揺れた。
「そ、ならよかった」
昔みたいだった。
ほんの少しだけ。
でも。
食事中、マナがスプーンを落とした瞬間。
カシャン、という音。
マナの身体がびくっと震える。
反射だった。
怒鳴られると思った。
けれど。
「大丈夫?」
返ってきたのは、静かな声だった。
ライはゆっくりスプーンを拾い、マナへ渡す。
怒鳴らない。
手も上げない。
それだけなのに、マナの目が少し潤む。
ライはその反応を見て、苦しそうに目を伏せた。
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「……ごめん」
また謝る。
最近のライは、何度も謝るようになった。
マナは小さく首を振る。
「……今のライ、怖くないよ」
その言葉に、ライの呼吸が止まる。
怖くない。
たったそれだけの言葉が、胸に痛いほど沁みた。
ライは唇を噛む。
「俺、自分でも怖かった」
低い声。
「会社で怒鳴られてるうちに、だんだん何も分かんなくなって」
ライは自嘲するように笑う。
「マナに当たるのが一番最低なのに」
マナは静かに話を聞いていた。
ライは続ける。
「病院行ったんだ」
「……うん」
「ストレスとか、不眠とか、かなり限界だったって」
マナは少し驚いた顔をする。
ライは昔、“弱いところを見せたくない”と言って、無理ばかりしていたから。
「カウンセリングも受ける」
ライはゆっくり言った。
「ちゃんと変わりたい」
その声は、前みたいな苛立ちではなく、まっすぐだった。
マナはしばらく黙ったあと、小さく笑う。
「……じゃあ、俺も頑張る」
「え」
「またちゃんと、ご飯一緒に食べたい」
その言葉に、ライの目が揺れた。
昔、当たり前だった時間。
でも失いかけて、やっと大切さに気づいた。
ライは静かに頷く。
「……うん」
その日の夜。
ふたりは久しぶりに、穏やかな空気の中で同じテーブルを囲んだ。
まだ傷は消えていない。
怖さも、苦しさも、全部なくなったわけじゃない。
それでも。
壊れたまま終わるんじゃなく、
少しずつでもやり直したいと、
ふたりとも同じように願っていた。